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ジャスト・ワン・ショット:パルプスリンガーズ外伝 #ppslgr

【字数目安:本文・約15,000字/あとがき・約1,000字】

⚠この作品はフィクションである。実在する地名、人名、企業名、団体名ほか、及びそれに類する名称の一切は、実際の物とは一切関係が無い。

【1】

20XX年、1月某日。東京湾上メガフロート都市。
超巨大都市型創作売買商業施設『Note』を間近に望む、城下町めいた風景。
本土との連絡船が発着する湾岸周辺は、観光地として整備されていた。
店々が軒を連ねる通りの片隅に、リヤカー露店を牽いた原付バイクが一台。
極彩色の街へ墨を落としたように、そこだけ胡乱な雰囲気が漂っていた。

写真売り〼 モノクロ500円 カラー700円 撮影即印刷 印刷即お渡し
ホロ写真あり〼 1枚1,000円 旅の記念にいかがですか 品質保証
現金大歓迎 クレカOK ビレットコイン可 フリーペイ使え〼

白地に紫で染め抜かれた幟旗が、東京湾の海風に煽られてはためく。
車道と歩道の境目に茣蓙が敷かれ、更にその上に赤布が広げられていた。
緋色の和傘が影を落とす敷物の上には、逆さに置かれた豆箪笥。
引き出しは天地逆さで棚となり、電子決済のQRコードが記された三角札や、モノクロ写真にカラー写真、虹色に輝くホロ写真などが陳列されている。

豆箪笥の隣に、股旅姿の男。露店の主にして流浪のカメラ屋、K・Wだ。
彼は編み笠を目深に被って俯き、地下足袋を履いて立膝に座っていた。
首から下がる1眼レフカメラは、かなりの年季入り。編み笠の下に装着した軍用ヘッドフォンのコードは、傍らの軍用タブレットに接続されている。
K・Wの左肩には、相棒のワシミミズク型ドローン。外見は精巧だ。
「ホ・ホ・ホ……ホッホウ、ホッホウ……ホ・ホ・ホ……」
キュィィン。キュウ、キュィィン。
ミミズクドローンは電子的鳴き声を放ち、リアルな挙動で首を巡らせては、高精細3Dカメラに置換した両目で周囲の様子を頻りに窺う。

周囲の街路は、連絡船から降り立った観光客たちで芋洗い状態の大賑わい。
若いカップルが一組、K・Wの露店前で立ち止まっては話し込む。
「キャー! 見て見て、フクロウよカワイイ!」
「ホロ写真かーすげえなコレ! 本当に立体的に映ってんじゃん!」
「ねぇ1,000円だって! あたしたちも撮ってもらおうよー!」
K・Wはおもむろに半身を上げ、片手の親指で編み笠の縁を押し上げた。
愛想笑いの貼りついた顔が、編み笠の影から冷たい目でカップルを射る。
K・Wはヘッドフォンの片耳を外し、電子音を派手に音漏れさせた。
「撮りますかい?」
彼の顔の左隣で、ミミズクドローンが小首を傾げ、カメラアイを唸らせた。


【2】

湾岸に日が落ちる。夕闇の迫る街角に、影を伸ばして人々が家路を急ぐ。
今日もそろそろ仕舞い時か。
K・Wは寒空の下、湯気立つ丼を両手に抱え、露店のかけそばを頬張った。
足元の破れ茶碗には、小銭と紙幣が山の様に積もっている。
彼がこのメガフロートに辿り着いて1週間。客足は多く、稼ぎは上々だ。
しかし、根無し草で各地を渡り歩く旅烏。ここにも長居するつもりはない。
理由はあった。彼の首からぶら下がるカメラが、彼にそうさせた。
(俺は探し出さねばならない。どれほど時間がかかろうと、必ずや……)
噛み締めるように心の裡で呟き、丼の汁を喉を鳴らして飲み干す。

逢魔が時。露店の前に数人の体格の良い男が並び立って、影を落とす。
カジュアルな服装に隠しきれない、豪胆な体格と鋭い動作。軍人か。
「写真、まだやってる? 俺たちも撮ってもらっていいっすか?」
居並ぶ男たちの集団の中で、とりわけ若い茶髪男が、軽い口調で訊ねた。
「えぇ、勿論。今準備しますよ」
「おい! 遠足じゃねえんだぞ、こんなところで油売ってる場合か!」
隊長格と思しき頬に傷のある男が、一団の背後で腕を組んでどやしつけた。
「カッカしないで下さいよ、折角来たんだし。少しは楽しみましょう」
振り返る茶髪男の肩越しに、K・Wは傷の男を見て、僅かに双眸を見開く。
「ホ・ホ・ホ……キシャー、ゲチゲチゲチッ!」
愛想笑いするK・Wの左隣で、ミミズクドローンが翼を広げて威嚇した。

ぼんぼりの灯る薄暮の街角を背に、男たち一行は笑顔でポーズを構える。
K・Wが三脚に1眼レフを据えると、肩からミミズクドローンが飛び立った。
ミミズクドローンは肩を組む男たちの周囲を飛び回り、両目の3Dカメラから放射状の光を投射して、画像を立体的に読み取っていく。
「ハッ、笑うぜ。まるで黎明期の写真だな!」
「いきなりどうした。飲み過ぎて頭がおかしくなったのか?」
刺青男の冷やかしに、クルーカット男はサングラスを光らせて鼻を鳴らす。
「初期の銀板写真(ダゲレオタイプ)は、撮影にン十分はかかったそうな」
「数十分!? そりゃあ待ち切れそうもないっすね!」
「ああ分かるよ。せっかちだもんな、早漏クンは!」
刺青男の合いの手に、男たちから下卑た笑いが飛び出す。

