見出し画像

黎明の01フロンティア №00-01

乙女は永遠に眠り続ける。
黄昏の羊水に包まれた躯は、水面の睡蓮めいてたゆたう。
その固く閉ざした眼は見開かれぬ。
頭蓋を貫く無数の針、糸の連なる先には大いなる夢の箱。
乙女の見る夢を誰ぞ知る。
乙女よ……。
永遠に産まれる時を知らぬ乙女よ。

Neuralogic Morphe'e [Version β0.9.1503]
Copyright (c) 20xx Neuralogic Corporation. All rights reserved.

C:\morphe'e\system>pomme_prisonniere

checking system, please wait ...
100 percent complete. 

start the pomme_prisonniere ...

[-Hello, world.]
[-I'm assistant, navigator, snow white, or the other]

[-I'm POMME PRISONNIERE]

\黎明の01フロンティア
\ORDER №00 CHAPTER 01
\序章

人工知能AI)も、夢を見るのだろうか。
少年・鍛冶屋 黎明には、そんな事を考える時がある。

彼女」はしばしば暇を持て余しては、謎めいた詩(うた)を聞かせる。
[SING: 私の 魂は 身体を 離れ …… 遠い 彼方に 旅立った ……]
左耳に付けたヘッドセットの、イヤフォンを通して。
[SING: 私は 透明な 魂は …… 渡り鳥の 羽が 孕んだ 風の ように……]
平坦で中性的な合成音声は、この時不自然なまでの色気を帯びていた。
[SING: あなたの 隣を 通り過ぎ …… あなたには 何も 見えない ……]
彼女の詩を邪魔してはいけない。
[SING: あなたは 立ち止まり …… 木の葉の 舞を 見つめて……]
黎明は無言で歩きながら、口ずさまれる詩に耳を傾けた。
[SING: 過ぎた 時の 流れに …… じっと 想いを 馳せる だけ ……]
スマートグラスの傍らに、無機質な電光文字が流れていく。
……そして、沈黙。
詩を詠み終えた彼女は、再び待機状態に戻った。
黎明は溜め息をこぼし、自動販売機の前で立ち止まる。
一体どういう学習を行えば、こんなナビゲータが出来上がるのか。

先進型個人携帯情報端末・HIDは、情報化のブレイクスルーを齎した。
ビッグデータを利用した、高度なAIナビゲータが流行の最先端だ。
黎明の所有するHIDは、一点物の特別仕様。
実装された、試作型AIPomme Prisonnière」の言語機能は、完璧だ。
……あたかも、人間の魂を持っているかのように。
黎明はペプシコーラのボタンに指を伸ばした。
[ALERT: 脅威を検知 不正侵入の可能性あり]
背後に感じる、数人の気配。
黎明は舌打ちと共に、自販機のボタンを押下した。
[CLEAR: デリンジャーをブロック 隔離実行]
スマートグラスに浮かぶ文字は、不正プログラムの名前を表示していた。
悪ガキの間で流行しているマルウェアだ。

BEEP!

電子決済の音と共に、ペプシ缶が自販機の取出口に落下した。
「やめとけよ。痛い目見るぞ」
黎明は背中を向けたまま、先んじて言い放った。
「ああ゛?」
背後から、少年の声が威嚇するように放たれた。
「プランセス、迎撃用意」
[READY: 了解 防壁確認 侵入経路想定 …… 電子戦レディ]
黎明はペプシ缶を手にすると、鷹揚に踵を返し、振り向いた。
「何言ってんだお前」
黎明の眼前には、胡乱な目つきの少年が5人。
その姿から、巷で流行りの少年ギャングに間違いない。

黎明は慌てず騒がず、ペプシ缶のプルタブを引き開けた。
「いいなーそれ」
「一人で飲んで美味しいの?」
「俺たちにも奢ってくれるよな!」
少年たちはにやけ笑いで包囲し、有無を言わさぬ口調で迫った。
「黙ってんじゃねえよ」
「おい、ビビってんのか」
「何とか言えよ!」
少年の一人が一歩踏み出す。
「失せろ」
伸ばされた腕を払い除け、黎明は少年たちに明言した。

