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カミ様少女を殺陣祀れ!/16話

【目次】【1話】 / 前回⇒【15話】

静けさに注ぐ月明かり。草木も微睡む丑三つ時。塩尽市南西部、桔梗野。
一面に広がる葡萄畑の只中に、鎮守の森と石鳥居。その奥には朱漆の鳥居が何基と連なり、境内に佇むこじんまりとした本殿へと来る者を誘った。
桔梗野稲荷神社。境内に並び立つは、赤いスカーフを巻いた狐の石像たち。
月夜の闇と静寂に包まれた無人の境内に、青白い光が瞬いた。超自然の光は狐の姿を成して、無数の鬼火のようにちろちろと蠢き、境内を駆け巡る。
かつてこの桔梗野では、化け狐たちが徒党を組んで跳梁跋扈したという。
無数の鬼火狐たちは神出鬼没で、境内を、葡萄畑を、塩尽駅を、更に遠くの場所をも、丑三つ時の塩尽市一帯を今なお、庭のように駆け回っていた。
本殿を覆う銅板葺の屋根の上、闇に溶けるような暗色のゴスロリ衣装を着た女が座り、ワインボトル片手に夜空を見上げ、月を肴に呑んでいた。
彼女の名は自称・玄蕃丞子(ゲンバショウコ)。人々の前から『隠れた』、桔梗野稲荷神社の祭神。狐の『神使』を自在に操る、悪戯好きの稲荷神。


ハロウィン祭りで覚えた派手なゴスロリ衣装に身を包めど、人は誰も丞子のことなど気に留めない。現代の人間は、神様など必要としていない……。
丞子はクマの酷い双眸を細め、月見のヤケ酒を呷ってゲップをこぼした。
現実に夜道で彼女と行き遭った者は純粋にドン引きしていたし、彼女は街の奇天烈女として噂されてもいた。もっとも彼女は知る由も無かったが。
一匹の鬼火狐が、高く高く跳躍して本殿の屋根に飛び乗った。一匹が飛ぶと二匹三匹と後に続き、丞子の周りは見る間に狐だらけとなった。
「よーしよしよしよし。いーたい痛い痛い髪を噛むな、引っ張るなって!」
丞子は暴れ回る狐に身体をぶつけられ、すり寄る狐の腹を撫で、長く伸びた髪に噛みつく狐を振り払いながら、一匹の狐が差し出した物を手にした。
それは一枚の紙。どこかで打ち捨てられていた、安っぽいビラだった。
「ふーんふんふんふん……ん? んんん? んだとんぎぎぎぎぎッ!」
読み進める内に彼女は眼を見開き、歯軋りし、ビラを滅茶苦茶に千切った。


ワインボトルが音を立てて割れ、暴れ回る狐たちがビクリと硬直した。
「なーにが”神は蘇った”よ、ふざけんな、このボケ、舐めやがって!」
紙屑と化したビラを宙に撒き散らすと、丞子は眼を剥いて立ち上がった。
「もーあったまきた! 神様なら昔からいるっつーのここに、このあたし、塩尽の守り神、玄蕃丞子が! 神ってんなら、まずこの私を崇めろ! ええそうよ絶対そうに決まってる! フヒヒ今に思い知らせてやるんだから!」
不穏な笑みで両手を広げ、月に向かって喚く丞子を狐たちが見上げ、一匹がおもむろに歩み寄ると、縞模様のストッキングの脛をガブリと噛んだ。
「イデーッ!? こんの腐れ狐ども、お前ら今に思い知らせてやんぞ!」
丞子は絶叫し、散り散りになって逃げ回る狐たち、従順でない使い魔たちを追って走り、屋根から足を踏み外し、境内へと真っ逆様に転げ落ちた。
「アリャッ、アレーッ!? グギャッ! ッテテテーもう不幸だわぁ……」
石敷きの境内に強か打ちつけた丞子は、恨みがましく罵りながら尻を擦って腰を上げ、屋根を睨んで振り返り……夜空の彼方に灯る、紅蓮の光を見た。