ミミズクドローンが撮影を終え、K・Wの左肩に止まり木めいて降り立つ。
「……おい、まだか」
傷の男が列の真ん中で仁王立ち、切れ長の目を窄めて股旅男を睨んだ。
「ええ、ここが重要でさぁ、はい……ようく”狙い”を定めなきゃあ、ネ」
K・Wは1眼レフの奥で冷たい双眸を開き、傷の男の心臓を見据える。
呼吸を整え、ゆっくりとシャッターを引き絞った。
スゥーッ、ハァーッ、スゥーッ、ハァァァーッ……カシャリ。
K・Wは怖気すらまとう眼差しで残心した後、再び愛想笑いを浮かべた。
「ハイ、お疲れ様。写真は直ぐできるんで、もう少しだけお待ちください」

専用プリンターから出力されたホロ写真が、若い茶髪男に手渡される。
「どうもー。ここ、ビレットコイン使えます?」
「ええ、こちらのQRコードに。1,000円分ですから、0.00001101BTCね」
K・Wが示した三角札の1つに、BTCウォレットのアドレスが記されていた。
茶髪男はスマホでQRコードを読み取り、POPしたアドレスに電子送金する。
K・Wが軍用タブレットをフリックし、電子帳簿で決済を確認して頷いた。
「はいOKっす。毎度どうもあざっしたー」
「うっひょー! 見て見てホロ写真! 旅の思い出!」
「おい独り占めすんな! 俺にも見せろよ!」
ホロ写真を奪い合って騒ぐ男たちを他所に、傷の男がK・Wに歩み寄った。

険しい顔で腕組みして見下ろす男を、K・Wが編み笠の隙間から見上げる。
「おい、お前……前にどこかで会ったか?」
K・Wの表情が一瞬すうっと凍り、捕食者めいた鋭い眼光を漲らせる。
「ホ・ホ・ホ……ホッホゥ、ホッホゥ……」
一瞬の沈黙を挟み、K・Wは喜劇役者めいておちゃらけた笑みを放った。
「ハハハ! こう言っちゃなんですがね、旦那。あっしは一度見た客の顔は忘れないタチでして。旦那の顔は、一度見たら忘れそうにありやせんよ」
傷の男は暫し無言でK・Wを睨み据え、やがて溜め息と共に頭を振った。
「フン、まあいい……俺たちのことは忘れろ」
傷の男は疲労の滲んだ声で吐き捨て、踵を返して仲間たちの背中を追う。
K・Wはその背中を食い入るように見つめ、軍用タブレットを操作した。
彼の肩からミミズクドローンが飛び立ち、男たちの後を追う。タブレットに映し出される暗視映像。男たちの人影を白枠で囲む、強調表示がPOPした。


【3】

同日夜。迷宮めいて広がる『Note』の一角、西部劇風バー『Mexico』。
険しい顔のバーテンが、酒とタパスを流れるように捌いていく。
テーブルやカウンターは、創作者『パルプスリンガー』たちで大賑わいだ。
ネオンの輝きを背に、新たな来訪者がスイングドアを潜って入店した。
思い思いに言葉を交わしていた常連客たちは、新客を一瞥して言葉を失う。
それは時代錯誤の風来坊。江戸時代からタイムスリップしたような風貌。
編み笠に地下足袋、軍用ヘッドフォン。左肩にはミミズクドローン。
K・Wは入口で止まり、編み笠とヘッドフォンを外すと、店内を見回した。

「なにあれ……コスプレ? 江戸時代?」
「江戸時代なのに散切り頭……しかもヘッドフォン! あ・や・し・い」
「よっしゃA・K、レッツゴー!」
「待って、何で俺だよ!? ここはH・Mの出番だろ!」
「フフ……まだ俺が動く時ではない。J・Q、いっちょ宜しく!」
「ホホホ! というわけでO・D、頼んだぞ!」
栗色のもじゃもじゃ頭にジプシー装束、赤ら顔の青年O・Dが肩を叩かれ、顔の前でパチンと両手を叩いて椅子を立った。
「あー、コニチワ。ウェルカム。ジャパニーズサムラー……イ?」
「ホッホゥ、ホッホゥ……ホ・ホ・ホ」
呼びかけるO・Dの隣をK・Wが素通りし、店内を見回しながら歩き続ける。

K・Wがカウンターにつくと、隣席に座っていた緑ツナギにタンクトップの女性S・Rが、おもむろに振り返って顔を戻しかけ、驚いて2度見した。
「エッなになに何なの。その……誰? どちら様?」
S・Rは困惑し、更に隣席の話相手である、青みがかった黒髪の女性M・Hに捲し立てた。M・Hも物珍し気な面持ちで顔を伸ばし、無言で頭を振る。
「ホ・ホ・ホ……ホッホゥ」
キュウ。キュイイ、キュイイ。ミミズクドローンがS・Rを見つめた。
彼女は暫し考えた末に変顔で対抗すれば、M・Hが我慢できずに噴き出す。
「らっしゃい。すまんが、日本酒は余り種類を置いてなくてね」
「いや、お気遣いなく。俺はビールを飲みたい気分でね」
「「「「「ビールかよ!」」」」」
K・Wが平然と告げれば、固唾を呑んで見守っていた一行がずっこけた。

「はいよ、ビールお待ち。500円」
店主がコロナ瓶の栓を抜き、ライムの切り身を口にねじ込んで差し出せば、K・Wは懐から500円玉を取り出す。硬貨は菊紋入りの記念硬貨だった。
S・Rがそれを見てハッと口に手をかざすと、M・Hが隣でニヤニヤ笑った。
「欲しいの、S・R?」
「ほ、欲し……いや、いい! 500円は、500円だからね!」
K・Wは粋な所作で瓶コロナをラッパ飲みしつつ、無言で周囲を見回した。
見かねた黒ずくめの男R・Vが、テーブル席を立ってK・Wに歩み寄る。
「よう旦那。初めまして、だよな? 俺はR・Vだ」
「え? ああ……こりゃどうも」
K・Wは即座に愛想笑いを顔に貼りつけ、しかし警戒した様子で黙り込む。
「お節介ながら聞くが、誰かお探しかい? この店は顔なじみばかりでね」
R・Vは目頭を揉んでカウンターに肘をつき、K・Wと向き合った。

