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カミ様少女を殺陣祀れ!/25話

【目次】【1話】 / 前回⇒【24話】

自称・刑事の三人組。そして、タケイくん。四人の瞳に射貫かれ、緊張感で僕は息を詰まらせ、無言で視線を彷徨わせた。落ち着け、深呼吸だ。
「ちょっと待って下さい。しらばっくれるとかそういう話じゃなくて、僕は貴方がたと会った記憶が無いんですよ。僕は本当に何も――」
「ンの餓鬼、いい加減にしやがれコラァッ! 手前らのせいで、どれだけの人間が物理的被害を被って……どれだけ死人が出たと思ってやがる!?」
七三眼鏡がテーブルを殴り立ち上がって喚くと、僕も頭にカッと血が上って同じようにテーブルを殴り、立ち上がって七三眼鏡を睨んだ。


「だから分からないんですってば! 記憶が無いって言ってるでしょう! 僕は昨日意識が戻ったばかりで、ここ一、二週間の間、自分が何をしてたか全く覚えてないんですよ! 一週間ぐらい山籠もりしてたって爺ちゃんから聞かされたけど、その記憶もないですよ! 目が覚めたら知らない人たちが我が家に増えてるし、そば屋に行ったら見覚えのない人たちに絡まれるし、本当にお前たち何なんだよ! 知らないもんは知らないつってんだろ!」


僕が捲し立てると、七三眼鏡が顔を紅潮させ、額に血管を浮かべた。
「て、手前ッ……!」
後ろで、肩を竦めた大男と、溜め息をこぼしたオジサンが顔を見合わせ。
メキメキッ……バキィッ! 枯れ木が圧し折れるような音が聞こえて、僕は咄嗟に我に返って見下ろした。僕たちのついたテーブルのど真ん中に亀裂が走り、天板が横二つにパックリ割れて真下に崩れ落ち、タケイくんの握った水入りの透明コップだけが、空中に置き去りになっていた。ガラガラと物の崩れる音。箸入れが、調味料が……何もかも床に引っ繰り返って大惨事!
「あああ゛ーッ! 畜生、まただ! もう何なんだよ一体ッ!?」


「おい! お前たち、一体何を騒いでるんだッ!?」
タケイくんのお爺さんまで駆け付けて、テーブルの惨状に怒り心頭!
「って……なんじゃこりゃあッ! こんの餓鬼、トモヨシの友達だからって調子こきおって、うちの備品に何てことしてくれるんだコラァ!」
「ウワアアアァッ! ゴメンナサイ、ゴメンナサイ! 弁償しますから!」
僕は制服の首根っこを掴まれ、お爺さんに凄い力でガクガク揺さぶられつつ必死に謝罪! 僕はお爺さんに力づくで引きずられ、戸口から放り出されて道路に尻餅をつき、激怒の表情で腕組みするお爺さんを見上げた!
「舐めた真似しやがってこの馬鹿野郎、出入り禁止だ! 今度来やがったら細切れにして南那井川に沈めてやるからな! さっさと失せろ!」
叩きつけるように引き戸が閉じられ、僕は裏路地に一人取り残された。