――――――――――

塩尽市南方、陸屋市との市境付近、分水嶺の峠道。南北に連なる国道沿い、荒れた細道を入り込んだ先に、ひっそり佇むラブホテル廃墟。
ゴミや廃材が散乱し、朽ちかけた廃墟の廊下や部屋、あらゆる壁に貼られた誇大妄想じみた胡乱なビラ、過激な絵が暴力を煽る檄文ポスター。
『目覚めよ日本人』『天皇は日本から出て行け』『古来のカミに回帰せよ』
『やめよう伊勢参り、郷地のカミを大切に』『天皇殺せ、日本を取り戻せ』
『戦い抜け同志、アマテラスを斃すまで我ら共に、皆の悲願は直ぐそこに』
異様な空間だった。常人が足を踏み入れるのを躊躇う瘴気が漂っていた。


寒々しいコンクリートの洞を風が吹き抜け、発電機の駆動音が微かに響く。廃墟の一室に明かりが点り、覆面姿の男たちが集まっていた。彼らの手にはカービン銃や散弾銃、周囲に無造作に集積された弾薬、爆薬その他諸々。
壁の一面には中東テロ組織めいた黒染めの大きな旗が張られ、旗の中央には白墨で十三夜月の輪郭、月の上部には風紋と流れ雲、月の内側には格調高い毛筆カリグラフィーで『静寂霽月』と組織名が記されていた。
しじまのせいげつ。極左神道原理主義テロ組織。反天皇、反天照大神主義を喧伝し、神社本庁と対立して武装強硬路線をひた走る在来派神道の急進派。
有力神社やその神職、天皇家などへの放火・銃撃・爆発物投擲など、脅迫と暴力を繰り返す、日本政府と神社本庁が”公式にその存在を認めない”組織。
不遜なる不存在者どもを闇から闇へ葬り、この日ノ本から一人残らず抹殺し絶滅させるため、伊勢神宮直轄の非正規軍・神社本庁特殊部隊はあった。


「先発した同志たちの死は残念だったが、彼らの犠牲は無駄ではなかった」
洋間の一室で、覆面男の一人が卓上のノートPCを操作し呟く。PC直結されたプロジェクターが低音を吐きながら、薄汚れた壁に光のカーテンを描いた。
隠ヶ平山中の神社洞窟、山の麓の神事家屋敷、塩尽警察署。五体バラバラに粉砕された人体、虐殺された死体が散らばる惨状が次々と示された。
「隠ヶ平のカミは無名の神だが、復活するや否や我々の要求を満たす強力な制圧能力を見せつけた。戦線を転向させる偉大なる嚆矢となるだろう」
「もう五回は見た。同じ話を何度繰り返すつもりだ? 議論偏重の同好会はもううんざりなんだよ。俺たちの銃は文鎮か? いい加減に弾を使わせろ」
BAR軽機関銃を捧げ持つ肥満体の覆面男が、退屈そうに欠伸して告げた。
「カミは蘇った……祝砲が必要だ……惰弱な渡来神の居所を爆破粉砕すべし」
「火炎放射だ! 警察! 病院! 学校! 脆弱者ども焼き清めるべし!」
高性能爆薬や火炎放射器を手にした、別の覆面男たちも口々に賛同する。

――――――――――

同時刻、峠道の脇に広がる闇の森を、アサルト神主スーツの一群が音も無く駆け抜けた。斥候隊の手にはB&T APC9 SDサブマシンガン。ドットサイトに銃身一体型サイレンサー、カートキャッチャーも装着した隠密仕様だ。
重武装で背面を固める制圧部隊は、バレット・M107ライフルやAT4発射筒といった強力な対物火器を携行し、不測の事態に対して万全に備えている。
誰も喋らない。何事も口を利かない。無機的な殺意が静かに忍び寄る。
斥候たちは雅な白布の覆面に暗視装置を付け、森を抜け廃墟へアプローチを始めた。重装歩兵たちは散開して林間の闇に紛れ、別命あるまで待機だ。
斥候隊の一人が、電波ジャマーの電源を入れた。IEDの無線での遠隔起爆を妨害するのだ。彼らは手慣れていた。自らの敵を熟知していた。