「「「エーッ!? この人、S・Cの知り合いだったのーッ!?」」」
それだけに絶対にありえないと言いたげな絶叫が、フロア中に轟き渡る。
執事風の優男S・Cは苦笑し、ウィスキーグラスを片手にガクリと脱力した。
「悪かったですね。紹介しますよ、彼はK・W。流離のカメラマンです」
K・Wはバツの悪そうな笑みと共に、首に下げた1眼レフを掲げる。
「へー君はPENTAX使ってるんだねー、結構凝り性さんなんだねー」
スーツにグレー髪の青年T・Aがぬるりと現れ、K・Wのカメラを眺め回す。
「しかし、迷ったでしょうK・W。言ってくれたら迎えに行ったのに」
「いや、いい。それより、話がある。急用だ。2人だけで、いいか」
「「2人だけ!?」」
K・Wのセリフに、何かを感じたS・RとM・Hが色めき立つ。
途端にS・Cの顔から笑みが失せ、殺気を滲ませるK・Wに無言で頷いた。

換気扇の真下、バーの隅のテーブル席で、K・WとS・Cが向き合って座る。
店主は1,000円札と引き換えに、2人の酒のお代わりを置いて行った。
レジスターめいて朗々と響く金属音は、R・Vが切った刀の鯉口。
何人か席に忍び寄ろうとした物好きたちが、びくりと身を震わせる。
K・Wが煙管を咥え、S・Cがテーブルでロウマッチを擦って火を差し出す。
「すまねえ」
S・Cは頷いて両切りタバコを咥え、マッチの燃え残りで火を点けた。
灰皿で燃え尽きるマッチを、ミミズクドローンが見つめて小首を傾げた。
「……ヤツが出た」
K・Wの言葉にS・Cは目を細め、アイラモルトのロックをちびりと舐めた。

K・Wは背嚢から軍用タブレットを取り出し、テーブルに転がした。
「場所は?」
「近い。メガフロートの中だ」
「仲間が5人……経歴は?」
「さあな。どうせろくでもないヤツらだ」
「同感ですね。データリンクしても?」
K・Wが頷くと、今度はS・Cが重改造ノートPCを取り出す番だった。
有線通信で生の画像データを受け取り、深層ウェブで首実検をかける。
「全員が元自衛官。うち半数は傷害、恐喝、薬物運搬などの前科が……」
「成る程、全員同じ穴のムジナってぇワケだ……クズどもめ」
苦々しい呟き。S・Cが顔を上げると、K・Wは1眼レフを握りしめていた。


【4】

5年前。中央アフリカ某国、首都近郊。政府軍実効支配地域。
国連軍停戦監視団駐屯地。日本国陸上自衛軍・PKO派遣部隊駐屯区域。
俺ことK・Wは広報課の隊員で、戦場を取材するため現地に滞在していた。
銃を持たない自衛官。国に都合の良いことだけを報道するジャーナリスト。
俺たちが苛ついていたのは、この国の暑さのせいだけではなかった。

夜。会議室のテントの中で、俺は相棒のカメラマンと向かい合っていた。
「あいつ絶対怪しい。今度こそ証拠を掴んで、ネタを物にして見せる」
相棒の女が嘯き、安タバコをもみ消して、地酒を瓶からラッパ飲みした。
「どうせ握り潰される。内地の腰抜けたちに、報道できるはずがないさ」
俺は冷静を装って宥めたが、臆病風に吹かれた腰抜けは俺の方だった。
「そんなの、やってみなきゃわからない。任期はもう何週間と残ってない。危機感無いの? 折角のジャーナリストが、デカいネタを挙げないで――」
「別に穀潰し扱いされても、どうってことない。俺は命の方が大事だ」
「私は一人でも行くわ。任務が徒労に終わるくらいなら、死んだ方がマシ」
女の名前を、仮にY2としておこう。Y2は決して逞しい体格ではなかったが、信じられないほどタフで、パワフルで、正義感と、希死観念に満ちていた。

夜更けの街を連れ立って歩く、数人の男たち。
カジュアルな服装で、バンダナを顔に巻いているが、俺とY2は知っていた。
ヤツらは日本人で、自衛官で、犯罪行為に関わっている疑いがある。
俺たちは噂を突き止め、動きの怪しい彼らのグループに目を付けていた。
ヤツらは手際の良いことに、予め手配していた車に乗り込み移動を始める。
俺たちもまた現地人に金を払って車を借り、ヤツらの足取りを尾行した。
そのうち俺たちは、政府軍と反乱軍のどちらが支配しているともつかない、危険区域に踏み込んだ。有り体に言えば最前線で、武器を持たない俺たちはいつ死んでもおかしくなかったが、今更引き返すことなどできなかった。