――――――――――

「な、何だったんだあいつ……今までとは様子が違ったぞ」
「一瞬、目つきにケダモノみたいな凄みを感じたけど……気のせいかな」
「気のせいじゃねえかもな」
中年刑事・米窪が湯飲みの茶を啜って一言。
「そりゃどういう意味です、米さん」
七三眼鏡刑事・足助が椅子に座りつつ問うと、大男刑事・牛尼も米窪に目を向けた。米窪は無精髭をなぞり、ソフトパックから振り出した煙草を咥えて動きを止める。解剖室に横たわる臨の姿が、米窪の脳裏を過ぎった。
「『人でなくなる』。記憶違いでなきゃ、神様はあの時確かにそう言った。死人の蘇りなど正気の沙汰じゃねえ……とすりゃ蘇った死人が人間じゃない化け物になっちまってたとして、何の不思議もねえわけだ」
米窪が煙草の吸い口を咥えたまま、振り返った友與志の頭越しに店の戸口を見つめつつ、述べた推論に足助と牛尼が息を呑んだ。
「取り込み中悪いがよ、この店ァもう禁煙なんだ。口に咥えたおしゃぶりをとっとと仕舞いな。お前もあの餓鬼みてえに叩き出されたくなきゃあな」
「おう、おう、すまねえ。つい癖でな……」
米窪が煙草のパックを仕舞うと、武井の翁は鼻を鳴らして、友與志の足元に散らばった小物を両手に拾い上げ、店の奥に向かった。
静けさを取り戻した店内で、他の客たちは続々と勘定に向かい、足早に店を出て行く。そして店内は武井翁と友與志と、刑事たちだけが残った。


米窪が大欠伸をこぼし、何事も無かったような穏やかさで席を立った。
「さて。地取り(ジドリ)の続きだ!」
「行きますか」
米窪の言葉に牛尼が応じ、足助が溜め息を吐いて続々と席を立つ。
「おい、テメェら……」
「あ゛ぁ? 何だ餓鬼。そういやお前、神事の友達(ダチ)だったな」
足助が友與志を振り返り、面倒くさそうに言うと友與志が目を逸らした。
「いや、ダチってほど良くは知らねんだが……」
「ハァ? ダチじゃねえなら何だ」
「俺はただ、あいつに……た……た……いや、何でもねえ」
「何だよ、変なヤツだな。まっ、よく知ンねえ程度の付き合いなら、それでいいけどよ。神事臨に深く関わるのは止めとけ。それが身のためだ」
「何でだよ! 何でテメーらにそんなこと指図されなきゃなんねえ!」
声を荒げる友與志の隣に、米窪が含み笑いで立ち止まって横目に見た。
「一つ聞くがよ、坊主。お前、神様って信じるか?」
「あぁッ!? 何だよいきなり。神なんて居るわけねーだろ!」
俺たちみんな、そう思ってたさ。ところが居るんだな、神様。こんなこと言っても信じないだろうがな、坊主。神事臨、あいつは神の生贄だ。あれは神様の所有物……もはや人の姿をした怪物なんだな、あれは」


「何だ手前、何をゴチャゴチャ訳分からねえことを言ってやがる!」
「お前さんが聞いたら魂消るような彼の真実を、俺たちは知ってるのさ」
「色々と……ねぇ」
米窪の言葉に、牛尼が肩を竦めて苦笑の呟きで応じた。
「何だよ! 勿体つけてねえで、言ってみろ! その真実ってヤツを!」
いきり立つ友與志の姿に、米窪は牛尼と足助を見た。足助と牛尼は躊躇する顔を見せたが、米窪は意地悪い笑みを浮かべて頭を振った。
「神事臨は少なくとも一回死んでいる。検視官に身体を捌かれて、医学的な死亡を確認されてもいる。因みに俺は検死に同席して、ヤツの仏を見た上に報告も受けた。更に付け加えるなら、その後ヤツは蘇らされたんだがな」
「し、死んだだと……何で」
青褪める友與志の耳元に顔を近づけ、米窪は声を低めて囁いた。
「撃ち殺されたんだよ。至近距離から脳天と心臓をぶち抜かれてな。拳銃の弾が弾けて、身体ン中は滅茶苦茶さ。俺もこの目に拝ませて貰ったぜ」
「ちょ、米さん! 余り一般人に喋ると、守秘義務違反ですよ!」
見かねた牛尼が割って入ると、米窪はケラケラ笑って居住まいを正した。
「坊主よ、テーブルを一撃で叩ッ壊す、神事臨の馬鹿力をお前も見たろ? そういうことだ……ヤツに深入りすると命が危ないぜ。よく覚えとけ」
「……何だよ、わかんねーよ……何なんだよ、そりゃあ」
「わからないのが一番だ。知ってしまったら、後戻りできないからな!」
牛尼が自嘲気味に総括すると、刑事たちは皮肉笑いと共に店を後にした。


