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カミ様少女を殺陣祀れ!/29話

【目次】【1話】 / 前回⇒【28話】

鎮守の森。生い茂る木立に四方を囲われた、桔梗野稲荷神社の境内。無惨に吹き飛ばされた、本殿の残骸。爆心地周辺の玉砂利が吹き払われ、露出した地面に焦げた木片が散乱し、汚雪めいた土埃が薄く降り積もっていた。
吹き抜ける風に木々の梢がそよぎ、斜陽の眩い青空に一群の雲が迫り来る。

虚無的風景の只中で、対峙する、青い炎と黒い炎。人狐と土蜘蛛。神と人。

風に鳴く枝葉のざわめきを背に、対面する二者の頭上を群雲が流れ、翳りの中で青光りと黒光りがコントラストを増し、互いに背負う炎を揺らがせつつ炎同士が相食むように、清水と汚濁が混ざり合うように、輝きが渦巻いた。

青い炎を曳く人狐、桔梗野稲荷神社の神、玄蕃丞子は紫紺の長髪から獣耳を飛び出させ、ゴスロリ衣装のスカートのフリルをはためかせ、ファンシーなブーツの右足を前に、左足を後ろに置いて身構え、牙を剥いて唸った。

黒い炎を曳く土蜘蛛、隠のカミの眷属、臨は熟れた木苺めいて赤く照り返す一対の複眼で丞子を捉え、パンク衣装の上半身から突き出した蜘蛛の節足を蠢かせ、丞子より長い牙の狭間より黒煙を吐いて、殺気を漲らせた。

土蜘蛛が半歩踏み出し、人狐が半歩後退った。人狐の踵が土埃を上げたのと対照的に、土蜘蛛の片足は質量を感じさせず着地の音すら立てなかった。
「フン……遂に正体を現したわね。田舎神どころか、とんだ化け物ッ……! 漫画みたいに糸でも飛ばして戦うのかしら、蜘蛛人間。エェッ!?」
丞子が目を細めて長い舌を伸ばし、獣の顎から青い炎を吐いて挑発する。
「ク・カ・カ……笑止……己の手足ヲ捥ギて素ッ首ハたキ落とシ……心ノ臓腑ヲ抉り出シテ喰ラッてクレる……晒シ首トナリて己ガ罪ニ泣き濡ラスが良イ」
臨は木苺の瞳からタールめいた涙を流し、嘲った。人の身を著しく逸脱した怪物は、あまつさえ自我を保ち、涙を流し、喋るのだ。丞子は戦慄した。
「やかましい。獣にも劣る、泥臭くて穢れた妖怪変化風情が口を利くな!」
丞子が肩を竦めるように鉤爪の両掌を上向け、炎を吐いて罵る。臨は重油の排煙めいた黒煙を吐いて嘆息した。群雲が空を離れ、斜陽が顔を出した。

臨の節足が閃き、背中を刺し貫いたバックマスターナイフの柄を絡め取る。
「燃えろッ!」
臨の節足がナイフを引き抜いて丞子に投じるのと、丞子の顎が青い炎を臨に放つのが同時だった。一発、二発、三発! 一つ目の火球がナイフを瞬時に圧し折り、二つ三つの火球が臨の一対の木苺複眼で爆ぜる。目潰しだ!
「ギャシャーッ!」
臨、潰れた双眸から油状の黒血を撒き散らしながら、残像を曳いて疾駆!
柔道家めいて一対の腕を構え、十一本の節足を超音速で振り回して、鎌鼬をバリアめいて張り巡らしながら、二本足を素早く動かして丞子に接近!
「キ、キモッ! 蜘蛛なら蜘蛛らしく蜘蛛足で動きなさいよねッ!」
攻めかかろうとした丞子は、一転して後ろに跳躍! 牽制の火炎弾連射!
青い火球が臨へと立て続けに着弾! パンク衣装が一瞬で焼け落ち、黒斑に覆われた飴色の肌が露出! 素肌が焼け爛れ、炭化して罅割れ赤く光る!
臨は節足を続け様に捥ぎ取られ、肉の溶け落ちた顔面に兜めいた異形の骨を露出させながらも、盲いた双眸を見開いて止まらない! 走り続ける!
「頑丈な虫ケラねッ! 火葬場みたいに丸焼きにしてあげるッ!」
丞子は神殿の残骸が集中する爆心地へ軽やかに着地! タッチアンドゴーで再び跳躍! 臭いを辿った臨が、丞子と入れ替わりで飛び降り着地!
散乱する木材に足を取られ、体勢を崩した臨に、狙い済ましたタイミングで上空から降り注ぐ丞子の火炎弾! 青い炎が木材に引火し、火の海に!

