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カミ様少女を殺陣祀れ!/30話

【目次】【1話】 / 前回⇒【29話】

また全裸に逆戻りか。何で着衣ばかり奪われなきゃならないのか。学生服を失ったのも割と詰んでるけど、借りた服を失くしたのもマズい。僕は大きなくしゃみを一つして、周囲を見渡した。それにしても……どこだ、ここは。

辺りを囲う木々。点在する石造物。手水鉢や灯篭、祠に石像。それにしても石像が多いな。犬のような獣の首に赤布を巻いた姿が印象的だ。振り返れば一対の大きな獣像と、その奥に続く連鳥居……鳥居? そうだ、神社か。
連なる鳥居は稲荷神社。稲荷なら、石像は犬ではなく狐だ。思い出したのは塩尽の妖狐伝承。そういや塩尽には妖狐を祀る稲荷神社があったな。しかし今一つ不可解な点は、神社に不可欠な『社殿』が見当たらないことだ。

僕は寒さに震えながら、視線を戻した。彫像みたいな逞しい上半身の筋肉を曝した尊師と、その向こうに紫ロング髪のゴスロリ女が立ち合う。
僕らの立つ、本来なら『境内』と呼ぶべき場所は更地同然で、恐らく社殿があったと思われる、柱を載せる礎石が露出した地面には、定かならぬ炭屑や木片、灰燼……燃え残った金属製の賽銭箱などが散乱するのみだった。

「んぎぎぎ……あんた、どっちの味方なのよ。神、それとも人間!?」
「どっちもの味方さ、我の場合はね」
尊師はキッパリと言い切って、深い溜め息をこぼした。
「しかし解せないよね、玄蕃丞子。我の記憶違いでなければ、いつも人目を避けて夜しか出歩かないはずの君が、今日は白昼堂々の大太刀回り。それもゾムちゃんを巻き込んで、丁々発止の戦いを繰り広げるとは」
「どういう風の吹き回しだ、とでも言いたいワケ!? 余計なお世話よ!」
「余計なお世話もするさ。この街が丸ごと滅ぶ可能性すらあるんだからね」
ビシッと指差して喚くゴスロリ女が、尊師の物騒な言葉に後退った。

尊師が白ズボンのポケットから、くしゃくしゃの紙を取り出して広げた。
「この怪文書は傑作だね。『神は蘇った』だって。面白い煽り文句だ」
「面白かないわよ! 塩尽の守り神、丞子様を差し置いて、隠の神とかいう聞いたこともない田舎神がいい気になって、私が我慢できると思う!?」
田舎神が田舎神を田舎神って罵倒してら。どいつもこいつも、神様ってのは自己顕示欲の権化なのかね。僕は真顔で垂れた鼻水をずずっと啜った。
「隠ちゃんは、丞子ちゃんよりずっと古株なんだよ。大昔に我が鎮めて山に閉じ込めたきり、今の今まで忘れ去られてたから、丞子ちゃんが知らんのも無理ないが。隠ちゃんは恐ろしい大災厄、狂暴な祟り神だ。目覚めた直後に我が枷を付けたとはいえ……丞子ちゃんがやり合ったら殺されてたよ」
経験者は語る、か。尊師のお墨付きに、ゴスロリ女が歯軋りした。怪文書が尊師の手を離れ、風に乗ってゴスロリ女の方に舞うと、ゴスロリ女が口から青い炎をペロリと吐いた。怪文書は瞬時に消し炭となって塵と消えた。

「だけど、丞子ちゃんはこんな挑発で正気を失ったりしない。決定な何かがあったんだ。随分と風通しが良くなっちゃってさ、何があったんだい?」
尊師が周囲を見渡して問うと、ゴスロリ女が金切り声を上げて喚いた。
「何があったですって? あのイカレ爺の仕業よ! 人の分際で天照大神をブッ潰すとか、私にも聖戦に協力しろとか、好き放題に宣って! あんまりイカれてるんで門前払いしたら、一発ドカンとやられてこの有様よ!」
天照大神をブッ潰す? どこかで聞き覚えのあるセリフだな。
「思い出した。あのイカレ爺、組織がどうとか言ってたわ。名前が確か……蜆の催促……詩人の三月……じゃなくて静寂霽月(シジマノセイゲツ)!」
断続的に記憶が蘇る。夜更けの轟音。隠ヶ平の山中。崖の上の神社。銃声に目出し帽、禁足地の洞窟の深奥……そうか、荒神様を蘇らせた連中だ! 

――――――――――

夕暮れの住宅街。丁字路のど真ん中で派手に壊れたブロック塀と、その奥でぺしゃんこに潰れた空き家。M-A1ジャケットを羽織り、黒マスクをつけた胡乱な男が路上に立ち、小型デジカメのシャッターを閃かしていた。
「間違いないな……戦闘の痕跡。凄まじい破壊力だ。これぞ神の力……か」
軍用ジャケットの男・今泉は平坦な声で呟き、デジカメの液晶画面に視線を落とす。崩れた空き家。交差点の事故現場。更に記録を遡ると、街の上方を跳び渡る人影。連続する写真には、残像を曳いた人影が捉えられていた。

「おじさん、そこで何してるんですか?」
唐突な声に意識を引き戻され、今泉は虚無的な鋭い眼差しで声のする方へと振り向いた。片手はジャケットの下に隠した武器に伸びていた。視線の先で小動物めいた学生服の少年・尺地匠司が、訝しげに今泉を見ていた。
「おじさんじゃなくてお兄さんだろう、少年。俺に何か用か」
「これ、落としましたけど」
匠司は警戒するような顔つきで歩み寄り、今泉に紙片を突き出した。それは古のカミを崇めよとのゲバ文字が記された、静寂霽月のアジビラだった。
「最近それ、街でよく見ますけど、貴方が張ってるんですか! そういうの犯罪じゃないんですか! そんな張り紙して、何の意味があるんですか!」
今泉はビラを掲げる匠司の問いに答えず、この少年を今すぐ始末するべきか思案した。匠司が視線を動かしたことを察知し、武器を抜く手を止める。

