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カミ様少女を殺陣祀れ!/15話

【目次】【1話】 / 前回⇒【14話】

遭遇は偶然だった。尾行は万全だった。変装は完璧だった。
洗車したての赤いジムニーはよく目立ち、追跡するのは容易かった。
人通りを避け、虎視眈々と機会を窺い、敵の喉元まで忍び寄る。
塩尽市街地中心部。何の変哲もない、築30年の2階建てアパート。
何の変哲もないビジネススーツに身を包んだ、男二人と女一人の三人組。
天照大神の名の下に、異端を殲滅する影の殺し屋集団・神社本庁特殊部隊。
身分を偽り、人波に溶け込み、敵地に浸透して活動する、遊撃分隊。
アパート2階、階段を上がって右手奥、突き当りの部屋の扉が開かれた。
少年。神事臨。17歳。古のカミを祀る、隠多喜神社の跡取り息子。

「ようやく見つけたぞ。カミと離れる時をずっと待っていた」
「異端の信仰者は死あるのみ。黄泉で父親との再会を祝うがいい」
男と男が言った。幼顔の女は何も言わなかった。三人は上着の懐を手探ってB&T・VP9サイレンサー拳銃を抜き、鉄パイプのような銃口を向けた。
「お、お前たちまさか、神社本庁特殊部隊――」
女は無言でトリガーを絞った。男二人も続けてトリガーを絞った。ガス缶が弾けたような音と共に、少年・臨の喉元に穴が開き、直後Tシャツの胸元にポツポツと二つ穴が開く。三人は次々と、拳銃をボルトアクションした。
女は幼顔にニイと残忍な笑みを浮かべ、臨の頭を煙立つ銃口で示した。
臨が縋るように手を伸ばし、銃声が三発響いた。三つの弾頭は臨の顔面へと過たず喰い込み、三人は拳銃を納め、何事も無かったように歩き出す。
「神罰」
臨の伸ばした手は何を掴むでもなく、彼は声もなく脱力し、崩れ落ちる。

――――――――――

冷たいステンレススチールの検死台の上に、少年が一人横たわっていた。
少年は全裸で、眠るように片目を閉じていた。浴槽のように縁が張り出した検死台の隅にはどす黒い血が溜まり、台の脇に立つトレーの並んだカートの上には血の付いたメスやハサミ、ノコギリなど様々な解剖器具があった。
トレーの一つには血の付いたピンセットと、銃創から摘出された弾頭が数個置かれていた。指先ほどの小さな弾頭はいずれも、先端部がキノコの傘様に変形して捲れ返り、ささくれだった金属に血がどす黒く光っていた。

「使用された弾丸は口径9mm、ホローポイント弾だ。射入口が喉に一つ、胸に二つ、顔面に三つ。喉と右眼窩は貫通銃創、胸と額に二つずつの銃創はいずれも体内で停弾、それぞれ心臓と脳を……滅茶苦茶に損壊している」
眼鏡に手術着姿の検視官・上條は中年刑事・米窪と並び立ち、検死台の上で縫合を済ませた死体を指さし、機械のように淡々とした声で説明した。
「見事に全弾が致命傷、か。明らかに素人じゃねえな。全く恐れ入るぜ」
米窪がうんざりした顔で無精髭を撫ぜ、呟くと上條も頷いた。
「まともな人間なら、このどれか一発でも食らえば即死の致命傷……それを六発も撃ち込んだのは、確実に殺す意志か……そうでなければ気違いだ」
「やれやれ。死んだり生き返ったりまた死んだり、つくづく忙しい奴だな」
呟いた米窪を怪訝そうに上條が見ると、米窪は苦笑して肩を竦めた。
「犯人はプロか異常者か、さてどっちかな。俺にはどちらもに思えるがね」
米窪が言った次の瞬間、解剖室のドアが破滅的な音を立てて開け放たれた。

黒髪ロング縦ロール、長身にロングコートの少女(カミ)が、解剖室の中へ裸足でペタペタと歩み入った。検死台に向かって一直線に、大股で。
「来たか」
米窪が呟き、上條と二人で背後を振り返った。入口には大男の刑事・牛尼と七三眼鏡刑事・足助が諦めた顔で佇み、縦ロールの髪を靡かせて歩むカミの背後には、臨の祖父・丑寅が付き従ってぞんざいな会釈を見せた。
「おい、検死中だぞ……って何だお前ら、ここは一般人立ち入り禁止だ!」
血相を変えて怒鳴る上條を無視して、カミは縦ロールを靡かせ歩み寄る。
「こりゃ失礼、失礼。ノゾムが居ると連絡がね。ワシらは家族ですじゃ」
「家族だろうが何だろうが、検死が終わるまで……おい、死体に触るな!」
カミは米窪と上條を押し退けて検死台の前に立つと、顔の上半分が変形した臨の死体を見下ろし、開けた右眼窩へとおもむろに指を突っ込んだ。
上條は突然の奇怪な行動に絶句した。カミは死体の血を指で掬い、べろりと指の血を舐めて味わうように口で転がし、無言で唸って頷いた。