――――――――――

「聞け、同志たち! 人間に成し得る破壊など高が知れていよう! 我々は幾度辛酸を舐めて来たことか! もはや人の戦いでは……駄目なのだ!」
覆面男がPCを操作する手で拳を握り、デスクに叩きつけて熱弁を振るうと、俄かに血気だっていた他の覆面男たちが口を噤んで嘆息した。
「アーちょっといいか。そろそろ建設的な議論をしようや。差し当たっての懸念事項は諏訪大明神の横槍だ。あれの顕現は俺らの予定になかった……」
両腰に二挺の山刀を差し、一人だけ素顔を曝した白髪で皺深い初老の男が、フランクに語りながらスマホを点け、圏外の表示に語尾を萎ませた。
「諏訪神と天津神の因縁は周知の通りだ……事によっては利用できるやも」
「馬鹿な! 理念に反する! あれも渡来神に過ぎないではないか!」
「敵の敵は味方ではないか! 計画成就の為なら使える駒は何でも使う!」
「その方針には賛同しかねるな。いつから貴様が仕切る立場になった?」
頭でっかちのガキどもめ。白髪男は頭を振り、タバコを咥えて火を点けた。


「悪ィ、ちっと小便行ってくるわ。年ィ取ると便所ォ近くていけねぇやな」
「注意を怠るなよ、同志軍曹! 常に敵が見張っているとも限らん!」
「あーいあーい、ちょっと用足してくるだけだからヘーキヘーキ」
軍曹と呼ばれた白髪男は、同朋に睨まれながら紫煙を撒き、部屋を去った。
「引退しろ老いぼれジジイ。役立たずがちょろちょろと、目障りなんだよ」
「下品……無価値……前時代的権威主義の象徴そのもの……全く忌々しい」
「否。知恵しか能の無いロートルでも、弾避けぐらいの役には立つものだ」
リーダーらしい覆面男が、デスクに腕を組んで嘲うように言った。
「同志たちよ、俺が指導者の器でないことは認める。しかし誰が仕切るなど今は問題ではない……考えるべき事は他にある。次なるカミの目覚めだ……」
彼は同胞たちをぐるりと見回して厳かに告げると、PCを再び操作した。


白髪男は紫煙を吐きながら、無人の廊下に神経を研ぎ澄ませて歩く。
「馬鹿は死ななきゃ治らねえ、ってな。これじゃ先が思いやられるぜ」
邪悪な笑みを浮かべて吐き捨てると、廊下の向こうから人影が現れた。
男が舌打ちして腰の山刀を抜くと、人影が両腕を高く振って駆けた。
「ちょ、ちょちょちょ待った! おやっさん、俺だよ俺!」
人影は一歩躓き、二歩躓くと情けない足取りで白髪男に駆け寄った。
「おいおいオメーか新入り。随分となげー小便だったじゃねえかよ」
服の上からでも痩身と分かる、ひょろ長い覆面の青年が身を震わせる。
「ご、ごごごごめんよおやっさん。俺、俺さ怖くてさ。どうしよう」
「どうしようってどうすんだよオメー、自分の意思で来たんだろうが」
「そ、そ、そりゃそうだけどさおやっさん。俺、怖くてたまらねえんだよ。皆の前じゃ絶対言えねえけど、俺、人殺せねえよ……俺死にたくねえよ」


