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カミ様少女を殺陣祀れ!/3話

【目次】【1話】 / 前回⇒【2話】

歴史じゃ腹は膨れない。さりとて、人は歴史を抜きに自己を規定し得ない。
土地と民族は、脈々と受け継がれる時代の記憶を背負い、今を生き続ける。
そんなわけで少しばかり、僕たちとカミにまつわる歴史を顧みるとしよう。

N県・塩尽市。山間の田舎町。近所の峠は分水嶺、日本の背骨の一部分。
北東から南西に三日月めいて広がる低地は、山越えの宿場町として栄えた。
南西の街道沿いの旧宿場町『南那井宿』の外れ、神の山『隠ヶ平』の麓。
隠ヶ平(オヌガヒラ)の麓に、隠多喜(カクレダキ)神社あり。
僕こと『神事 臨』が、遥かご先祖様たちの時代から受け継いできた土地だ。口伝に遺る逸話は真偽の疑わしい眉唾物だが、歴史とはそういうものだ。
僕の祖父こと『神事 丑寅』は、紙芝居でも読み聞かすように昔話を語った。
曰く遠祖は『土蜘蛛』と呼ばれ、朝廷に服せぬ『まつろわぬ民』だったと。

――――――――――

遥か昔。隠ヶ平の山一帯には、『タキ氏』と呼ばれる山の民が住んでいた。
彼らは稲作をせず、山中で狩猟採集に勤しみ、洞窟で暮らす野蛮人だった。
山麓には村里が開かれ、田畑が広がり、文明人・農民たちが暮らしていた。
タキ氏は山に入る農民を侵入者として殺したから、両民族は敵対していた。
農民はタキ氏討伐の軍勢を幾度となく送ったが、その度返り討ちに遭った。
タキ氏の名が諱(いみな)となったことからも、農民たちの畏れが窺える。
『隠(オヌ)』。彼ら精強なる山の民は、次第にそう呼ばれるようになる。

山の民・タキ氏は伝説上の存在で、その来歴を知る者はもはや存在しない。
口伝に曰く、彼の一族は『神の山』に住まう『古の神』を奉る存在だった。
外の世界で起こる、大和国家や律令制度の成立も、彼らは無関心であった。
商売や交渉、挑発や戦争に来る、あらゆる外界の人間を彼らは打ち払った。
タキ氏は問答無用で余所者を殺したが、脆弱な農民に復讐は敵わなかった。
しかし藤原氏が全盛の時代となり、潮目が変わった。彼らの兵は強かった。

塩尽市の北西部にかつて、『千馬荘』なる牧場を源流とした荘園があった。
ある時、藤原某が千馬荘を訪れた。献上品の牛馬を受け取りに来たのだ。
そこで彼は、農民たちから『隠ヶ平』の山に住む『土蜘蛛』の噂を聞いた。
彼らは山に入る同胞を殺し、時には里に下りて畑を荒らし、同胞を殺すと。
藤原某は都に牛馬を持ち帰ると、大勢の兵隊を伴い戻り、隠ヶ平を攻めた。
さしもの精強なる山の民も、藤原の軍勢の前に命運尽きて討ち滅ぼされる。

――――――――――

ここまで聞くと端的に、藤原ヨイショのありがちな昔話、そう思うだろう。
語っている僕も欠伸が出る。そして悪いことに話はこれで終わりではない。

野蛮人は滅んだ。朝廷の兵が滅ぼした。僅かな生き残りは農民と同化した。
かくして神の山は開かれ、天照の子孫らの手に渡り、里には平和が訪れた。
そうは問屋が卸さない。隠ヶ平の山の神は、荒ぶる古代のカミだったのだ。
祀り手を殺され、神域を荒らされ、古のカミは大いに怒り、大いに祟った。
朝廷が権威を失った乱世。里村を疫病、飢餓、戦乱、盗賊が次々に襲った。
猛威を奮う災禍に民衆は疲弊し、殺された『隠』の呪いだと口々に嘆いた。
余りの祟りの酷さに領主も困り果て、武家や朝廷とも相談して策を練った。

神殺しの勅命を受け、兵隊が諏訪大明神の幟旗を掲げ、隠ヶ平に進軍した。
荒ぶる古のカミは、幾度も侵攻を試みる軍勢を、恐るべき力で悉く退けた。
神殺しの兵は全滅を繰り返したが、ある時、一人の足軽だけが生き残った。彼は口減らしに出された貧農の末子で、遠い祖先は『隠』に連なっていた。 
「うぬはタキの血を引く者でありながら、敵の軍勢に与して余に弓引くか」
険しい隠ヶ平の山中、死屍累々の戦場で問うカミに、足軽は死を覚悟する。
「彼の者らの長に伝えよ。うぬらが送る夥しい軍勢は悉く余が打ち砕くと。この次もタキの末裔が余に弓引くならば、余はそれすらも滅ぼし尽くすと」
カミは足軽に神託を告げて姿を消し、足軽は生きて都に帰り託宣を伝えた。