辿り着いたのは、盛り土と鉄屑が一体に散らばるスクラップ置き場。
俺たちは車のライトを消し、斜面の裏側に車を隠し、盛り土によじ登った。
夜でもうだるように蒸し暑くて、そこら中ゴミ溜めみたいな酷い臭いだ。
「いたわ、ヤツらよ」
盛り土の影からカメラのファインダーを出しつつ、Y2が小声で告げた。
「凄い。密売現場よ、初めて見た。武器、ドラッグ、あれは……?」
Y2は暗視装置付きの1眼レフでシャッターを切る。口調は興奮していた。
「ここ、どう考えてもヤバいぜ。今からでも遅くない、やっぱり帰ろう」
「こんな特ダネを前に、逃げ帰るっての? 冗談。あんた玉ついてるの?」
俺はというと、斜面を背にしていたので何も見えない。見たくも無かった。
「機動兵器? あんなデカブツに商品を積んで……あッヤバい」
Y2が慌てて呟き、俺を片手で突き飛ばした。だがカメラは手放さなかった。

シャッターの切れる音。少し間を置いて、銃声が轟いた。
俺は斜面を転がり落ちた。少し間を置いて、Y2も転がり落ちて来た。
男たちの叫び声。背にした盛り土へ、立て続けに銃弾が爆ぜる音。
一拍置いて、俺の身体に何か降ってきた。Y2愛用の1眼レフカメラだ。
「Y2!? Y2!? おいどうした、Y2!?」
暗闇の中で相棒を揺さぶる俺の手に、ぐちゃりと熱く柔い感触が満ちる。
Y2は返事をしなかった。暗闇で不明瞭ながら、死んでいるのは明白だった。
多分頭を吹き飛ばされていて、俺が触ったのは脳味噌だったかもしれない。
金属音と、エンジンを吹かす音。けたたましい音と共に車が走り出す。
恐怖に駆られた俺は、カメラを握って車に飛び乗り、その場を立ち去った。

俺は運よくヤツらから逃げ延びたが、Y2は行方不明のままで月日は過ぎた。
今も、まだ。彼女の亡骸は、アフリカの片隅で朽ち果てているだろうか。
それから数週間後、任期を全うした俺は一人で帰国し、自衛軍を除隊した。
何もできなかった。遺体を連れて帰ることすらできなかった。
俺が連れて帰れたのは、あいつの脳味噌の一欠片と、愛用のカメラだけ。
家に閉じこもり、酒に溺れる日々が続いたある日。
俺は例のカメラのメモリカードを取り出し、PCで中身を読み出した。
ああ、そこには映っていた。彼女の追い求めた特ダネの全てが。
現地黒人と、日本人自衛官との武器・薬物の秘密取引。
暗闇の中、無数に居並ぶのは、戦車型の機動兵器『ソウルアバター』。
砲塔に記された、カマキリの鎌の意匠。砲身に連なるキルマーク。
最後の写真が捉えていたのは、頬に傷のある男が銃口を向けた瞬間だった。


【5】

「ホ・ホ・ホ……ホホホホホホ……ホ・ホ・ホ、ホッホゥ」
股旅姿のK・Wは苦み走った顔で回想し、ミミズクドローンの頬を撫でる。
S・Cは両切りタバコを半ばまで燃やすと、灰皿で揉み消して頭を振った。
「それで」
「それで?」
対面するK・WがS・Cを睨み、瓶コロナをラッパ飲みして飲み干した。
「殺(ト)るんでしょう。その、”コレ”を」
S・Cがアイラモルトを一口舐め、頬に傷をつける仕草をした。
「雑魚はどうでもいい……だが! そいつだけは生かしちゃおけねえ!」
K・Wは空き瓶をテーブルに叩きつけ、怒りに身を震わせた。
「力を貸せ、S・C。俺は今度こそ、過去に決着を付けなきゃならねぇ」
S・Cは無言で頷き、グラスを飲み干して静かにテーブルに置いた。

夜更け。『Note』のがらんどうの駐車場に、1月の空っ風が吹き荒ぶ。
「敵もソウルアバターを使えるとすれば、一筋縄ではいきませんね」
蒸留酒で身体の温まったS・Cが、伸びをしてからスマホを取り出す。
「心配無用。俺はもう、あの時の俺じゃない」
隣に立つK・Wもまた、苦み走った顔でスマホを取り出した。
K・Wは、ミミズクドローンのカメラアイから光をスマホ画面に投射。
S・Cは、首から下げた印鑑様のトークンをスマホ画面にタッチした。
「「マテリアライゼーション!」」
2人のスマホが同時に特殊入力を認識し、SAのOSが割り込みで起動した。
瞬間、K・Wの全身が羽毛の塊に包まれ、弾けるように燃え上がり。
瞬間、S・Cの全身が赤く結晶化し、血の花めいて散華し。
商業施設の駐車場に、2基の機動兵器(ソウルアバター)が姿を現した。

青灰色の羽毛が闇に凝集し、鳥人と航空機のハイブリッドめいたSAを顕現。長距離偵察哨戒型SA『姑獲鳥(ウブメ)』。K・Wの乗機だ。
鮮血めいた赤の結晶が闇に凝集し、戦車めいた装甲を持つ丸頭のSAを顕現。市街地強襲制圧型SA『スローター・ハウンド』。S・Cの乗機だ。
「もたもたしてるとパーティに乗り遅れちまう! 一気に飛ぶぜ!」
「姑獲鳥は飛べても、私のハウンドには飛行機能はついてませんよ!」
「掴まれ! ついでに、助走をつけて引っ張ってくれると助かるんだが!」
「成る程、凧揚げの要領ですね!」
姑獲鳥のグリフォンめいた機体が、有機的な翼の羽ばたきで宙に浮く!
腹部中央に固定された剥き出しの76mm艦載砲を避けて、ハウンドの両手がハードポイントの固定具を掴み、タイヤスキールと共に夜の街へ駆け出す!

車通りの少ない夜道を、ハウンドがタコめいて姑獲鳥を掲げ、疾走する!
風を受けて翼が撓む! 急激に揚力を得て、機動兵器が徐々に浮き上がる!
姑獲鳥の背面、左右肩甲骨上に生えた一対のエンジンノズルから噴炎!
ハウンドがレッドゾーンまでエンジンを回し、直線道路で限界加速!
が瞬く間に、信号待ちの車列に追いつく! 凶悪粉砕玉突事故の危機だ!