丞子は三回宙返りの後、玉砂利にヒーロー着地を決めて悠然と立ち上がる!
「フーッ……これでどうよ。やったかしら!?」
轟音と共に舞い上がる土煙! 炎の渦から飛び出す黒い影! 燃ゆる炭屑がはらはらと宙を舞い、炭化して赤熱した人影が黒煙を曳いて躍り出る!
「グシャーッ!」
人の左腕が千切れ、右足が燃え落ち、全方位に炭屑を撒き散らす! 異形の人型から蜘蛛の節足が、人の手足が伸びて形作られる! 臨、未だ健在!
数メートル上方から着地したにも関わらず、土蜘蛛は僅かの足音も立てぬ!
「は……?」
丞子はアフターバーナーめいて顎から炎を間欠させ、唖然として後退った。臨は再生した複眼で丞子を見据え、節足を蠢かし、黒煙を吐いて嘲った。
「カハーッ……温イ……痛ミガ足りヌ……イタズラ狐、何スルもノぞ」
「い……イタズラ狐ですって!? クソッ、舐め腐りやがって!」
丞子は両頬から伸びた髭をひくつかせ、両手の鉤爪を構えて火炎弾発射!
臨は回避するどころか、突撃! 節足がヴェイパーを帯び、鎌鼬が空気ごと火球を刻み、衝撃波と共に掻き消す! 青い爆炎を潜って臨が飛び出す!
「丸焼きにできないなら、切り刻んで焼肉にするまでよッ!」
丞子がまとう青い鬼火が勢いを増し、狐顔の歯が全て牙状に尖る! 両足のブーツの先端からも鉤爪が突出! 丞子、回転跳躍から鉤爪振り下ろし!
臨はスライディング! 丞子の足元に滑り込み、背後へと回り込んだ!

舞い踊る土埃の中、一瞬の交錯。丞子は鉤爪で切り裂いた感触が無いことに違和感を覚え、着地――できなかった。受け身も取れず、地を転げた。
「グゲエーッ!?」
両足が、無かった。ファンシーなブーツが、両足首から捩じ切られていた。丞子は半身をもたげ、流血する両足の無残な断面に手を伸ばして狼狽!
「ヒ、ヒエッ!? キャアーッ! あ、足がッ! 私の足があッ!」
「ク・カ・カ……カハーッ!」
土埃の中から、臨が身を起こして振り返り、左右の節足に握る丞子の両足をころりころりと投げ出しては、黒煙を吐いて嘲った。
「く、くくく……ギャオーッ!」
丞子は三角の歯を噛み鳴らし、大火球を吐出! 臨を直撃し大炎上!
人影は瞬く間に炭化し、風が流れて炭屑を散らした。節足が次々と千切れて四肢がもげ、芋虫状の人影がごろりと転げた。狐顔で唾を吐き捨てる丞子の眼前で、黒色の芋虫が身震いすると、新たな手足を生やして立ち上がった。
「ドウしタ……ソレでオわリカ!? 身体ヲ再生さセロ、使イ魔を出セ!」
黒斑の浮かんだ飴色の人型。肩、背中、脇腹から伸びる蜘蛛の節足。一対の複眼が木苺のように赤く照り返す。土蜘蛛は黒煙を吐き、人狐に駆け寄る。
「ヒエーッ、モウヤダーッ!」
丞子は血の滴る足で立とうとして転げ、無様に両手で地を掻いて遁走!
しかし、土蜘蛛の足音を立てぬ俊足がたちまち追いつき、獣耳の飛び出した紫紺の長髪を、蜘蛛の節足が絡め取る! 丞子の上体が吊り上げられた!

