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カミ様少女を殺陣祀れ!/14話

【目次】【1話】 / 前回⇒【13話】

「えーノゾミン料理とか作れんの、マジ家庭的じゃん!」
「大した料理はできませんけど、冷蔵庫の残り物でちょっとしたものなら」
「っせーな何はしゃいんでんだオメーら。料理なんかできるわけねーだろ」
ココさんがタバコを咥えて火を点け、煙と一緒に白けた言葉を吐いた。
みず姉さんは鼻歌まじりで、リビングの片隅の1ドア冷蔵庫を開け広げる。
「ワーオ、こりゃ素敵。見事に食べ物ナシ。さあどうする、ノゾミン」
僕はみず姉さんの背後から冷蔵庫を覗き込み、思わず目を疑った。
酒、酒、酒。未開封の缶、開封した飲みかけの缶。缶、缶、缶……。
食料品が、無い。生鮮品、食料品、乾物もフルーツも、何もかも。
「ってオイみず姉! 人ん家の冷蔵庫、勝手に開けんな!」
「ハイハイ、固いこと言わない」
みず姉さんはノンアルコールビールの缶を一本手にすると、我が物のように取り出してはプルタブを弾いて、ぐびぐびと呷った。

考えが甘かった。僕は諦めて、冷蔵庫のドアをそっと閉じる。
スナック菓子、パン、コンビニ弁当、カップ麺……の、空き容器。なるほどそういうことか。部屋中に散在していたゴミを思い出し、僕は唸った。
「自炊なんてするわきゃねーだろ、この私がよ面倒クセえ。食い物なんか、その辺の店で適当に買って、適当に食ってりゃそれでいいんだよ」
「ハァ……まあ近くに行ける店がある人は、そうなんでしょうね」
僕は手持ち無沙汰で座り、ゲームを再開するココさんの背中を眺めた。
「オメー自分ん家じゃ料理も毎食ご丁寧に作ってたのか? 家出した先までテメーん家のルールを持ち込むな、うざってえ。オメーは家事ロボットか」
「ノゾミン家出したの? あんたどこ住み? 働いてんの? 学生?」
「は、はぁ……僕、高校生です。実家は南那井の山奥で、神社やってます」
「ハッ、高校生! あくせく働いてんなよバカ、青春真っ盛りのガキがよ」

みず姉さんが振り返り、僕を見ながら缶を啜り、ゲップをこぼした。
「なーんで家出なんかしちゃったかな。行き当たりばったりでうまくいくと思った? 高校くらい出ないと、社会に出てから自分自身が困るんだよ」
「そりゃ僕だってそう思ってますよ。そう思って頑張ってきましたよ。けどここで僕が踏ん張って、頑張ることに、意味なんかあるのかって……」
僕は口ごもり、立膝に顔を埋めた。家計、学業、家族、カミ様……心に凝る無数の思念がドロドロと渦を巻き、言葉にならない呻き声が洩れた。
「ねーよ、意味なんか。逃げたってことはオメー、そう言うことなんだろ」
「ちょ、ココ! あんたもそこまで言わなくていいでしょ」
「クヨクヨ悩んでんの見てっと苛つくんだようぜえ。テメーだけが辛いこと背負い込んでますってか? 勘違いすんな、自分一人で世の中回してるわけじゃねーんだからよ。ガキはガキらしく、適当に生きてりゃいいんだバカ」

みず姉さんが寝転がりながら缶を呷り、片付けた小物からハガキを取った。
「ココちゃん。免許切り替え、今月までじゃん。早く行かんとマズいよ」
「うっせ、行きたくね……」
TV画面では主観視点が廃墟を目まぐるしく駆け、撃って撃たれて忙しい。
「反面教師ってね、ノゾミン。真面目に生きなきゃ、人間こうなるのよ」
「そんなヤツの家に上がり込んで、勝手に人の酒飲んでるダメ人間は誰だ」
「あたしもあんたもダメ人間~っと。ノゾミン、あんた大丈夫?」
「何なんでしょう……何もすることがないと、不安で押し潰されそうで」
みず姉さんが四つん這いでもそもそと近寄ると、僕の頭に空き缶を置いた。
「仕方ないねぇ、あんたって子は。よし、気分転換に買い物でも行くか!」
「あ、じゃあついでにタバコ頼むわ。酒とツマミも、何か適当に」
「あんたのタバコ、その辺に売ってないでしょ。欲しけりゃ自分で買え!」