「お、お前ら……一体何なんだ」
「ふむ、この血の味。紛うことなくノゾムだ」
事態に理解が追い付かない上條を置き去りに、カミが言って丑寅が頷く。
「こんな傷、死んだ内に入らないですじゃ。ではちゃちゃっと直して――」
「治すだって!? こいつは医学的に見て完全に死んでるんだぞ!」
「血が足りんな」
またもや上條を無視して、カミが言うと、丑寅は意外そうに目を見開いた。
「あ、荒神様そりゃどういう意味ですじゃ」
「血が足りん。言葉通りの意味よ。彼奴は血を流し過ぎている」
「当然だろ。こいつは他の場所で殺され、ここに運んできたんだ。警察にも手続きってもんがあるからな。遺体は運べても、流した血まで運べねえ」
米窪が察しの良い言葉を放つと、上條とカミと丑寅、三人が視線を向けた。

「それで、こいつは生き返るのか、生き返らねえのか。まぁ俺たちとしちゃこいつに生き返ってくれた方が、仕事が少なくて助かるわけだが」
「刑事さんよ、その言い方は幾らなんでも無神経すぎやしませんかの」
「今更だろ。俺らとしちゃ、こいつが死体か生きた人間か、どう扱うべきか早いとこ決めてもらいたいとこだが。勝手が違うって顔だな、カミ様よ」
「フン。小賢しい人間が、随分と知った風な口で言いよるわ」
「お、お前ら……一体、一体何の話をしてやがる……」
上條は一人置いてけぼりで、異常事態に順応した米窪に驚きつつ呟いた。

「あ、荒神様。ノゾムは、生き返るんじゃよな。そうなんじゃよな!?」
「翁よ。うぬは余を都合の良い道具か何かと勘違いしておらぬか? 血肉の失せた死人を蘇らせるとあらば、相応の報いを求むるが道理よ」
「血、血……血か!? 血なら、ワシの血を幾らでも! 報いならばワシの命でも……ノゾムには何の罪もないですじゃ! 頼みます、荒神様!」
丑寅は普段の飄々とした姿からは珍しく、大手を振って狼狽して見せた。
「自惚れるな翁よ。うぬの血肉はうぬそのもの。それ以上でもそれ以下でもない。うぬが分け与えたところで、彼奴の血肉の代わりになるわけでなし」
カミは臨の死体へ邪悪に微笑み、コートの袖をまくって左手首を晒した。
「方法は、ある。簡単なことだ。余の血を彼奴に与える、話はそれだけよ。尤も、一度余の血を食らわば、彼奴は二度と人として死ねなくなるがな」

「あ、荒神様。それはどう意味ですじゃ……!?」
カミは右手で手刀を形作ると、爪先で己が左手首をスパリと切った。
「うぬの孫は人でなくなる。報いを払うのは彼奴の方だ。それで良いな」
カミの手首が裂け、紫の瘴気を放ちながら燃えるように紅い血が流れ出た。溶岩のように沸々と燃え滾るカミの血が、水飴のように粘り滴り落ち死体の開けた眼窩に吸い込まれて、黒煙が爆発的に噴き出して部屋に満ちた。
「「「ウワーッ!? ゴホッ、ゴッホゴッホ!」」」
丑寅、米窪、上條……カミを除いた全ての者たちが、黒煙に噎せ返った。
「ちょ、ちょちょ何が起こってやがる!」
「米さん、上條さん、大丈夫ですか!」
戸口で待っていた足助と牛尼が泡を食って、黒煙燻る解剖室に飛び込んだ。

――――――――――

昼下がりの街。出店が軒を連ね、仮装する人で溢れる通り。
少年は手を引かれ、父の背中と街の喧騒を眺め、ハロウィン祭りを歩く。
父は神職の正装、狩衣姿。少年は白衣に袴姿だ。普段の街では浮く装束も、仮装パーティーの只中ではごく自然に溶け込んで見えた。
幽霊、ゾンビ、魔女に吸血鬼。様々な仮装に身を包んだ者たちが、気さくな笑顔で驚かせたり、子供たちがお菓子を貰って走り回ったりしていた。
スローモーションで流れる人波。少年は父親に手を引かれ、歩き続ける。
景色が色褪せ、ノイズが走り、明るい空はやがて黄昏に暮れていく。
気づけば、周囲に人影はなくなった。喧騒の遠ざかった宴の後、宵闇の近い無人の街の静けさを、少年と父親はただ二人、浮世離れした姿で歩く。
少年が瞬きした。次の瞬間、彼は夕暮れの路辻に独りで立ち尽くしていた。
橙色の空に青い闇が混じり合う、幻想的な一時。数歩先の暗闇。瞬く街灯。
少年は歩いた。暗闇に浮かぶ輪郭は、血を流して倒れる、父親の――

