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カミ様少女を殺陣祀れ!/4話

【目次】【1話】 / 前回⇒【3話】

事の発端は3日前。いつもはバイトの金曜日の夜が、その日に限って休み。
同僚・矢彦沢さん(39)のたっての願いで、僕は彼と休みを入れ替えた。
彼はその手の常習犯で、引き受ける相手は僕だけなのでいつものことだ。
それで僕は花金の放課後に街に繰り出すでもなく、さっさと家に帰った。

通学する高校は塩尽市の中心部だが、地理的には市の北東部に存在する。
JR塩尽駅から5駅先の南那井駅まで、鉄道で20分。そこから自転車で30分。
川沿いの情緒豊かな宿場町は、MTBを漕ぎ出せば瞬きする間に過ぎ行く。
南那井は文明の終着点か。野蛮人の僕は今日もまた、街から山に還るのだ。
環状線も無い、UBERも無い、Wi-FiもLTEも届かない隠ヶ平の山裾へと。

――――――――――

四畳半。窓はたてつけが悪く、嵐のような強風でガタガタと音を立てた。
ACアダプタが甲高く鳴き、バッテリーの死んだ国産ノートPCに電気を送る。
PCは年代物のXPで、粗大ごみ無料回収所から無断拝借したから原価0円。
18禁美少女ADVゲームの紙芝居がカクついたって、誰にも文句は言えない。
『晴嵐学園血風録』。2000年代発売の初回限定BOXが、お値打ち3,900円。
エロは詐欺レベルで乏しく、中二病バトルが充実した素晴らしい作品だ。
ヒロインの一人『一之宮きざし』は一番の好みで、エロ同人漫画も買った。
残念だが続編は無い。制作スタジオが一作目を発売後に解散したからだ。

背にした窓ガラスの向こうで閃光が走り――耳を劈く轟音が響き渡った。
僕は慌てず騒がず、バルク売りのクズ茶を急須から湯飲みに注いで呷る。
ドット欠けした液晶の中で、優雅に紅茶を嗜む彼女の姿に溜め息をついた。
彼女とは勿論『一之宮きざし』だ。今は主人公を椅子にして座っているが。
ヤクザの事務所めいた生徒会室の扉が、慌ただしく開かれ人影が飛び込む。
【英子: 大変であります、一之宮先輩ッ! それに人間椅子先輩!】
セーラー服に軍刀を佩いた、三つ編み眼鏡の後輩キャラ『東條英子』だ。
「大変じゃーッ、ノゾムぅッ!」
「オッフゥッ!? ちょちょちょ爺ちゃん! ノックぐらいしてよもう!」
ゲーム画像とシンクロして、現実世界の四畳半の襖も跳ね開けられていた。

「ノゾムッ! さっきの音、お前にも聞こえたじゃろ!」
「いや、聞こえたけど……ピカッて光ってたじゃん。どうせ雷でしょ?」
僕は湯飲みにクズ茶を注ぎながら、股引姿の爺ちゃんの右手に目を留めた。
その姿はまたしても、ゲーム画像の英子の姿と奇妙な一致を遂げていた。
一振りの『刀身』。剥き出しの茎(なかご)を、右手が柄めいて握る。
それは隠多喜神社に奉納された、南北朝時代作と伝わる無銘の御神刀だ。
2尺4寸、二つ目釘の太刀が、蛍光灯の灯りで鉄御納戸の濡れた輝きを放つ。
「これを見るんじゃッ! 呑気にシコシコやっとる場合ではないぞッ!」
「言葉を選んでよ爺ちゃ……んンッ!?」
……いや待て、何かがおかしい。あの刀って、あんなに短かったかな……?