――――――――――

「乗りなよ、みず姉様の高級車だぞ。感謝しなよ」
アパート外の駐車場。赤色の軽4輪駆動車の助手席に、僕は乗り込んだ。
「何か、想像と違いますね。もっと可愛い車に乗ってるかと思いました」
「どこに目ェついてんだ。ジムニーだぞ、可愛いに決まってんだろ」
みず姉さんが茶色がかった金髪ロングを揺らし、エンジンを始動してギヤを入れた。体に染みついた滑らかな仕草は、一周回って似合って見えた。
「塩尽の中を走り抜けてく真っ赤なジムニー……っと」
だみ声で歌ってアクセルを踏めば、車がバタバタと騒々しく動き出す。
「やれやれ。ココのヤツ、また男に逃げられて音沙汰がなくなって、一応は見に来てやったら、もう新しい”男”を見つけてたとはねぇ、ねぇ?」
語尾を吊り上げ、みず姉さんが含み笑いで僕を一瞥する。
「いつもながら、心配して損したよ。おまけに今度は、高校生の家出少年を連れ込んだと来たもんだ! 本当に無節操で……懲りないヤツ」
みず姉さんの呆れた呟きに、僕は返す言葉が無かった。

「あの。みず姉……さん、って呼んでいいですか」
信号待ちの車内。僕の言葉に、みず姉さんが振り向いた。その冷たい表情に違和感。睨むように強い眼光が僕を射抜き、反射的に身体が強張った。
「あたしは”みずき”。ってまあ、年下に馴れ馴れしく呼び捨てにされんのも癪だから、あんたは特別に”みず姉”って呼ばせたげる。”特別”にね」
みず姉さんは咥えタバコに火を点けて、特別、と強調して低く告げた。
「ココさ……ココさんと、みず姉さんって、同い年なんです、よね?」
名前を言いかけて、みず姉さんにギロリと見据えられ、僕はビクリとした。何だか、余り友好的な雰囲気じゃないのは、僕の気のせいだろうか?
「あたしが一コ上、高校では同級生だったけど。学生時代は色々あってね。クラスのはぐれ者同士ウマが合って、それからはずっと腐れ縁さ」
信号が青になった。みず姉さんは手際の良い動きで、車を走り出させた。

「で、あんたどうするの。買い物に行こうったって、あんた金ないでしょ」
僕はギョッとしてみず姉さんを見た。あんたが連れ出したんじゃないか。
「ええっ!? は、はぁ……持って、ませんけど」
「じゃどうすんのさ。物乞いでもすんの、お金下さいって。ホラやってみ」
みず姉さんが笑い、ドスの利いた声で言った。目は笑っていなかった。
何だこいつ。僕の背筋を怖気が這い上がる。反射的に助手席のドアレバーへ手を伸ばすと、みず姉さんの左手が僕の右腕をがっしりと掴んだ。
「待ったストップ、冗談じゃん! 車から飛び出す気か、ビビらせんな!」
「いや、えっ、ちょ」
「あんた犬か? 脊髄反射で主人の命令に従うチョロいタイプ? 初々しいねぇ、扱い易いねぇ、男としちゃ最高につまんないけどねぇ。ねぇ?」
みず姉さんは握る手に力を込め、ケラケラと乾いた声で笑った。

ガソリンスタンド。セルフ型の洗車機が水飛沫を上げ、大きなブラシが車を洗い始める。僕は閉じ込められるように、車内でみず姉さんと二人きり。
「あんた童貞?」
みず姉さんは頭の上で腕を組み、ぼんやりと宙を眺めて出し抜けに言った。
「ココとあたし、抱くならどっちがいい?」
質問の意味が解らなくて、僕は答えられず身を縮こませ、息を殺した。
「あーやっぱ童貞だわあんた。愛しのココちゃんと一晩を共にしてヤレない根性無し! ココちゃんは、男をとっかえひっかえするヤリマンビッチ!」
みず姉さんは大声で喚き、僕に顔を寄せた。表情は楽しそうでさえあった。
「あんたも見たでしょ、あいつの腕のリスカ痕。昔は人懐っこくて、いい子だったんだけどね。男が出来てどんどんおかしくなった。誰と付き合っても最後は捨てられ、でもいつの間にか次が居る。殆ど病気よねぇ、ねぇ?」
みず姉さんは僕の返事などお構いなしで、楽しそうに喋り続けた。