クレーンめいて伸びた節足が、丞子の髪を付け根から絡めて宙づりにする!
「ウギャーッ! 止めろーッ! ギャオーッ!」
丞子、ヤジロベエめいて左右に傾きつつ、臨を振り返って火炎放射!
「カハーッ! 効カヌッ……!」
臨、青い灼熱に目が潰れ、耳鼻が削がれ、皮膚が爛れ骨格を露出し、嘲う!
どす黒い油状の血が、対面する丞子の狐顔にスプレーめいて噴きつける!
「ギャッ、ギャオーッ! ギャオオオオオッ!?」
土蜘蛛の血が接触した所から、硫黄臭を伴う腐蝕性の蒸気が噴出! 丞子は獣顔を歪め悶絶! 目鼻口が同時に焼け爛れ、視覚と嗅覚が失われる!
丞子は宙づりにされ、視界がブラックアウトしたまま、死に物狂いで両手の鉤爪を振るった! 肉と骨を裂く感触! 直後、両腕の動きが停まる!
臨は顔や胸板を切り刻まれつつ、節足で丞子の両腕を掴んだのだ! 節足が両腕を捻じ上げつつ、別の節足が閃いて、肩口から両腕を切り落とした!
丞子、両肩から血を噴きつつ、足先を失った両脚で膝蹴り! しかし必死の抵抗も子供の喧嘩めいて無意味! 節足がたちまち閃き、太腿の付け根から両脚を切断! 同時に、他の節足がアンカーめいて丞子の上半身を続け様に刺し貫く! 丞子は達磨姿に串刺しで行動不能! デッドエンドだ!
「ギャオオオオッ!? ヤダーッ! 助けて、死にたくなーいッ!」
達磨姿から首を切り離された丞子は、鬼火を間欠させ甲高く鳴き喚く!
臨の骨ばった顔に肉が盛り上がり、木苺の複眼が蘇り、丞子を睨む!
丞子の首の左右からハサミめいて節足が閃き、情け無用のギロチン切断!

土蜘蛛は禍々しい顎を開き、深淵めいた口腔から黒煙を吐いて歓喜した。
「ギャシャーッ!」
「……して……やる……殺して、やる……クソッタレ……」
生首と化した丞子は、首と胴体の断面から血を噴きつつ呪詛を呟いた。
神は無敵だ。手足を切断し、首を切り取った程度では死なない。それは例え序列末端の下級神たる、自称・玄蕃丞子であったとしても同様だ。
なればこそ、心の臓腑を生きたまま抉り出し、喰らって力を強奪するまで。
「愚カナる神ヨ……死ンで己ガ罪ヲ贖い悔イルべシ……」
その時、不意に斜陽の青空に黒雲が満ちた。閃光が瞬き、遠雷が轟いた。
「……そこまでだぜ、化け物」
「カハーッ!?」
臨は節足を閃かし、丞子の首級も胴体も放り捨て、全力で後退離脱した。

天を覆う禍々しい黒雲の狭間より、七色の怪光線が彗星めいて降り注いだ。アイスキャンデーが空を飛ぶと例えられる、M2ブローニングの曳光弾めいた一筋のケミカルな流れ星が、ファンシーな尾を引いて地に突き刺さった。
一瞬前に、土蜘蛛・臨が立ち、処刑を執行しようとしていたその場所に!

星屑か、万華鏡、或いは乱反射するプリズム。毒々しい七色光を放つ隕石が地に突き立ち、破壊音と共に小クレーターを作り、土煙を巻き上げる!
土煙が晴れた時、そこに在ったのは隕石ではなかった。それは、虹色に輝く宝石めいた刀身を持つ、一振りの直剣! あまりにも長大な剣であった!

それは古より伝わる霊剣・十束剣(トツカノツルギ)が一つ……。
神器・韴霊剣(フツノミタマノツルギ)!

黒雲の狭間より、雷鳴のごとき排気音が轟き、黒塗りのクルーザーバイクが姿を現す! サドルに跨るは、黒革ツナギにサングラスをかけた巨漢!
暗雲に稲妻が閃き、バイクのパイプフレームとサングラスが光る! 巨漢は髭面に悪童じみた笑みを浮かべ、桔梗野稲荷神社の境内めがけて急降下!
黒革ツナギの巨漢・鹿島神は着地の瞬間、シートを蹴って跳躍! バイクは独りでに平衡を保って玉砂利を走り、センタースタンドを出して停まった。
鹿島神は虹色の大直剣・韴霊剣の柄の先端に着地して胡坐をかくと、空中に投げ捨てられ、ひらひらと舞う丞子の生首を、紫紺の長髪を掴み取った。
「それ以上はこの建御雷(タケミカヅチ)が許さねえぜ!」
畳数枚分の距離で向かい合う、土蜘蛛と鹿島神の狭間で、落雷が閃く!
「……昨日の今日でこのザマだ。やっぱりきちんと殺しとくべきだったぜ」
鹿島神が呟くと同時に、上空の黒雲がたちまち晴れ、斜陽が再び輝いた。
「グゲゲゲエッ! 何て不覚ッ! この怨みはらさでおくべきかッ!」
「黙りやがれ、このイタズラ狐めッ!」
鹿島神は、左手に吊り下げて鳴き喚く生首に、ピシャリと怒鳴りつけた。
「この俺ですら手こずった人間……力を封じ込めた化け物を、事もあろうに腹立ち紛れの八つ当たりでちょっかいかけるなんざ言語道断の所業ッ!」
紫紺の髪を掴まれ、ぶら下がった生首丞子は、獣耳を追ってシュンとした。