「は?」
「何こいつ」
「うぜえ」
「礼儀がなってねえな」
「おいどうするよ?」
黎明はスマートグラスの待機表示を一瞥し、コーラを一口飲んだ。
「おいコラクソガキが!」
「調子乗ってんじゃねーぞ!」
「手前ただじゃすまさねえぞ!」
「有り金全部巻き上げンぞコラ!」
「覚悟しとけ!」
少年たちが一斉に、懐から携帯端末を抜き放った。
「やれやれ。どうなっても知らないぜ」
[INTERCEPTION: 複数の脅威を確認 発信源を逆探知 攻撃しますか?]
「……承認」
[ASSAULT: 脅威の対象に侵入、破壊実行]

BUZZZZZZZZZ!

路上に鳴り響くアラート音!
少年ギャングたちの端末が一斉に警告表示、そしてブラックアウト!
基幹プログラムを破壊され、完全に再起不能だ!
「ハァ!?」
「エッ何これ」
「意味わかんねえ」
「どうなってんだよ!」
「オイ手前なにしやがった!」
少年たちは何が起こったか分からない!
壊れた端末を、充血した眼差しで操作し続ける!
[NEUTRALIZE: 破壊成功 脅威の数:5 オールクリア]
「クール! グッジョブ、プランセス」
[CERTAINLY: お役に立てて 嬉しいです! 脅威の監視を 続行]
「だから止めとけって言ったんだ……」
黎明は呟き、コーラを片手に歩き出した。

「オイざっけんな手前!」
「待てやコラ!」
「殺すぞクソガキ!」
「逃げんな!」
体格の大きい少年が、背を向ける黎明の肩を片手で掴んだ!
「待てっつってんだろボケがぁッ!?」
黎明は無言で肘鉄!
少年の顎に、ゼロ距離でクリーンヒット!
少年はたたらを踏んで後退すると、糸が切れたように路上に転がった。
「……何か言ったか?」
黎明は拳を握り、ゆっくりと背後を振り返る。
4人のギャング少年たちが、血走った眼で黎明を睨んでいた。
「やるか? かかって来いよ!」
黎明は腰を沈め、両手の拳を構えた。

[ALERT: 要警戒 探査ウィルス確認 警察接近の可能性]
「クソッ! 違法プログラムの痕跡を嗅ぎつけやがったな!」
[CAUTION: 迅速な離脱を推奨]
「承認! 早いとこ逃げるぜ!」
[NAVIGATE: 了解 移動ルート 検索中 ……]
黎明は状況判断し、背を向けて一目散に走り出した!
「何だ手前コラ!」
「口だけかよ腰ぬけが!」
「ブッ殺す!」
「待てやコラ!」

BEEEEEEEEEEP!

路上に鳴り響くサイレン!
パトカーが赤色灯を回して駆けつける!
「ヤベエ! ポリが来たぞ!」
「チックショウあいつチクりやがったな!」
「死ね! くたばれ!」
「オイ逃げんぞ!」
少年たちが騒々しく怒鳴り散らし、慌てふためいて逃げ惑う!
「警察だ! オイ逃げるな! 全員逮捕する!」

黎明は背後の騒乱を尻目に、路地を走り続ける!
[ALERT: 探査ウィルス 依然確認 追跡の可能性]
丁字路に突き当たった黎明は、左右を素早く確認した。
「時間稼ぎだ、デコイを撒け!」
[DECOY: 承認 XM-48 リトルスパイダー 撒布]
「ちょっと待て! 軍用型はマズイ、逆に目立っちまう!」
黎明は、プランセスの行動を慌てて遮った!
[QUERY: 最適解です いけませんか?]
「落ち着け! 強いヤツを使えばいいってモンじゃないぜ!」
[QUERY: 理解不能 私は 常に 冷静です]
黎明は舌打ちし、丁字路を右に曲がって駆け出す!
「あーもう、ファイアフライでいい! 複数方向に撒布!」

BUZZ!