「「たーこーたーこーあーがーれーえーッ!」」

姑獲鳥はスロットルを急速に開いた! 背部から強烈なアフターバーナー!
強烈な衝撃波! 周囲のビルの窓という窓を鳴らし……加速、加速、加速!
飛行機めいた轟音と共に、SAをぶら下げたSAが夜空へと舞い上がる!
「ウオオーッ! これはァーッ! ぞっとしないですねェーッ!」
信号待ちの車列を背後から辛くも飛び越し、S・CがGに耐えながら絶叫!
「命綱無しのフライトだ! ぜってー手ェ離すんじゃねえぞ!」
「そんなの、言われなくともォッ!」
姑獲鳥は腹部からハウンドを吊り下げたまま、旋回上昇しながら加速!
メガフロート都市の遠方、開発途上の港湾地帯へ急行する!


【6】

同時刻、メガフロート東端。
都市圏沿いの沿海部とは真逆、空き地や資材倉庫の並ぶ湾岸地区。
艶消しグレー、ロービジ迷彩の多脚戦車型SA『ダンゴムシ』が並び立つ。
ダンゴムシのうち一機、砲塔にカマキリの鎌の意匠を施し、砲身に円環状のキルマークを数多く施したSAが、海面へ赤外線ライトを規則的に照射した。
東京湾の海面に無数の気泡が浮かび――潜水艦が浮かび上がった。
それを潜水艦というには余りに粗末な作りだったが、確かに潜水艦だった。
潜水艦のハッチが開くと、東南アジア人めいた男たちが内部から這い出て、赤外線ライトが投降される暗闇へと両手を挙げた。
少しの沈黙の後、空気音と共にダンゴムシのハッチが次々と開かれる。
傷の男を筆頭に、元自衛官の愚連隊たちが湾岸に降り立ち、徒党を成す。

「マニー、マニー」
「ノー、ドラッグファースト。ショウユアドラッグ、ファースト、ナウ!」
不良外人と愚連隊は、片言英語同士で怒鳴り合い、互いを罵り合った。
「ああもー、面倒クセェ! あんまうざってェと吹っ飛ばしちまうぞ♡」
茶髪の若者が痺れを切らし、精神接続でダンゴムシの同軸機銃を乱射した。
「ノーノーノー! ドンキルミー、プリーズ!」
「アイセイアゲイン! ショウユアドラッグ、ファースト!」
傷の男が怒鳴ると、不良外人たちは諦めた顔で、潜水艦から荷を取り出す。
不良外人が差し出したプラ包装を、傷の男が乱暴に引っ手繰った。
そして彼は、腰のシースから抜いたナイフで、包装を裂いて中身を掬った。
刃先に鼻を近づけ、粉末を吸い込む。最初は確かめるように、少しだけ。
その次はナイフの峰に粉末を集めて白線を描き、ずずっと一気に勢い良く。

「あ゛ッ! ああ゛ッ、あ゛ッ……ハァ、ハァ。効くな……良いネタだ」
傷の男が半ば白目を剥いて天を仰ぐ姿を、手下たちは呆れ顔で見守る。
「あー隊長ずりぃんだー、自分だけ独り占めしてさー」
浅黒い肌の巨漢男が、茶髪の若者の頭を軽く叩いて小声で窘めた。
「馬鹿。売人が、ネタに手ェ出すのはご法度だ。ああなったら終わりだぞ」
「アイギブユアマニー! ユーブリングマイドラッグ! オーケイ?」
「オ、オーケイ、オーケイ」
不良外人たちは顔を見合わせ、手製の潜水艦から品出しを始める。
「よし、金だ! 金ェ持って来い!」
傷の男は双眸に力を漲らせ、残忍さの増した表情で手下たちに怒鳴った。
その時だった。
だだっ広い開発途上区域に地響きが轟き、上空を轟音が通り過ぎたのは。


【7】

「ランデブーポイントに到着、30秒前! 降下用意!」
「用意と言っても、パラシュートが無事動くよう祈るだけなんですがね!」
「デジタルデータに毀損がない限り、動作可能性は100%だ! 喜べや!」
「上空1,000メートルからのフリーフォールも、ぞっとしないですよ全く!」
「10、9、8、7、6、5……グッドラック、スローター・ハウンド!」
戦車めいた複合装甲の殻の中で、紳士姿のS・Cが邪悪な笑みを浮かべた。
暗闇のコックピット内で、方眼紙めいた画面上に降下予測地点が光る。
姑獲鳥の腹部からハウンドの手が離れ……鋼鉄の塊が自由落下を始めた。
「俺は所定位置にて待機する! リーダー格のクソッタレをおびき出せ!」
「全く世話の焼ける友人ですよ、貴方は! 報酬、弾むんでしょうね!」
「ああ、考えとく!」
K・Wが笑い、地上から1,000メートル上空を姑獲鳥で飛び去る。
S・Cは溜め息と共にハウンドの体制を整え、パラシュートを射出!

暗闇の中で、メガフロートのコンクリート舗装が迫る……迫る……迫る!
ハウンドの重厚な2脚が地面と衝突し、土埃を一斉に巻き上げた!
ハウンドはタイヤ駆動で前進しつつ、踵・膝・腰を屈曲させて衝撃吸収!
圧縮空気の騒音、タイヤのスキール音と共に、ハウンドは着地成功!
ハウンドは熱源方向に加速しつつ、背負った主砲を右肩に担ぎ上げる!
それは人型兵器携行用に改造された、対戦車用30mmオートキャノン!
(これのAPFSDS弾って、確か戦車の上面装甲を抜く弾なんだよなァ)
S・Cは心中で不安を漏らしつつ、兵装とFCSのリンクを確かめた!
前方、距離およそ300メートル! 暗視装置上に、数体の多脚戦車型SA!
(ま、正面が駄目なら、回り込んで上から叩くだけ……やるだけやるさ)
先制攻撃! 秒間約3発の速度で、3秒/10発のバースト射撃を反復!
ダンゴムシたちの装甲にフレシット弾が食い込み、火花が散る!