鹿島神は韴霊剣の柄上で胡坐を組み、生首を掴んだまま深く嘆息した。
「このままではこのガキは力を暴走させて、やがて人の姿を逸脱した、神の出来損ないのバケモンになっちまう! 丁度今、俺たちの目の前に立ってるヤツみてえにな! だから俺は力を封印したんだ! その末路がこの様じゃ俺が何のためにババアの意向を汲んだか、意味が分からん! クソッタレの稲荷神よ、手前はこの勤勉な俺様の働きを、全く台無しにしたんだぜ!」
「ヌグウーッ! で、でもあんた……いや鹿島大明神様ッ!」
「でももヘチマもねぇッ! ったく、黙って見てりゃ情けねえ様だ。自分の力を見極めず、半端な神もどきと侮って喧嘩を売るから、こうなる!」
鹿島神は大直剣の上から厳かに土蜘蛛を見下ろし、生首に横目で諭した。
そして、巨体を躍らせてひらりと地上に降り立つと、足元に転がった丞子の胴体や手足を蹴り転がし、七色光を放つ韴霊剣を右手で抜き放った。
「手を引けい、土蜘蛛。黙って帰るなら、今日のところは見逃してやるぜ」
「カハーッ……笑止……ソのイタズラ狐ハ怨敵なリ……見逃スなド有リ得ヌ!」
鹿島神は口角を上げて嘲い、虹色の刀身を片手で構え、臨に向けた。
「テメー何か勘違いしてねーか? お願いじゃねえ、命令だ! ババアから横槍が入ってもよォ、今度ばかりは捨て置くわけにもいかねえぜェ!」
鹿島神はムフンと鼻息荒く、大直剣を右手で振りかざし、肩に預けた。
「この韴霊剣が俺のとっておきよォ。この段平は、神だろうがお構いなしにぶった切る! 一太刀に切り伏せ、斬り殺す大業物なのさ! 神ですらねえ半端者のテメーにゃ、掠っただけで致命傷! 今度こそ確実に殺すぜェ!」

畳数枚の距離で対峙する、鹿島神と土蜘蛛。斜陽が再び翳り、風が流れた。
「カハーッ……邪魔スルナらバ……貴様モ容赦セヌぞ……木偶ノ坊……」
「この建御雷に木偶の坊だとォ? 顔に傷つけられた恨みもある、お望みとあらば今すぐ決着付けてやるぜェ鬼蜘蛛! 一太刀で真っ二つに叩き切って退治してやるぜ! 大体テメーは虫が好かねえのさ、虫だけによ!」
鹿島神は毒づいて残忍な笑みを浮かべ、腰を沈め、片手で大直剣を構えた。
臨は前傾姿勢で節足を蠢かし、黒煙を吐き、木苺複眼で鹿島神を見据えた。
その時、遠くからけたたましい高回転型エンジンの排気音が響いた。

ブドウ畑の田舎道を、白い隼めいたスーパースポーツバイクが駆け抜ける!
石段で跳ね上がり、ウィリー姿勢から斜め上方に射出! 空に舞い上がる!
白スーツをまとい白ヘルメットを被った偉丈夫が、後背と後頭部から七色の光輪を放ち、二重光輪の怪光線を閃かして、バイク騎乗で空を駆ける!

