カミ様少女を殺陣祀れ!/8話

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終業のベルが鳴ると、僕は人の波をかき分けて、教室を後にした。
県立塩尽(しおつき)修學院高等学校。N県塩尽市中心部にそれはあった。
住宅街の中にポッカリ空いた、がらんどうの校庭を抜けて通学路を歩く。
ここは日本の背骨。海から遠く離れた山奥。冬の平均気温はマイナス10度。
けれども今年は暖冬で、駅までの道すがら、路上に積もる雪も僅かだ。
住宅街を抜け、行く手に直角に交差する県道。パン屋が見えたら、右だ。
学生服に学生カバンを担ぎ、道路端を黙々と歩むこと15分。
親の顔より見た駅舎。塩尽駅ターミナルは、逆Y字・3方向に線路を伸ばす。

IC対応の自動改札に切符を通し、5番線のホームで17時5分の電車を待った。
2両編成のワンマン列車。ボタンを押して扉を開き、温い車室に滑り込む。
空きがちな車内。革鞄を床に置いて長椅子に腰かけ、僕は深く息をついた。
塗装の擦り切れたウォークマンを出し、カナル型イヤフォンを耳に挿す。
塩尽駅から南那井(なない)駅まで、20分だけのささやかな休息時間。
再生ボタンを押すと、傷んだカセットテープが『恋はみずいろ』を奏でる。
ポール・モーリア。父さんが好きだったらしい作曲家。ただそれだけ。

塩尽市の中心部から、1時間に1本しかない在来線で、5駅走って20分。
せり出す山裾。谷をかき分けるように、小さな駅舎が姿を現す。
南那井駅。古式ゆかしい宿場町・南那井の玄関口に位置する古い駅だ。
僕はウォークマンをカバンに仕舞うと、1号車の最前列に急いだ。
運転手に切符を渡して、寒風吹き抜ける殺風景なホームへと降り立つ。
谷道を西へ行く列車を尻目に、朽ちかけた歩道橋から駅舎へと歩む。

南那井にあるもの。旅籠に蕎麦屋、古民家に寺社仏閣、酒蔵に喫茶店。
南那井にないもの。高校にコンビニ、スーパーにファミレス、家電量販店。
なぜか、中華料理屋はある。南那井の街外れ、川沿いの国道沿いに一軒。
僕は南那井駅を出ると、MTBのリヤキャリアにカバンを括り、走り出した。
駅から自転車で1分。武士の甲冑めいた、朱色の看板が目立つチェーン店。
店の名は『餃子将軍 SHINGEN 南那井店』。僕のバイト先だ。

――――――――――

朱色を基調とした店内に、立ち込める熱気と、油の焦げる香ばしい匂い。
「ヨォ~ッ、ソイッ!」
ドンドコ、ドンドコ、ドコドコドン!
「「「ハッ!」」」
ドンドコ、ドンドコ、ドコドコドン!
「「「ハッ!」」」
そして、BGMがうるさい。太鼓がハイテンションで、汗臭く、男臭い。
料理も内装も明らかに中華なのに、なんでBGMだけ和風? 意味不明だ。
けれども、客も店員も誰一人として、そのことを気にはしていない様子だ。

僕はワイシャツに朱色のエプロン姿で、湯気立つ料理を盆に乗せて運ぶ。
「お待たせしました。台湾ラーメンの餃子セットお一つ」
「おぅ、どうも」
作業服姿の中年男性が座るテーブルに、湯気立つ料理をテキパキと並べた。
「ご注文は以上でお揃いでしょうか?」
「おぅ」
「ごゆっくりどうぞ」
僕はルーチン通りの応対をこなすと、入口の引き戸を一瞥した。
「すいませーん! SYHテレビの者ですがー! お話よろしいですかー?」
浮かれた男衆3人組。従者めいた1人の肩には、業務用ビデオカメラ。
僕は眉根を寄せ、彼らを冷ややかに横目で見た。要件は分かり切っている。