閉ざされた車室から『異邦人』の歌謡曲が音漏れして、外まで聞こえた。
「みず姉さん。大体は拭き終わりましたけど、こんなもんでいいですか」
僕が濡れたウェスを絞って言うと、運転席からみず姉さんが降り立った。
「ハァ? お前サイドシールの底に拭き残しがあんだろ。真面目にやれよ」
「はい、すんません……」
ドア下に屈み込んで指差すみず姉さんに、僕は頷いて大人しく従った。
何気なく振り返ると、道路の向こう側に黒いセダンが停まっていた。
「買い物の金出してやんだから、少しは役に立て。ほらキビキビ働け!」
「はい!」
頭を過ぎった雑念を振り払い、軍人みたいに背筋を正して答え、僕は作業を再開する。ただより怖いものはない、とは全くこのことだな。

買い物帰り。後部座席の買い物袋には、野菜やらシーフードミックスやら、特売の中華麺やら色々と入っていた。わざとらしくコンドームも一箱。
「ノゾミンさぁ、人の金で豪勢に買い物しちゃって、あんた遠慮ってモンを知らんかねぇ。ねぇ? これで不味い飯食わせたらただじゃ済まさんよ?」
「ハァ、もうどうにでもしてください……」
僕は疲れ果てて言った。藪蛇に首を突っ込んだ自分を心底呪い、諦めつつ。
「あたしさ、ココちゃんが好きなんだよね。昔からずっと。ずっとあいつの近くに居てさ、話聞いてさ、恋人になりたかった。女として抱きたかった。でもココのヤツ、あたしの気持ちなんか全然気づかねえ、あー切ねぇー!」
みず姉さんは絶叫に近い大声で、窓ガラスを震わせて、笑って言った。
「ヤリチン男に愛想尽かしたと思ったら、高校生のガキかよ! 直ぐ近くにいい女が居るってのによ! あたしはどうなるんだよやってらんねー!」
ココさんの住むアパートが近づいてきた。今すぐ逃げ出したい気分だけど。

――――――――――

ようやく掘り出したフライパン。薄汚れた鍋を洗って、中華麺を茹でる。
玩具のような切れない包丁で、玉葱と人参を下拵え。キャベツを千切って、温めたフライパンに牛脂を引き、豚肉とシーフードミックスを炒める。
そしてキャベツと玉葱、人参とモヤシを投げ入れ、もう少々炒めたらお次はスープ。水、豆乳、鶏がらスープ、塩、醤油、唐揚げ弁当のスパイス。
「料理人・ノゾミン様々ってね。腹ペコなんだから早くしておくれよ!」
みず姉さんが何食わぬ調子で言って、ペタペタと足音が近づいて来る。
「すいません、みず姉さん。冷蔵庫の日本酒、持ってきてもらえませんか」
「あん? あんた年下の癖にこき使うのかぁ? あたしは高くつくぞぉ」
どこまで本意か定かならぬ言葉の暫し後、首筋に小瓶がヒヤリと触れた。
「旨そうな匂いさせちゃってもう。つまみ食いしちゃおっかねぇ。ねぇ?」
耳元で囁き声。ペロリと耳たぶを舐められ、ゾクリと背筋が戦慄した。
最後に、フライパンへ飲み残しの日本酒を加え、一煮立ちして出来上がり。

湯気立つ乳白色のスープ、スーパーの特売だった中華麺。丼は無かったので洗ったカップ麺の容器で代用した。誰が何と言おうと、ちゃんぽんだ。
「おい、何だよコレ。別に私、作ってくれって頼んだ覚えはねぇ……」
ココさんがテーブルの料理を渋面で見下ろし、不服そうに口ごもった。
左隣のみず姉さんはお構いなしで割り箸を握り、ずぞぞぞぞと汚い音を放ちうむうむと唸りながら、凄まじい勢いでカップ容器の中身を吸引していく。
「最初はどうなることかと思ったけど、うーん、こいつは悪くないねぇ」
「出来上がってみれば、インスタントと大差ないですね。すいません」
「何で謝んの。謙遜も行き過ぎると嫌味だよ。料理がヘタクソな女の前では特にね。って……ココ、食べないの? あたし、貰っていい?」
「食べる!!!!!」
みず姉さんがカップ容器に手を伸ばすと、ココさんが唐突に大声で叫んだ。