対峙する二者、臨と鹿島神が身構え、今まさにぶつかり合おうとした瞬間!
「そのたたかああああいッ! ちょっと待ったああああああッ!」
今一人……否、今一柱、白づくめの闖入者が二者の狭間に割って入った!
「ヌグウッ!?」
「カハーッ!?」
臨、鹿島神、互いに飛び込みを直ぐにキャンセルし、後方に跳躍!
「全くもうッ! ひとんちの庭で好き勝手、いい加減にしないか皆ッ!」
白ライダーがフルフェイスヘルメットのバイザーを上げ、鹿島神を睨んだ。
「フン……ミナカタか。洒落くせぇぜ、邪魔するんじゃねえやいッ!」
長髪と長い髭、その姿は……諏訪神! この地の神、正当な領主である!
「するよッ! ここは我の領地なんだ! 隠ちゃんもゾムちゃんも、そこで生首になってる丞子ちゃんも、我の可愛い民だッ! 誰も殺させない!」
諏訪神はバイクのスタンドを立てて降車し、ヘルメットを脱いで振り返る。カミの血の力を解き放ち、土蜘蛛デーモンと化した臨を見て目を細めた。
「嘆かわしいことだね、ゾムちゃん。君がこんな変わり果てた姿に身を窶すなんて、我も胸が痛むよ。これほど事態が悪化するまで、君が捨て置かれたことにね。でも、もう終わりにしよう。ゾムちゃん、我と一緒に帰ろう!」
土蜘蛛に訴える諏訪神の背後で、韴霊剣を担いだ鹿島神が鼻白み、怪光線が煌めく刀身を翻した。虹色の大直剣は、鹿島神が丞子の生首を携えた左腕の脇の下、何も無い虚空へとめり込んでいき、跡形もなく消滅した。

鹿島神の前に立ちはだかり、白スーツに長髪と長い髭を靡かせる鹿島神。
対する臨は、禍々しい牙を開いて黒煙を吐き、昆虫めいた鳴き声を上げる!
「グシャーッ! ゴチャゴチャ鬱陶しイやツメ……貴様も邪魔スルかッ!」
十一本の節足を振り乱し、残像を曳いて諏訪神に突進! 諏訪神は背負った二重光輪の怪光線放射を強め、土蜘蛛デーモンと真正面から組み合った!
そして、衝突! 臨の一対の人の手と、諏訪神の両手が噛みあい、土蜘蛛の節足が一斉に突き出され、諏訪神の白スーツへと立て続けにめり込む!
諏訪神は土蜘蛛と額を突き合わせ、関取めいた姿勢で踏ん張り押し合った!
「するよッ! 何故なら君は、守るべき我の民だからだ! どんなに姿形を変えても、化け物に身を窶しても……君は人だッ! 分からんなら何度でも言ってやる! ゾムちゃん! 君は、人だッ! まだ、人なんだッ!」
「ギャシャーッ!」
蛍光色の二重光輪が閃き! 黒炎と黒煙が吹き荒れる! 土埃を巻き上げて取っ組み合い、極彩色と漆黒を混ぜ合い、双方、渾身の力で押し合う!
「君は人だ、ゾムちゃん! 我が人だと言ったら人なんだッ! 今ならまだ間に合うッ! まだ引き返せるッ! この一線を踏み越えたらもう後戻りはできないんだぞッ! わかってるのか、ゾムちゃん! 今度こそ君は完全な魔物になる! 君が今立っているのはその瀬戸際なんだ! 人らしい心……身体……家族も……仲間も……全部を引き換えにして、人でも神でもない半端な魔物に身を窶す覚悟が君にあるのかッ!? ゾムちゃん! 君はこちら側に来てはいけない! 頼むよッ! 荒ぶる血を鎮めて、人に戻るんだッ!」

すっかりお株を奪われた鹿島神は、拗ねた様子で小石を蹴り、地に転がった丞子の残骸……四肢と首を捥がれた胴体へと、無造作に手を伸ばした。
「ハッ、面倒クセェ。さっさと叩ッ切って終わりにしちまえば良いんだ」
「ちょっと黙っててもらえませんかねぇ、カヅチの旦那!」
背中で怒鳴る諏訪神の剣幕に、鹿島神は生首丞子と顔を見合わせ苦笑した。
「怒られちまったよ」
左手で宙吊りにする丞子の生首に、右手で持ち上げた胴体をかち合わせる。
「グゲエエエエエッ!?」
丞子、絶叫し痙攣! 狐顔で白目を向き、口から炎を吐いて身悶えすると、頭部と胴体が癒着した達磨姿で、鹿島神の左手にぶら下がった。
「どれ、こいつは右手か? 左手か? まあいいや、くっつけろ」
片腕を拾って達磨丞子の肩の断面にぶつけ、鹿島神は髭を撫でて唸った。
「おっと、左肩に右腕をくっつけちまったな……悪ィ悪ィ、間違えた」
「ギョエエエエッ!?」
おもむろにブチイと右腕を引き千切られ、丞子が再び白目を剥いて悶絶!