「さっきの唐突な稲光。気になって神社を見に行ったら、このザマじゃ」
「お、お、お……折れてるぅううう!? ご、御神刀がぁあああ!?」
太刀は刀身半ばで折れて、脇差か小太刀めいた長さに縮まっていた。
「おう。ボッキリと、真っ二つじゃ! これは何か、悪い兆候じゃぞ!」
爺ちゃん、口では深刻ぶってるけど、何でそんなに楽しそうなのさ。
「本宮が心配じゃ! ノゾム、ワシは今からちょっと様子を見てくる!」
ほ、本宮って……あの崖の上の御社様!? 正気か!?
「い、今から!? もう夜だって、危ないよ! 明日にしようよ!」
「いいや今すぐ行く! このままじゃワシは気になって、夜も眠れん!」

――――――――――

爺ちゃんは鼻息荒く、折れた太刀を右手に握り、肩を怒らせて歩む。
「ちょ、ちょっと待ってったら! 本気なの!?」
居間を横切り、床の間に行く爺ちゃんの背中を、僕は慌てて追った。
「ええい、止めるなノゾム! これも一族の定めよ! わしは本気じゃ!」
爺ちゃんは祖霊舎(仏教でいう仏壇だ)に太刀を捧げ、柏手を打った。
「ヒヒヒ……遂に、秘密兵器を使う時が来たようじゃな……」
爺ちゃんは意味深な言葉を呟いて、おもむろに祖霊舎の引き出しを開いた。
引き出しごとガポッと外し、棚の奥深くに腕を突っ込んで手探る。
取り出したのは、紐で〆られた油紙の包み。え……な、何が出てくるの?
紐を解いて現れたのは……十四年式拳銃! 紙箱入りの十四年式実包も!

「ギャーッ!? け、拳銃、拳銃だッ! どこに隠してたんだよ!?」
「本・物・じゃ♡」
「ド素人の僕だってそれぐらい見りゃ分かるよ! じゅ、銃刀法違反!」
爺ちゃん鼻歌なんか歌いながら、拳銃をパズルみたいに分解してるし!
刀の手入れに使う、丁子油の瓶が開かれ、甘い香りが立ち込める。
爺ちゃんは部品の油をタオルで拭うと、丁子油を稼働部に薄く引いた。
それから慣れた手で拳銃を組み立て、マガジンに実包を装填して頷く。
「ヒヒヒ、これで良し。じゃあ、ちょっくら行ってくるとするかのう」
「ストーップ! ちょっと待てーッ! それ持ってどうするつもりだ!」
「ノゾムよ。ま、心配するな。怪しい奴には、ズドン。これで万事OKよ」
爺ちゃんはマガジンを銃に叩き込むと、片目を窄めて笑い、拳銃を掲げた。

――――――――――

闇に包まれた鎮守の森は、木々が強風でざわめいて神経を逆撫でする。
右肩に下げた、単一電池の強力なサーチライトで行く手の山道を照らす。
ご老体の出陣を思い止まらせた、そこまでは良かったのだけれど。
つい口が滑って、だったら僕が行くだなんて言っちゃったのが運の尽き。
僕は左肩に食い込むカバンの重みに顔を顰め、恐る恐るカバンを撫ぜた。
「普通にヤバいよな……弾入ってるし……警察に見つかったら大事だ……」
爺ちゃんがどうしても持って行けと言い張ったから、渋々持ってきたけど。
メッセンジャーバッグの中には……実包の装填された、十四年式拳銃!
「本宮の崖下って、沢だったよな……これ、捨ててこようかな……」
僕は誰に聞かせるでもなく、一つ咳払いをすると、頭を振って歩き出した。