友與志は真っ二つに崩れ落ちたテーブルの前で、俯いて椅子に座っていた。
「おい、トモヨシ。ここに置いとくぞ」
武井翁が友與志の背中に声をかけ、かけそばを友與志の後ろの席に置いた。
「なぁ、爺(ジイ)……」
「ハァ……何だ」
真っ二つに砕けたテーブルを見つめ、翁は頭を振って友與志に応えた。
「ジンジさ。ジンジ・ノゾム。俺がさっき連れて来た――」
「あぁ? あのクソ野郎、二度と店に連れて来るんじゃねえぞ」
「ッ……た……た……助けてもらったんだよ! 俺は! あいつに! 命を! こんなに他人に恩義を感じたのは、生まれて初めてだ! それなのに!」
武井翁は彫りの深い顔に一段と皺を寄せ、眼鏡を正して嘆息した。
「そば、伸びちまう前に早く食えよ」
翁が店の外に出て暖簾を外し、厨房の奥に戻ると、友與志は俯いたまま腰を上げ、やり場のない怒りに拳を震わせ、テーブルの残骸を蹴り飛ばした。

――――――――――

ぐう、と腹が鳴り、僕は腹を摩って空腹を自覚した。どこかで何か食べたい気分だったけど、学校から慌てて出て来たから財布も何も持ってなかった。
「どうしよう……よく考えたら、お金がないと家にも帰れないな」
全くもって気乗りしないんだけど、一度学校に戻るしかないようだ。
「タケイくんとお爺ちゃんに、悪いことしちゃったな……」
僕は自分の両手をグーパーグーパーと握って開き、しみじみ見つめて気分がどんよりした。歩き出す足取りは重く、口からは溜め息がこぼれる。
「僕の身体、どうなっちゃったんだろう……」
当て所なく路地裏をフラつき、視界を過ぎった不審物に足を止めた。
道の向こう側から、自転車に乗ったオバサンが軽やかに通り過ぎつつ、僕と反対側に立つブロック塀、その前に転がる『物』を無言で一瞥した。
それはどう見ても、道端に捨てられた薄汚い段ボールであったし、僕の目が濁ったのでなければ、段ボールの中にはゴスロリ衣装の女が座っていた。
女は濃い紫色の長い髪で顔を隠して、段ボールの中に体育座りをしていた。女は見た目に負のオーラを発散していて、明らかにヤバそうだった。
「何なのよ……何なのよ……何なのよ……」
耳を澄ませば、何か小声でブツブツと呟いているようだった。
何これ……っていうか、誰? 怖いんですけど。


僕が及び腰でじっと見ていると、突然女がキッと顔を上げて僕を見た。
「あんた何見てんのよ。見せモンじゃないわよ」
ぞわり。総毛立つ、という感覚は正にこれだ。
「あ、あのー……つかぬことを伺いますが、ここで何をされてるんですか」
「ギャアッ!」
恐る恐る歩み寄る僕の前、段ボールに体育座りするゴスロリ紫髪女の前に、青い炎みたいな……狐? 奇妙な獣が、降って湧いたように出現した。
「ギャア! ギャア! ギャア!」
しかもメッチャ威嚇されてるし。怖ッ。僕は思わず足を止めてしまった。
「……そう……そうなのね……あんたが、その……『隠の神』とやらの……」
「「「ギャア! ギャア! ギャア!」」」
ウワッ、獣が増えた! 二匹、三匹、四匹……女を囲むように、一杯!
唐突に僕の頭に、レイナさんの言葉が蘇った。
「ボワッて青白く光る、狐……? それってまさか……」
僕が狐を指差すと、ゴスロリ女も紫髪を振り乱して立ち、僕を指差した。
「見つけたわ、ついに見つけたわ、あんたが『隠の神』の眷属ゥッ! 私は塩尻の街の神様代表、桔梗野稲荷神社の玄蕃丞子様よ! 性懲りもなく街をちょろちょろうろつきやがって、田舎神の眷属がッ! 私は神社を壊されて今とても機嫌が悪いのよ! ここで会ったが百年目、成敗してやる!」
喚き散らすゴスロリ女の姿を見て、僕の脳裏に昔の記憶がフラッシュした。
「貴方、どこかで見たことがあると思ったら、ハロウィン祭りで見――」
ビーッ! 鳴り響くクラクションの音に、僕は咄嗟に振り返り。