エプロン姿に色眼鏡で、逆立てた茶髪のヤンキー店員が取材陣に歩み寄る。
彼こそは、ドタキャンに定評のある同僚・矢彦沢さん(39)だ。
「どうも。お話って、料理の取材っすか? お兄さんたちアポ取ってる?」
「え、いや、アポは取ってないですけど」
「アポ無いの? 飯は? 食べるの? テーブル席、案内しましょうか?」
遠目に見守る僕の視線の先で、矢彦沢さんの言葉に取材陣は押され気味だ。
「いや、そうじゃなくて。神事さん、いますか。事件について少しお話を」
「仕事場まで押しかけてくんじゃねえ! ちったぁ常識弁えろや!」
「あー止めてください! 暴力反対! 報道の自由!」
「オラ仕事の邪魔なんだよ! 何も食わねぇんだったら帰った帰った!」
矢彦沢さんは怒声を上げて、瞬く間に取材陣を叩き出してしまった。

カンバン前の閑散とした店内で、僕と矢彦沢さんは他愛無い話を交わした。
「ノッチさ、お前も大変だな。右翼の爆弾テロとかマジヤバ過ぎるだろ」
「訳わからんすわ。襲われる心当たりも無いし、生きた心地がしませんよ」
「それな。警察署も吹っ飛ばすとかイカれてんだろ。お前ん家大丈夫?」
「大丈夫じゃないっす……」
「だよな……マジ同情するわ」
あの夜、荒神様と尊師が丁々発止した挙句、尊師が荒神様をねじ伏せた。
殺した警官たちは全員、荒神様が生き返らせたので、一応は事無きを得た。
とはいえ、僕の家も警察署も、ぶっ壊された建物はぶっ壊されたままだ。
警察は事件を『右翼の自爆テロ』という筋書きで、対外的に公表した。
僕らは被害者の立場に収まったが、メディアの取材攻勢に曝されることに。

――――――――――

塩尽駅・22時42分発、最終列車。南那井駅・23時11分着。
「ウッヒェー、寒い!」
「ヤバ、チョー田舎。何もねー。ここ電波通んの? あ、通ってるわ」
宿場町からは浮いて見える、都会姿の母娘が深夜のホームに降り立った。
「つかスマホの充電切れそう。どっか充電できるトコないかなぁー?」
2人分のスーツケースが、ガラゴロと車輪を転がして音を立てる。
「ってかお腹空かない? どこかで食べてこうか?」
「お母さん、周り見なよ。空いてる店、あるように見える?」
母娘2人はオシャレ着姿で震え、白い息を吐きながら歩道橋を登る。
「……あ、あったわ。直ぐ近くに。中華料理屋だけど」
都会娘がスマホをフリックする手を止め、母に画面を傾げて見せた。

「うぃー、食った食った。ごちそうさまでしたー!」
『餃子将軍 SHINGEN』の引き戸が開き、親子連れがぞろぞろと出ていく。
「あざっしたー、またどうぞー」
矢彦沢が家族連れを見送り、臨がテーブル席の器を手際よく片付けた。
そして、入れ替わりに無言で店内に歩み入る母娘の2人組。
「いらっしゃーせー。お2人ですか? テーブル席へどうぞー」
矢彦沢があからさまな上機嫌で案内する後ろを、顰め面の2人が歩く。
「うわー、メニューが一杯あって迷うな。レイナ、あんた何食べる?」
「適当でいいよ。夜に一杯食べたら太るし」
臨は器をまとめた盆を持ち上げると、横目で新客を一瞥した。
「オイ、ノッチ。都会モンはいいな。俺、あの人妻結構好みかも」
矢彦沢がニヤケ顔で肩を叩くと、臨は呆れ顔で肩を竦めて盆を下げた。