本宮に至る参道は暗く、坂道は礫がちで、僕は足を滑らせないよう努めた。
夜の山は恐ろしい。有象無象の音が溢れ、生き物たちの気配に満ちている。
薄気味悪い感覚。木立の狭間から、誰かに見られているような気がする。
山犬が出て来たらどうする? 猪、鹿は? 熊だっているかも知れない。
拳銃があっても、どうにかできるのは猿ぐらいだろう。もしくは人間とか。
「大丈夫、大丈夫さ。爺ちゃんの思い過ごしだ。ちょっと見て帰るだけ」
自分に言い聞かせて一歩踏み出すごとに、言い知れぬ寒気が強まっていく。
僕は木々の切れ間をLED光で撫ぜた。崖上に続く道……見えた、本宮だ。
その時――ごう、と一陣の強風が吹きつけ、僕は思わず足を止めた。
来てはいけない。この先は人の来るべき場所ではない、と言わんばかりに。

僕はたっぷり1分ほど躊躇うと、バッグの上から拳銃を掴んで意を決した。
来るなら、来い。野獣だろうが、神様だろうが、鉛弾をお見舞いしてやる。
僕は獣道を抜けると、崖に沿って這い上がる、命綱なしの細道を登った。
慎重に行こう。石段は苔むし、落ち葉や枯れ枝が積もって足元が覚束ない。
僕は一段一段に神経を尖らせ、やっとの思いで石段を上がり切る。
膝に手を突いて息を切らし、顔を上げて本宮に向き合い……眉根を寄せた。
何か雰囲気が普通じゃない。荒らされたように見えるのは、気のせいか?
懐中電灯で周囲を照らして回りながら、岩窟の拝殿へと慎重に歩み寄る。
その時だった。拝殿の向こう側、岩窟の中から物音が聞こえたのは。
僕は震える手でバッグを開くと、拳銃を取り出して尾部のボルトを引いた。
甲高い金属音が辺りに響き渡り、柏手を打ったように心が研ぎ澄まされる。
僕はライトを左手に持ち替え、右手に拳銃を握り、禁足地へと踏み出した。

――――――――――

爆発が起こったのは、唐突だった。轟音が、洞窟の中から外に吹き抜けた。
地響きめいた衝撃が、岩肌や本殿、僕の身体……あらゆる物を震わせた。
僕は勢いつんのめり、カバンもライトも拳銃も放り出し、前のめりに転ぶ。
「げぶッ!?」
破裂音と共に、頭上を何かが飛び去ったのは、ほぼ同時だった。
自分が撃たれたのだと察するのに、僕は少しばかり時間を要した。
誰かが言葉を交わす声が聞こえ、暗がりの中に浮かぶ影が近づいてくる。
僕はうつ伏せに倒れたまま、周りに投げ散らかした物を慌てて手探る。
ライト……カバン……平たいこれは、一之宮きざしの同人エロ漫画!?
カバンの中に入れっぱにしてた! だが今はそんなことはどうでもいい!
僕は辺りに転がる石ころで手を擦り剝きながら、拳銃を拾い上げた。

禁足地の神域で殺生なんて……いや、居もしない神なんかどうでもいい!
それより大事なのは、今ここにいる、この時代を生きている自分の命だ!
暗闇の中に鈍く光る物を構え、僕に歩み寄る人影に、銃口を向けた!
先手必勝! 拳銃を両手で握りしめ、寝そべったまま死に物狂いで乱射!
轟音が鼓膜に突き刺さり、極度に興奮して、一息で8発ブチ込んだ!
拳銃を握りしめる両手が跳ね上がり、ボルトが開いて弾切れを知らせた。
それと同時に、前方で人影がよろめき、どさりと崩れ落ちる。
瞬間的な興奮が一気に消え失せ、不安と恐怖が僕の脳裏を埋め尽くした。
僕は這いつくばったまま拳銃を握りしめ、人を殺した事実に震えた。
暫くして、岩窟の奥底から何人かの絶叫が響き、間もなく銃声が轟く。
何だ、何だ。ここは辺境の神社だぞ。洞窟の中で一体何が起こってる!?
銃声は数発響いて止み、静寂が戻った。何事も無かったかのように。


【カミ様少女を殺陣祀れ!/4話 おわり】
【次回に続く】

From: slaughtercult
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