――――――――――

その時、赤いハイブリッドセダンが、偶然にも路地を通りかかっていた。
「フンフンフーン……ん?」
穏やかな顔の老人が、道の真ん中で立ち止まる臨を視認。
「何だろうあの子供……アッ!?」
穏やかにブレーキを踏もうとした瞬間……ブロロロロオッ! ハイブリッドセダンは狂ったように急加速! 臨を目がけて一直線にミサイル突撃!
「ウワーッ!? 何だ車が急に!?」
老人はアクセルからブレーキに踏み替えようとするも、足に力が入らない!
まるで超常の意思に操られているかのように……そう、操られているのだ!
塩尽の神、桔梗野稲荷神社の祭神、玄蕃丞子の因果を操る神通力によって!
ブロロロロオッ! 車は加速! 臨が振り返り、運転手の老人と目が合う!
「ウワアアアアアッ!?」
老人が絶叫! ビビーッ! クラクションを弾くも、間に合わない!
ズドバッゴーン! ハイブリッドセダンが臨を跳ね飛ばす!
「アアアアア゛ッ!? アアアアアア゛ッ!?」
老人が狂乱! 車は止まらない! 臨を10メートルほど前方に跳ね飛ばし、アスファルトに転がった臨の上を通過し、四輪で滅茶苦茶に踏み砕く!
「ギャアアアアッ!」
ゴキャボキッグチャア! ブロロロロロンッ! セダンはそのまま通過!


臨は物言わぬ赤黒の肉塊と化し、周囲には血溜まりが出来ていた。
「オーッホッホッホ! ざまぁ見ろ! 玄蕃丞子様に楯突く身の程知らずはこうなるのよ! 隠の神何するものぞ! キャッハハハハハァ!」
残虐な八つ当たりの成果を眺め、玄蕃丞子が頬に手の甲を当て哄笑! 臨の残骸に歩み寄ると、唾を吐き捨てメルヘンなブーツで足蹴にする! 
「……ウッウッ、イタッ……イタ、イ……」
その時、丞子の眼前で肉塊が『鳴いた』。確かに、聞こえた。人間の声が。
「……イタッ、グギッ……ヒヒッ、イタ……グギッ、ッヒヒヒ、イタイ……」
啜り泣くような、笑うような、憤るような……神経を逆撫でする声。
「何ッ!?」
「「「ギャア! ギャア! ギャア!」」」
丞子と彼女を取り巻く鬼火狐たちは、咄嗟に危険を感じて飛び退がった。
「……オオオ、イタイ、ヨオッ……グギッヒヒヒヒ……ウウッ、グヒッ……」
肉塊が赤黒い飛沫を上げ、丞子たちの目の前でゆっくりと立ち上がる。
「何ッ、何なのよ、こいつッ!?」
「「「ギャア! ギャア! ギャア!」」」
ぐちゃりぐちゃり。蠕動する内臓のような吐き気を催す音と共に、臨だった赤黒の肉体は徐々に姿形を取り戻し……臨の容姿そっくりに復元される。
「カハーッ……」
臨は息巻き、力んだ両手は鉤の形を成し、赤く光る両目で丞子を睨んだ。


【カミ様少女を殺陣祀れ!/25話 おわり】
【次回に続く】

From: slaughtercult
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