手持ち無沙汰に丞子の復元作業を行う鹿島神の前方で、諏訪神と臨は両手で取っ組み合い、極色と極黒を入り乱れさせて、微動だにしなかった!
「忌々シイ仙人気取リめ……なゼ庇ウ……そ奴ハ余ヲ付ケ狙う怨敵ナるゾ!」
「仙人! ゾムちゃん、そんな風に我を呼ばなかったでしょう! 恩師だか剣士だか端子だか……そんな訳の分からない名前で我を呼んだよね!」
「何ノ話ヲしテイる……下らヌ……名前ナド今はどウデモよイ!」
土蜘蛛の節足が諏訪神から抜け出て、鎌鼬を閃かし、諏訪神を切り刻む!
「良かないぜッ! 我はこう見えて根に持つタイプでね! 諏訪大明神だと何度言っても……そうだ、尊師だ! 尊師と我を呼び続けたじゃないか!」
白スーツの上半身が切り裂かれ、剛健な裸体を曝して、諏訪神が笑った!
諏訪神の言葉に、狂おしく蠢き続ける節足が動きを止めた。
「何だお前……足首から先が足んねぇじゃねえか」
首と胴と四肢を繋ぎ合わした丞子をどさりと放り出し、鹿島神が呟いた。
「千切られたのよ、あいつに! あの忌々しい蜘蛛人間野郎にね!」
「グシャーッ!」
丞子の声を聞いて再び臨がいきり立つのを、諏訪神が力づくで押し留めた!
「お前もう黙れよ! 話がこんがらがって収拾が着かなくなるだろ! 大体ゾムちゃんと丞子ちゃんが戦う意味が分からないよ! ゾムちゃんの性格を考えれば、先に手出しするなんて有り得ない! そうだろ、ゾムちゃん!」
諏訪神は臨を押し返し、一対の木苺複眼を正面から見返して叫んだ!

臨が牙を開き、腐食性の黒い血を吐く! 伸ばした節足が、諏訪神の裸身に立て続けに突き刺さり、鋼のような筋肉に抉り込んでめり込む!
「いい加減にしろ、ゾムちゃんッ! 思い出せって、言ってるだろおッ!」
諏訪神は焼け爛れた顔で弓めいて顎を引き、土蜘蛛に頭突きを放った!
顔が衝突した瞬間、土蜘蛛が全身を硬直させた! どす黒い殺意に覆われた臨の脳裏で、堰を切ったように無数の記憶が溢れ出してくる! 荒神様との出会い、家族や仲間との出会い、敵との戦い、そして……諏訪神の姿!
「グシャーッ! ソ……ソン、シ……」
何か神聖なオーラに阻まれるように、土蜘蛛の節足が押し出されていく!
十一本の禍々しい節足が、磁力で反発するように諏訪神から引き離される!
押し戻される! 臨の体内へと! 一本また一本と! 顎に突き出た四本の鋭い牙が、一対の赤い複眼が、そして黒斑と飴色の身体が! けばけばしい七色光輪の怪光線に当てられたように、ゆっくりと形を失っていく!
最後に残ったのは、諏訪神と両手を握り合い向き合う、随分と背丈の縮んだ臨の姿だった。丞子との死闘で着衣を焼かれ、殆ど裸体同然だった。
「ハァーッ、ギリギリセーフってとこかな。間に合ってよかった」
「お優しいこった。こちとら折角、聖剣まで持ち出してきたってのによ」
諏訪神は呆然と立ちつくす臨を余所に、足元に転がるブーツの足を拾い上げ鹿島神に放った。鹿島神はそれを続け様に受け取り、丞子に叩き込む。
「だから言ったでしょ、カヅチの旦那。誰も殺させないってね」
鹿島神は面白くなさそうに鼻を鳴らすと、黒塗りのクルーザーに歩み寄ってエンジンをかけ、跨るなりアクセルを吹かし、夕暮れ空に飛び去った。

【カミ様少女を殺陣祀れ!/29話 おわり】
【次回に続く】

From: slaughtercult
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