[DOUBT: ファイアフライ v0.99 欺瞞効果低下 本当に実行しますか?]
「承認、承認! 早いとこ撒いてくれ!」
スマートグラスの表示に、数秒のタイムラグがあった。
[DECOY: …… …… 承認 ファイアフライ v0.99 撒布開始]
「OK! グッジョブ、プランセス!」
黎明はナビゲートに従い、ビルの谷間をジグザグに走り続ける!
[DOUBT: ファイアフライ 有効性に疑問 説明を要求]
「その話は後だ! 今はナビゲートに集中してくれ!」
[NAVIGATE: …… …… 承認 思考リソース 余裕あり …… …… 誘導を続行]
黎明は走り続ける!
囮プログラムで足取りを欺瞞しつつ、何とか表通りまで抜け出した!
「ハァ、ハァ……何とか逃げ切ったか?」
黎明はビルの壁にもたれ、荒い息を整えた。
それから、手にしたコーラを一息で飲み干す。
[DANGER: 高度な警告 探査ウィルス脅威 自己の現在地 補足されました]
「オイ嘘だろ……?」

「誰かと思えば、またお前か……」
コツ、コツ、コツ。
通りの向こうから革靴の足音が聞こえる。
「デコイを使ったようだが、ファイアフライ程度で撒けると思うなよ」
足音は決断的に、黎明の元へと接近する。
[CONDEMN: XM-48 使用を勧告 拒絶されました 理由を要求]
プランセスの言葉も「だから言ったでしょ?」と言わんばかりだ。
「ああ……悪いプランセス。俺のミスだ」
[AGREEMENT: 理解しました 要求達成]
満足げな電光文字が、勝ち誇ったようにサイバーグラスを流れた。
コツッ。
黎明の眼前に、一人の少年が立ち止まる。
三つ揃えの黒スーツを身に纏った、端正な少年だった。
その名を掛川原直仁!
彼は黎明と同年齢で、学生で……電脳犯罪の特別司法警察職員!
「鍛冶屋黎明! 不正アクセス禁止法違反、電脳破壊行為防止法違反、電波通信法違反、並びに公務執行妨害で貴様を――」

BUZZZZZZZZZ!

直仁のHIDに緊急入電!
「何だ、こんな時に!」
直仁は舌打ちし、スマートウォッチのホロ映像をPOPさせる!
「奥宮方面で大規模なクラック行為を確認! 監視官は支給急行せよ!」
「待ってくれ! 今、不正アクセスの容疑者を現逮!」
「繰り返す、奥宮方面で大規模なクラック行為! 最優先事項である!」
ブツッ。
「チッ。仕方がない、行くしかねえか」
直仁は納得のいかない表情で、憎々しげに黎明を睨んだ。
「今日の所は見逃す。今度見つけたら留置場にブチ込んでやるからな!」
顔を顰めて言葉を吐き捨てると、直仁が踵を返して駆け出した。
通りを横切るタクシーを強引に留めると、瞬く間に走り去っていく。
「……はぁ。何だか知らんが、助かった」
[INTEL: 現在地付近 200メートル 「喫茶 ケンジントン」本日 営業日]
「そうか。何だか疲れちまったし、ちょっと寄ってくか」
黎明は溜め息まじりに、ガイドに従って歩き出した。
道端の自販機横の回収箱に、空のペプシ缶を投げ込む。
[RECOMMEND: 【推奨】アシスタントの勧告 素直な傾聴]
「承認、承認。だがよ……プログラムは時と場合を考えて選ぶんだぜ」
[AGREEMENT: 承認]
黎明はポケットに両手を突っ込み、苦笑まじりに雑踏を歩いた。
「グッジョブ、プランセス。あんたにゃ敵わんよ」
スマートグラスの表示に、数秒のタイムラグがあった。
[CERTAINLY: ♡]

\黎明の01フロンティア
\ORDER №00 CHAPTER 01
\序章 …… 100% complete

\NEXT CHAPTER ⇒ №00-02
\学園 …… coming soon

[APPRECIATION: THANK YOU FOR WATCHING !!]

頂いた投げ銭は、世界中の奇妙アイテムの収集に使わせていただきます。 メールアドレス & PayPal 窓口 ⇒ slautercult@gmail.com Amazon 窓口 ⇒ https://bit.ly/2XXZdS7