――――――――――

僕はどこで生まれたのだろう。父さんと母さんはどういう人で、どうやって出会ったのだろう。なぜ僕は生まれ、母さんは蒸発して、父さんは死んで、苦労を掛けた婆ちゃんも死んで、また母さんが戻ってきたのだろう。
父さんの夢を見たのは久しぶりだった。夢の中の父さんは僕に背を向けて、終ぞ顔を見せることはなかった。僕は父さんの顔を思い出せない。
顔を見せなかったのに、なぜ父さんと分かったのか。懐かしい匂いがした。それが何だとうまく言えないけど、懐かしい匂いだと僕は思った。
塩尽市のハロウィン祭り、夢と現実のあわいのような街の賑わい。あれは、僕の記憶なのだろうか。僕の願望が見せた幻想なのだろうか。今となっては判然としない。不思議なことに、あの景色を誰かに尋ねたことも無かった。
何度も夢に見た、しかし年月と共に不鮮明となっていく景色を。
記憶は確かか。あの時、僕の手を引いていた背中は死神ではなかったのか。
記憶の中で、僕の手を引いて歩いていた背中は、誰だったのだろう。

――――――――――

塩尽警察署内部に点在する、カミの破壊の痕跡。穴の開いた壁は応急処置が施され、玄関ホールの出入口は真新しい自動ドアに作り替えられていた。
待合室に並んだ椅子には、アシンメトリーな銀髪の女・心と、茶髪がかった金髪ロングの眼鏡女・瑞希が隣り合い、何をするでもなく座っていた。
「ココちゃん、そろそろ帰ろ……」
「やだ」
もう何度も繰り返したやり取りだ。瑞希は太眉を垂れて嘆息し、眼鏡を指で正して心を横目に見た。心は膝上で組んだ手に顎を乗せ、暗く頑なな表情でじっと床を見下ろしていた。こうなったら彼女は梃子でも動かない。
瑞希の脳裏に、血塗れで事切れていた臨の姿が思い起こされ、彼女は知らず身震いした。今日何度目かの悪寒。死体を見てから、悪寒が止まらない。
元より昨日会ったばかりに過ぎない赤の他人。通り過ぎるばかりの異邦人。肩入れする義理も無い。しかし心は、彼の死に心を囚われていた。なぜ?

瑞希は少年の死に幾らかの同情を覚えつつも、侵略者の無残な末路に密かな愉悦をも覚えていた。男は何時か消えるが、私は何時だって傍に居る……。
ざまあみろ。瑞希は心の隣で神妙な顔をして、心中で舌を出して嘲った。
そして暫くして、自分の心の醜さに吐き気を覚え、同時に復讐心の贖われる深い充足感を覚え、それから白昼の残忍な凶行に冷たい恐怖を覚えた。
そのどれもから目を逸らすように、彼女は廊下に目を向けた。
通り過ぎる人。三人組のスーツ、身長の低いジジイ、ドリルみたいな髪形で背の高いコートの女。それから歩いてきた細身の影に、瑞希は驚愕した。
「ノ、ノゾミン……!?」
吐き出された言葉に、つられて心も目を向けた。心は表情に一瞬歓喜の色が差し、次いでぐちゃぐちゃに涙が滲み、彼女は椅子を立って駆け出した。

「ノゾム! ノゾム! ノゾムーッ!」
人目も憚らずに叫び、駆け寄る心の姿に、一同が足を止めて視線を向けた。
「ちょ、ちょっとココちゃん! 大声出すなって恥ずかしいなぁもう!」
慌てて瑞希が席を立ち、心の背中を追って走り、息を切らした。
「ハァ、ハァ、ハァ……すんません、どうもすんませんねぇホント……」
瑞希は乱れた呼吸を整え、視線を上げて少年を見つめ、表情を凍らせた。
そこに居るのは、どこにでもいる高校生くらいの少年だった。つい先刻まで話をしていた、ノゾムなる名前の少年のようでもあった。彼は不思議そうな表情で、心と瑞希を見つめていた。その顔、その目はどこかおかしかった。
瑞希の背に、ぞわりと戦慄が走った。彼は死んだのだ。血を垂らして無惨に死に曝したのだ。それがなぜ、当たり前のような顔をして歩いているのだ?
見えない壁で隔てられたような静寂。少年はやがて、口を開いた。
「あの……どちら様でしょうか? 失礼ですが、どこかで会ったことが?」


【カミ様少女を殺陣祀れ!/15話 おわり】
【次回に続く】

From: slaughtercult
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