熾烈なる古のカミの傲慢なる言伝に、朝廷は打つ手が無く困り果てていた。
その惨状を見かねた諏訪大明神が、事態の仲裁を申し出て隠ヶ平に行った。
諏訪大明神は話し合いを望んだが、怒り狂った古のカミは神と戦を構えた。
二柱の戦いで幾つかの山が壊れ、幾つもの村が滅び、決着はつかなかった。
諏訪大明神はとうとう、古のカミを力で滅ぼすことを諦め、策を思いつく。
和解の捧げ物に、夥しい酒。カミは初めて口にする酒をいたく気に入った。
諏訪大明神との宴席で、カミは大層気を良くし、浴びるように酒を呑んだ。
やがて古のカミは酔い潰れ、眠り始める。これが諏訪大明神の狙いだった。
この隙に諏訪大明神は、カミを洞窟に押し込め、入口を岩で塞いで封じた。
かくして神の機転により古のカミは封じられ、里村に平穏が訪れたという。

古のカミは封じられたが、戦で荒廃した村の民は、カミの祟りを畏れた。
彼らは古のカミを祀るべきと結論付け、祀り手に相応しい存在を探した。
白羽の矢が立ったのは、古の『タキ氏』の末裔、『隠』の血を引く足軽だ。
それはその時代でさえ、一族の間の口伝にのみ遺る、微かな血筋であった。
現代の僕からしてみれば、本当に血が繋がっているかも疑わしい話だ。
何にせよ、諏訪大明神より他にただ一人、古のカミと相見え生還した男。
彼の者は再び隠ヶ平に呼び寄せられ、一族でカミを祀ることを命じられた。
一族はカミの封ぜられし岩窟の前に座し、来る日も来る日もカミを慰めた。
とうとう禍は村から去り、朝廷は一族に終世カミを祀るよう命じたという。

朝廷は古のカミを祀る神社を建て、一族に感謝の念を込めて苗字を与えた。
そう、それがお察しの通り『神事(ジンジ)』というわけである。
神社はかつてこの地を収めた山の民の名から『タキ』と名付けられた。
忌まわしくも畏れられた野蛮人、オヌなるタキの神社だから『隠多喜』。
初めオヌタキと呼ばれた神社は、時代が下り読みが転じて『カクレダキ』。
こうして、現代に暮らす僕らの『隠多喜神社』に繋がるというわけだ。

――――――――――

昔話の〆に、蛇足ではあるが幾つかの些末な話を補足しておくとしよう。
隠ヶ平の山麓にある『隠多喜神社』は前宮で、これは後年に建てられた物。
では本宮はどこにあるのか? それはご想像通り、隠ヶ平の山中の洞窟だ。
そう。歴史的な経緯はともかく、洞窟の神社までは事実として存在する。
洞窟こそが本宮であり、磐座(いわくら)とも称するそれ自体がご神体だ。
険しい崖路に鳥居が立ち、洞窟の入口は注連縄と祭壇とで祀られている。
因みに洞窟の入口より奥は『禁足地』であり、中の様子を知る者は居ない。
伝説のカミを封じ込めた岩が、真実に存在する物か否かは誰も知らない。
尤もこの言い方も適切ではない。『これまでは』と注釈するべきだからだ。
そう、これまでは。神事家の者ですら、足を踏み入れたことは無かった。

埃の被った歴史など僕にはどうでもいい。噴飯物の逸話などクソ食らえだ。
まあ、それはそれとして。信じようが、信じまいが……僕はカミを見た。
言い訳させてもらえば、見ざるを得なかった。事態がそうさせたのだから。
初め僕は自分の不運を呪い、次に名も知らぬ先祖への同情と共感を覚えた。

現代を生きる数多もの正気を保った人々の、一体誰が予想だにしただろう?
祀り手自身ですら本気で信じていない与太話を真に受ける馬鹿がいたこと。
もっと悪いことにその馬鹿は封印の岩を爆薬で吹っ飛ばそうと考えたこと。
更にもっと悪いことに、封印の岩の向こう側に本当に古のカミがいたこと。
その上もっと悪いことに、それを見る役目がよりにもよって僕だったこと。


【カミ様少女を殺陣祀れ!/3話 おわり】
【次回に続く】

From: slaughtercult
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