白髪男は懐からスマホを取り出し、画面の圏外表示を再確認すると、周囲と背後を確認してから覆面の青年に頷きかけた。
「ははーん死ぬのが怖いか。まあ誰だってそうさな。俺だってそーだもん。死の恐怖を自覚するのは作戦行動の初歩だ。オメー見所があるよ。ちょっと来い、散歩しようぜ。どうしたら死なずに済むか、俺が教えてやるよ」
男は意地悪な笑みを浮かべ、青年の首根を掴んで歩き出した。
「えっ、えっえっ? ちょ、やめリンチとかそういうの、お願いですよ」
「いいから黙ってついて来い。悪いようにはしねえよ」
白髪男は明かりを持たず、暗闇に目を凝らして頭を振り、足を速めた。
「お、おやっさん……死なずに済む方法って……?」
「レッスン1。危機を誰よりも早く察知し、馬鹿を囮にして逃げるのさ」
白髪男は訳知り顔で嘯き、コンクリート躯体の崩れた部分から忍び出た。

――――――――――

斥候隊のサブマシンガンが銃弾を放った。玄関ホールの覆面男の額に銃創が開き、男はカービン銃を取り落として力なく崩れ落ちる。
アサルト神主スーツの猟犬が、謎めいたハンドサインで指示を飛ばし廃墟の中に素早く展開していく。サブマシンガンの単発隠密射撃が時折気の抜けた銃声を放ち、武装した構成員たちに一発も撃たせず一方的に殺していった。
「な、何だお前ら!」
切り詰め散弾銃を構えた覆面男が叫んだ次の瞬間、頭部を銃撃され即死。
よろめいた男の指がトリガーにかかり、九粒弾が音高く天井を穿った。
「何だ、今の銃声は!?」
「何だって敵襲しかねえだろ! 丁度退屈してたとこだ、遊んでやるぜ!」
アジトの一室で覆面男たちがどよめき、巨漢がBARを握って勇み走り出た。
「ウラァー弾ァブチ撒けるぜコラァ! 死にたいヤツからかかって来い!」
巨漢の気勢に当てられ、他の構成員たちも次々と銃を携え駆け出す。


サイレンサー越しのフルオート射撃が、機関部の駆動音と共に硝煙を放ち、最適な兵の配置からの統率された連射で、覆面男たちを血祭りに挙げる。
「ぐぎゃぁッ!?」
「げぼぉッ!?」
「ぶげらァッ!?」
巨漢が弾の雨に打たれてダンスを踊り、小脇に抱えたBARは出鱈目な方向を狙って30-06弾を連射すると、爆ぜた頭から脳髄を撒き散らして倒れた。
「クソッ早すぎる! 俺はこんなところで死ぬ器ではない……逃げねば!」
リーダーの覆面男が、卓上のノートPCからコードを抜き、プロジェクターを蹴り飛ばして慌てふためき、作戦内容が収められたPCを握り駆け出した。
部屋から飛び出そうとした瞬間、猟犬たちが影のように音も無く現れた。


「なッ!? 時間切れ……」
覆面男はビックリ仰天して足を止め、両手からノートPCを転げ落とした。
「そうか、そういうことか……あのロートル、クズめ、俺たちを売ったな」
男はサブマシンガンの銃口を突きつけられながら、不気味に呟いた。
覆面男はぐつぐつと笑って次の瞬間、懐から手榴弾を抜いて安全ピンに指をかけ、神社本庁の猟犬たちに見せびらかしながらピンを抜いた。
「神社本庁ォォォ! かくなる上は、巻き添えに」
サブマシンガンの連射音。覆面男の頭部が粉砕され、手榴弾が地に落ちた。
猟犬たちが出入口の両壁面に素早く退くと、手榴弾が音高く爆裂し――
男の全身を、血肉を、発砲スチロールのように切り刻んで撒き散らした。


【カミ様少女を殺陣祀れ!/16話 おわり】
【次回に続く】

From: slaughtercult
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