その時、姑獲鳥はエンジン停止! 機体を傾け、翼を広げて急減速!
眼前に聳える建設途中のビル屋上を目指し、猛禽めいて翼を撓ませ降下!
凄まじい空気抵抗で荒れ狂う風を御し、コンクリートにふわりと着地する!
同時に頭部のハッチが開かれ、ミミズクドローンが矢のように飛んだ!
「キシャーッ! ゲチゲチゲチッ!」
鳴き声と共にカメラアイから地上に投光! 監視映像を機体と同期する!
姑獲鳥はグリフォンめいた五体投地姿勢から、上体を持ち上げた!
前足めいた両手が、腹部に固定された76mm 62口径艦載砲を掴み取る!
人型兵器携行用に、単発式に軽量化された、歪な露出砲を右肩に担いだ!
同時に、フクロウめいた顔を垂直に別つ白光が走り、観音開きに開放!
ウィーン、ウィウィーン、ウィーン。
禍々しいモーター音と共に、頭部から3段伸縮型の望遠レンズが突き出す!

野獣の咆哮めいた爆音! ダンゴムシの主砲、120mm滑空砲が砲火を噴く!
巨大なフレシット弾がハウンドを掠め、海面に刺さって水柱を上げる!
「かってぇ! 全ッ然、効いてないじゃあないですかぁッ!」
ジグザグ走行で走り、30mmオートキャノンで撃ち返しつつS・Cが叫ぶ!
ダンゴムシの正面、側面装甲に弾頭が食い込むも、明白に威力不足だ!
ダンゴムシたちは低速ながら、連携の取れた動きでハウンドを追い詰める!
断続的な戦車砲射撃! ハウンドの軽装甲では、一発貰えば即粉砕だ!
ハウンドはダンゴムシの側面に回り込み、なおもバースト射撃を持続!
その時、IFFレーダーに反応! 上空にミミズクドローンが到着したのだ!
「――S・C、聞こえるか! 後退しつつ東に進んで、資材置き場に行け!」
「了解!」
K・Wからノイズ交じりの通信を受け、S・Cはハウンドを転進させる!

姑獲鳥はビル上に後ろ足を据え、護り主の龍めいて四方を見渡した。
肩に担いだ巨砲の中央下、接続端子の蓋を外し、機体からコードを繋ぐ。
[[ DANGER: Unknown Device Connection ]]
[[ DANGER: Unknown Device Connection ]]
[[ DANGER: Unknown Device Connneeeeeeectioooooo … ]]
姑獲鳥の機内、画面上でビープ音と共に、別のソフトが割り込み起動した。
[[ … ACTIVATED: 76/62 Naval Artillery Fire Control Systems ]]
システムの過負荷で高熱が発生し、首の後ろの排気口から、猛烈な排気音!
姑獲鳥は左脇腹に展開した弾倉から、巨大な76mmリムド弾を抜き出す!
砲の後部下、排莢口から弾を押し込むと、空気の重点音と共に砲身が前進!
[[ Status: " LOADED " Ready to Fire … ]] 


【8】

空き地を過ぎ、資材置き場! 鉄パイプや土砂が山の様に積まれている!
「クッソ、うざってぇヤツだなァ! ぶち殺してやんよ!」
茶髪男がダンゴムシを停め、砲塔を回転させてハウンドの未来位置を照準!
トリガーを引こうとした次の瞬間! 画面上のハウンドが突如消失する!
「エッ、ハァッ!? な、何だよ今の……エッ、エッ!?」
茶髪男は低速で資材置き場に踏み込み、レーダーで周囲を索敵する!
突如、ダンゴムシに連続着弾! 砲塔後部のエンジンルームに致命的損傷!
「ギャーッ!? 何だ一体!?」
茶髪男は狂乱して絶叫! カメラを動かすと、斜面の上にこちらを狙うSA!
『――大人しく投降するか、ハッチから30mmを浴びるか、好きにしろ』
「ヒエッ……そんな馬鹿な」
茶髪男は失禁し、戦意喪失! SAが粒子状に崩壊し、影も形も無く消失!

「SA同士の勝負で死ぬかバカ野郎! 精神力が弱過ぎなんだ……よッ!」
刺青男が発砲! 盛り土の斜面でフレシットが着弾、土砂が爆ぜ飛ぶ!
ハウンドは一瞬早く背面に飛び降り、ダンゴムシの側面に迂回!
「オラオラオラァッ! 撃って来いよォ腰抜けがよォッ!」
撃つ! 撃つ! 撃つ! 戦車砲連射! 放置資材を次々と破壊!
「逃げても無駄だぞォッ!」
そして、盛り土の斜面手前で旋回し、背後に回り込もうとしたその時!
オートキャノンの連射音! 盛り土上部を執拗に連射! 斜面が崩れる!
「ウォーッ!?」
ダンゴムシが夥しい土砂を浴びて止まった! 半分埋もれかけている!
「クソッ、クソッ、動けオラ動け……ア゛ーッ!?」
頭隠して尻隠さず! ダンゴムシの剥き出した背面に30mm弾集中射撃!
頭上数十センチに貫通弾! 刺青男は狂乱し、泡を噴いて失神! SA消失!