ココさんは割り箸を手にして、躊躇うように暫し容器と向き合った。
生唾を呑み、箸を伸ばし、恐る恐る一口、二口……それからは怒涛のように凄まじい勢いで食べ始めた。食べながら泣いた。噎せながら食べ続けた。
「えぇ……」
「ちょ、ココちゃん泣くなし。ノゾミン、引いてんじゃんねぇ。ねぇ?」
「ふるへぇ、ふるへぇ、ゴッホゴッホ! ふるへぇ……」
「あー……一先ず、お口に合って安心しました。良かったら僕の分も食べ」
「いや気ぃ使いなさんなノゾミン、あんたもちゃんと食べなさ」
「はべぶ(食べる)!!!!!」
ココさんがアシンメトリーの銀髪を揺らし、きっと顔を上げて僕を見た。
僕は頷き、ココさんにカップ容器を差し出した。正直お腹は空いてたけど、こんな食べ方を見せられたらね。まあ一食二食抜いたって死にはしないさ。

ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。ピンポンピンポンピンポーン。
呼び鈴の連打。ドンドンドン、ドンドンドンとドアの打ち鳴らされる音。
「うっせ。私、絶対出ねーよ。さっさと諦めて帰れ、バカ」
「あんたさ、今度は何滞納したの」
「まだ電気もガスも止まってねーよ。宗教とか、NH何たらじゃね?」
「ごめんくださーい、塩尽警察署の者ですが! いらっしゃいますか!」 
僕はその言葉に凍りついて、ココさんとみず姉さんを見遣った。ココさんは無心に麺を啜り、具を食らい……みず姉さんはスープを啜っていた。
「ごめんください! 警察です! いらっしゃいませんかー!?」
ピンポーンピンポーンピンポーン――呼び鈴の連打は続く。しつこいな。
爺ちゃんが捜索願を出したのだろうか。頭の中でぐるぐると考えが巡った。
そして僕は、ガソリンスタンドで見た黒塗りのセダンに思い至った。

「僕、ちょっと行ってきます」
「何考えてんの、じっとしてなさいって。居留守してりゃバレないわよ」
「ごめんなさい、時間切れです。これ以上は二人に迷惑がかかりますから」
「ゴホッゴホッゴホッ! ……もうよ、散々かけられたんだよ、迷惑」
呼びかける物音は止まない。居ることを確信しているのだろうか。
「だとしても、です。一宿一飯の恩義ですから。お世話になりました」
「いやちょ、ノゾミン待ちなって!」
僕は自分を強いて腰を上げ、みず姉さんの言葉にも耳を貸さずに歩いた。
ドアスコープを覗くと、スーツを着た男が二人、幼顔の女が1人。
「ごめんくださーい! 塩尽警察署の者です! いらっしゃいますか!」
笑みの貼りついた男が、ドアスコープにバッジの光る手帳を掲げた。
僕は意を決して、扉を開いた。扉を開けると、三人組は笑っていなかった。
仮面のように冷たい三つの双眸が、僕を射抜くように見据えた。

「神事 臨。ようやく見つけたぞ。カミと離れる時をずっと待っていた」
「異端の信仰者は死あるのみ。黄泉で父親との再会を祝うがいい」
三人が上着の懐に手を突っ込み、抜いたのはサイレンサー付きの拳銃――
「お、お前たちまさか、神社本庁特殊部隊……」
喉に穴が開いて、それ以上声が出なかった。小さな銃声と、噴き出す硝煙。
スーツ姿の幼顔の女が、サイレンサー銃を突き付けて笑った。
背筋に、ぞくりと戦慄が走った。胸に熱いものが走った。衝撃が頭を貫き、右目が真っ赤に染まって痛みが走り、僕の身体から力が抜けた。
「神罰」
誰ともなく告げて、三人は何事も無かったように玄関から去っていく。
父さんを殺したのは、神社本庁……? 脳内に渦巻く問い。僕は追いかけるように手を伸ばし、痛みに体を震わせ、その場に崩れ落ちた。


【カミ様少女を殺陣祀れ!/14話 おわり】
【次回に続く】

From: slaughtercult
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