ピーッ、ピーッ。クレジット端末からエラーが響き、処理が拒否される。
「あーれー? おっかしいなー? 何でカードが通らないんだ?」
「ちょっと、故障? さっきから何やってんのよ! もう勘弁してよ!」
顰め面で腕組みする女の前で、矢彦沢はカード片手に首を傾げた。
「おーい、ノッチ! ちょっとゴメン、クレカの操作なんだけど!」
「またかよ……」
臨は器を片付ける手を止め、矢彦沢の立ち尽くすレジへと救援に向かった。
「ノッチさ、何かカード通んねんだわ。故障かね?」
矢彦沢からカードを受け取り、タブレット増設型の簡易端末にスライド。
ピーッ、ピーッ。エラー音。臨は頭を振り、カードを女に突き返した。
「利用限度額の上限かと。他のカードか、現金でお願いします」
女が表情を引き攣らせると、隣の少女がスマホを注視したまま笑う。

2枚目、ダメ。3枚目、これもダメ。4枚目、使えない。5枚目、これも無理。
臨と矢彦沢は、訝しげに眉根を寄せてアイコンタクトした。
「ちょっとぉ、いい加減にしてよもうッ……本当に故障なんじゃないの?」
女は香水の匂いを振りまき、苛々と貧乏ゆすりしつつカードを変え続ける。
「お母さん、カード使い過ぎでしょ。マジウケる」
「笑い事じゃないわよ!」
「現金はございませんか?」
「あるわよ、失礼ね! あるけど……今はちょっと……ゴニョゴニョ」
不自然に目を泳がせて口ごもる女に、臨は困り果てたように嘆息した。

「一応、フリーペイでも決済できますが。こちらのQRコードで」
「あ、フリーペイ使える。お母さん、私が代わりに立て替えとくね」
少女が三角札にスマホをかざすと、臨はタブレットを確認して頷いた。
「OKです。ありがとうございました」
「ありがとうレイナ~。よッ、救世主! 頼りになるわぁ~」
「お母さんさ、こういう時は調子いいよね。お金、後でちゃんと返してよ」
「あったりまえじゃない! お母さんを誰だと思ってるの!?」
「「ありがとうございました~」」
何事も無かったように店を出る2人の背中に、臨と矢彦沢は気怠い挨拶。
「……つかあれヤベーよなノッチ。フツー子供に払わせるか?」
「まぁ払えたから良かったですけどね。食い逃げされるかと思いましたよ」
「それな。よっしゃ、今日も疲れた。とっとと片付けて、帰るべ!」

――――――――――

深夜。駐車場でエアロ特盛の軽自動車が、改造マフラーから爆音を放つ。
「ノッチさぁ、爺ちゃんと2人で色々大変だろうけどよォ。元気出せよ!」
「ええまぁ、何とかやってきますよ」
「おぅ。じゃあな、今日もお疲れさん!」
「お疲れ様っす」
運転席の矢彦沢が咥えタバコで手を振り、軽自動車を走り出させた。
臨もまた眠い目を擦って欠伸をこぼすと、MTBに跨って家路に駆け出す。
神様が降臨しても、暮らし向きが急に良くなったりはしない。
所詮この世は、生きるためには、働かざる者食うべからず……か。
臨は眉間に皺を寄せ、ペダルを漕ぐ足に力を込めた。

隠多喜神社。帰り着いた臨は、疲労困憊の面持ちで自転車を降りる。
重い足取りで壊れかけの家に歩み寄り、煌々と灯る明かりに眉根を寄せた。
「何だ? 妙だな……ただいまー。爺ちゃん、帰ったよー」
「おぅ、ノゾム。戻ったか!」
「お帰りなさーい!」
丑寅の後に続く、耳慣れない女性の声に、臨は靴を脱ぐ動きを止めた。
(……誰だ? どこかで聞いたような声だけど、爺ちゃんの知り合い?)
訝りながらも土間に上がり、居間を覗くと……都会姿の母娘。
「「あッ」」
臨と少女が意外そうな顔で互いを指差し、少女の隣で女は眉を顰めた。
「誰? レイナのお友だち?」
「さっき見たばっかじゃん、お母さん! 中華屋の店員さん!」
娘のツッコミに、母は狼狽しながら無理に笑い、臨を指差した。
「エ゛ッ!? っていうことはもしかして……あんたが、ノゾム?」


【カミ様少女を殺陣祀れ!/8話 おわり】
【次回に続く】

From: slaughtercult
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