「チッ、やるじゃねぇか。敵じゃなかったら、口説いてやるんだがなァ!」
クルーカット男が閃光弾のボタンに手を伸ばす!
「閃光弾射出! 総員、暗視装置を切れ! 目ん玉焼かれるぞ!」
無線機に怒鳴るや否や、クルーカット男のダンゴムシが閃光弾を発砲!
暗闇の夜空で、打ち上げ花火めいた弾頭が閃光を撒き散らす!
「クゥ~ッ。暗視装置でイキッってるヤツにゃ、こいつが一等よく効くぜ」
数秒の後、再び暗視装置を起動……が、ハウンドの姿が見当たらない!
「アンッ!? ンにゃろう、どこへ消えやがった!?」
「馬鹿、後ろだ!」
「ハァッ!?」
砲塔を回すダンゴムシの機上に、強烈な衝撃! ハウンドの脚部だ!
「エッ!? ちょ、マジ、0距離はヤメッ」
キューポラ直上からフレシット弾連射! 貫通! 衝撃! SA消失!

直後、120mm滑空砲の3連射! ハウンドが急加速して離脱する!
「んのおおおお゛ああああ゛――ッ!? あががががッ!」
傷の男はコカインのもたらす異常興奮で、ダンゴムシの主砲を乱射!
楔形陣形を組んだ戦車隊周囲を、ハウンドが円形軌道で周回して攪乱!
「死ねええええ゛――あばばばばッ!?」
「アッ隊長、ヤメッ!?」
同士討ちだ! 至近距離の戦車砲射撃で、多脚戦車の巨体が宙に浮く!
側面装甲が向こう側まで突き抜け、SA消失! 巨漢の男は白目を剥き失禁!

「ヒィッ!? ヒヒヒヒヒエーッ!? 俺はもう付き合いきれん!」
隊長機の右隣、ベテランめいた痩せ男のダンゴムシが、急速に戦線離脱!
「逃げるが勝ちッ! では諸君、サラバダーッ! うーらむーなようッ!」
「ホアアア゛――ッ!? オオオオオ゛――ッ!?」
傷の男もまたダンゴムシを急加速! もはや敵味方区別無しの発狂状態!
「ついてくんなぁあ゛ーッ、ボケェーッ!」
隊長機が砲塔照準! 痩せ男の乗機が急旋回するが、回避が間に合わない!
戦車砲射撃! 後部装甲に衝撃! そして貫通! SA消失!
「か、かかッ、か……こんな筈じゃあ! 無念ッ……ガクリ」
痩せ男もまた口から舌を食み出させ、涎を垂らして失神!

「所詮は組織から零れ落ちるロクデナシか……同士討ちに感謝ですよ!」
ハウンドはジグザグ軌道で港湾地区を駆け抜け、砲撃を躱し続ける!
「天の声に感謝ですよ、K・W! そろそろ指定ポイントに到着します!」
「ああ、もう見えてるぜ」
「貴方も、見晴らしの良い所に陣取ってるなら援護してもいいでしょう!」
「悪いな……俺の獲物は、そのクソ野郎だけだと最初から決めてるんだ」
「全く、貴方って人は! 友人とはいえ、本ッ当に身勝手な人だなッ!」
S・Cが毒づき、ダンゴムシの多脚キャタピラ目がけて30mmを連射!
「本当にかってぇヤツだな! 装甲データ、参考にしたいもんですねッ!」
ダンゴムシが発砲! ハウンドの頭部ポッドを掠め、背面の舗装が炸裂!
ハウンドは戦車側面に回り込みつつ、なおも執拗にキャタピラを砲撃!
遂にキャタピラが爆ぜ、車輪が剥き出して擱座! ダンゴムシが停まった!

「ハァッ、ハァッ……これじゃあまるで、貴族様のキツネ狩りだ!」
毒づくS・Cを載せ、後退するハウンド目がけ、ダンゴムシの砲塔が蠢く!
「殺す、殺す、殺す……殺す殺す殺す殺す死ねぇオアアアア゛――ッ!」
ハウンドの顔のカメラユニットが蠢き、急速なタイヤスキールと共に後退!
[[ … Status: " FIRE " ]]
直後、上空で炸裂音! 間近で三尺玉が弾けたような、空震が響き渡る!
建築途中のビル上で巨大な火球が爆ぜ、一筋の光の帯が急速に迫る!
それは、対船舶用76mm HE弾頭! 狙い済ました猛禽の、致命的一撃!
ダンゴムシの砲塔と駆動部の境に着弾し、爆発! 戦車が上下に吹き飛ぶ!

傷の男は宙に投げ出され、習性めいた受け身で土に叩きつけられ、転がる!
「かッ……かかかッ、オゴッ……オゴ――ッ!」
傷の男は地を這い、激しく嘔吐! 分断された戦車SAが消失!
しかし男は、驚嘆すべき精神力で地を掴んで立ち上がり、空を睨んだ!
上空で旋回して飛び回り、二筋の光束を落とすミミズクドローン。
後方、暗闇のビル上で微かに瞬いた、望遠レンズの照り返し。
「て、て、て……手前は、一体ッ、何モンだァ――ッ!」
暗い夜空に叫んだ彼が、最後に見たもの。
それは、巨大な砲口炎。

コンクリート打ちっ放しの殺風景な屋上に、一陣の風が吹き抜けた。
K・Wは望遠レンズ越しの画面上に、SAを失って喚き散らす傷の男を見る。
固唾を呑んで姿勢を正すK・Wの胸元で、1眼レフが揺れて音を立てた。
姑獲鳥は再装填済みの76mm砲を肩に担ぎ、傷の男へ慎重に狙いを定める。
[[ 76/62 Naval Artillery Fire Control Systems ]]
「ようく目に焼き付けな……手前の生涯の、最後にして最高の1枚をよ」
[[ Status: " LOADED" Ready to Fire … ]] 
スゥーッ、ハァーッ、スゥーッ、ハァァァー……クリック!
[[ Status: " FIRE " ]]
稲妻めいた爆音! 姑獲鳥の右肩上、砲身前部が強烈な反動で後座!
巨大な火球! 砲口から飛び出る、硫黄谷の噴煙めいた、爆発的発射ガス!
6キロのHE弾を秒速900メートルに加速! 流星めいた軌跡を闇夜に描く!
傷の男に、直撃! 貫通! 炸裂! 過たず、跡形も無く吹き飛ばした!

ミミズクドローンが上空を旋回。爆心地にできたクレーターを映し出す。
居合わせた不良外人たちは、金と麻薬を集めて潜水艦で逃亡した後だった。
姑獲鳥の足元、60センチほどの空薬莢が転げ、ビル屋上から地上へと落下。
「仇は取ったぜ、相棒」
K・Wは苦み走った顔で吐き捨て、76mm艦載砲の接続を外し、腹部に固定。
ミミズクドローンが頭部ハッチより飛び来たり、彼の左肩に着地した。
「ホ・ホ・ホ……ホッホゥ、ホッホゥ……ホ・ホ・ホ」
K・Wは姑獲鳥を手繰り、地上で待機するS・C……ハウンドの元に降下する。
S・Cは、K・Wに機関銃めいた文句を言いながら、再びハウンドで姑獲鳥の腹部を掴み、凧揚げ加速で上昇してメガフロートの闇に消えた。
残されたのは、蹂躙され尽くした区画と……失神した愚連隊たちだけ。
哀れな小動物めいて震える茶髪男の手に、ホロ写真が握りしめられていた。


【9】

翌日、朝。眠りから目覚め始めたメガフロート都市に、2人の青年が佇む。
股旅姿のK・W、執事姿のS・C。彼らは港の岸壁に、昇り来る朝日を見た。
K・Wはリヤカー牽き原付バイクの横に、三脚を立てて1眼レフを据える。
打ち寄せる波、海の向こうには大都会、その向こうから顔を出す太陽。
スゥーッ、ハァーッ、スゥーッ、ハァァァーッ……カシャリ。
K・Wは1眼レフの画面を暫く眺めて頷くと、三脚をリヤカーに仕舞った。

「ホ・ホ・ホ……ホッホゥ、ホッホゥ……ホ・ホ・ホ」
K・Wの左肩のミミズクドローンが、心なし微睡むような鳴き声を上げる。
「行くのかい、K・W?」
「ああ。何もかも、すっかり片付いちまったからな」
K・Wはリヤカーの荷台に座って空を見上げ、煙管の紫煙を棚引かせた。
「……だが、旅は止めねえさ。俺と、この相棒の1眼レフの旅はまだ続く」
K・Wが手にしたカメラを、S・Cは両切りタバコの紫煙の向こうに見る。
「それに、お前さんへの『報酬』もキッチリ稼がなにゃあならんしな!」
S・Cは溜め息まじりに頭を振り、タバコの燃えさしを携帯灰皿に片付けた。
K・Wは煙草盆に灰を落とし、煙管を片付けるとヘルメットを被った。
「それじゃ、またどこかで」
彼は大儀そうにバイクへ跨り、エンジンを駆け……そして走り去っていく。


【ジャスト・ワン・ショット:パルプスリンガーズ外伝 おわり】

From: slaughtercult
Special Thanks: Kawaranomono
THANK YOU FOR YOUR READING!
SEE YOU NEXT TIME!


【あとがき】

どうも。自称note界の銃器クラスタ、slaughtercultです。
15,000字越えの長丁場、お疲れ様でした! お読みいただき感謝です!
というわけで、一話完結二次創作『ジャスト・ワン・ショット』でした。
本編パルプスリンガーズとはまた違う、リアルロボットによるミリタリー色強めでスケール小さめ、近未来サイバーパンク時代劇をお送りしました!

さて、今回の主役兼ゲストキャラ、K・W様の御紹介です!
K・Wとは何の略? 誰かな? 誰なのかな? 何をしている人なのかな?
ジャカジャカジャカジャカジャカ……(ドラムロール)

ジャカジャンッ! 正解は、ニコニコ動画の旅行動画・投稿主さんでした!
実を言うと、私ことslaughtercultのリア友でもあります。
例えリア友といえども、贔屓せず酷い目に遭わせる私は創作者の鑑(オイ

実を言うと、私がK・W様を企画に引き込み、設定を提示いただきました。
「カメラが主役」「機体はスナイパー」「軍人で復讐譚」などの中核設定を元に、私が翻案して話を肉付けし、パルプスリンガーズに調理しました。
K・W様には事前に本編全てをご覧いただき、了承は取り憑けてあります。
いやなんだ『取り憑けて』って。まるでこの動画を暗示するような……。

(露骨なDM)(宣伝料の授受はない)(バーター関係になく実際安心)
K・W様は、歴史資料の探索とフィールドワークを両輪で行い、動画配信をしております。カメラが相棒なので、作中でもカメラマンなわけですね。
股旅キャラは一話完結なのが勿体ないくらい、完成度が高められて満足!
メカ物の素養に乏しい中、頑張って2種類のSAも考え出しました!
やっぱ……攻殻機動隊のメカと名前を……最高やな!(私の数少ない着想元)

というわけで、パルプスリンガーズ二次創作、今度こそ終幕です!
原作者:R・Vこと遊行剣禅様と、パルプスリンガーズの皆様にリスペクト!
何かを物語るそこの君! 君もまた……一人のパルプスリンガーズだぜ!
世界の片隅で物語られる話に、限りないラブ&リスペクトを!
See You On The Other Side!


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