今泉は振り返らず、徒手をジャケットから出して、ビラに手を伸ばした。
「どうした。どこを見ている、少年」
「何か道の向こうで人影が動いたような……って、そうじゃなくて!」
尾行だ。今泉は匠司の手からビラを抜き取り、足早に歩き出した。
「覚えておくがいい。我々の革命を邪魔する者は、死ぬことになる」
「革命? 何を意味わかんないこと言ってんですか?」
匠司はムキになって今泉を追い、速足で並んで歩きながら問い詰めた。
「少年。お前の勘の良さに免じて、今日のところは生かしておいてやろう」
「ちょっと、まだ話は終わってないんですけど!」
匠司の叫びを背に、今泉が丁字路を直角に折れて駆け出す。あっという間に背中が小さくなっていく。匠司も呆れるほどの逃げ足の早さだった。
「逃げたぞ!」
「追え!」
匠司が息つく暇もなく、先程の物陰から数人の黒スーツが飛び出し、匠司を跳ね飛ばすようにして駆け過ぎ、今泉の逃げた方向に走り去った。
「何なんだよ……」
匠司は黒スーツたちの背中に呟き、崩れたブロック塀と、その内側で潰れた廃屋を振り返った。余りに非現実的な光景に、ぶるりと悪寒が走った。

――――――――――

塩尽市の遠方、諏訪神社の鳥居前町。狭い路地に並び立つ古民家、古ぼけた長屋の一つ、その二階で狩衣姿の男が狐目を細め、卓袱台を拳で叩いた。
「見失っただと!?」
「――申し訳ありません、鬼頭様! 通りかかった少年が我々に気づいたと思った次の瞬間、逃げられてしまいました! 面目次第もありません!」
「グヌーッ、素人どもめッ! 一班、椿甚八捜索の進捗はどうだ!」
「――こちら一班、椿の所在は未だ掴めず、現在も鋭意捜索中です!」
鬼頭は悔しさに歯噛みして唸った。彼の座す畳敷きの部屋は、古いながらも小綺麗に設えられていた。窓ガラスは曇り一つなく、床から天井に至るまで掃除は行き届き、神棚には真新しい神宮大麻が祀られ、半紙に墨字で記した格調高い天の字が、神棚の上方の天井に皺も弛みも無く張られていた。
壺の置き物は磨かれ、花瓶には花が一輪挿しされ、TVやラジオなどの娯楽が存在しない部屋は、PCや無線機といった無骨な電子機器が並んでいた。
何より鬼頭の周囲には、顔を白布で覆った武装神主たちが多数控えていた。
この部屋は今や、神社本庁特殊部隊の出張所、前線基地なのであった。
「桔梗野稲荷神社の爆破テロは、紛れもなくヤツらの仕業だ! 何か大きなテロ計画の予兆に違いない、我々の手でそれを未然に叩き潰す! この国の安寧は、貴様らの双肩にかかっているのだ! くれぐれも気を抜くな!」
「「「――了解ッ!」」」
鬼頭は無線を切って溜め息をこぼすと、ノートPCの画面を睨んだ。
「神事臨……死の縁から蘇っただけでなく、神の力まで手に入れたか……」

――――――――――

塩尽市内。今にも壊れそうにオンボロの原付バイクが、一人の青年を乗せてコンビニへ乗り入れた。青年は左足でシフトペダルを蹴ってニュートラルに入れると、バイクを止めて安っぽい半ヘルを脱ぎ、ゴーグルを外した。
「掃除も洗濯も買い出しも全部、俺の一人の仕事かよ……ありえねぇだろ」
痩身の冴えない青年・越谷速人が、文句をぶちながら自動ドアを潜った。
「マジでおやっさん何もやんねえしよ。今日もどこほっつき歩いてんだか」
頼まれたカップ酒、総菜にカップ麺。エロ本はコンビニの棚から無くなって久しい。タバコは銘柄を間違えると殴られるので、特に気を付ける。速人は釈然としない気持ちを燻らせていた。これってただのパシりじゃないか。
「ハイライト。えーと、五十三番を二つください」
買い物カゴをレジに置き、無の境地で速人は店員に告げた。ショウケースのホットスナックに視線が引き寄せられる。前に買って帰ったら、無駄遣いをするなと殴られた。自分はパチンコだの風俗だの遊び呆けてるくせに。
財布を開き、速人は溜め息をこぼした。あんなプータローのクソ爺のどこにあれだけの金があるのだろうか。まだ速人が組織に属していたころ、首領の金城たちは、組織の金がよく無くなるとぼやいていた。速人も盗んだ犯人と疑われ、リンチされたことがある。もしや犯人は爺なんじゃないか?

自動ドアを潜って入店した女子学生が二人、速人の後ろを通り過ぎる。
「トモヨシくん、見つからないね?」
「放っとけ放っとけ。どーせまた河原だ。一人で黄昏てるんだよ」
「そっか。帰りに一応、河原の方も見てこっか?」
「やあれやれ……健気だねぇあんたも」
速人は二人の女学生を尻目に見て、青春だなと心中呟いた。彼女らが本当に羨ましい。自分の学生時代を思い出し、速人は嫌な記憶を忘れるよう努めて勘定を済ませた。ガキの頃も、大人になってからも、ずっとパシりだ。
俺の人生どうなるんだろう。こんな調子で、碌でもないヤツの下っ端として扱き使われ続ける運命なのだろうか。速人はレジ袋を手に取り、心に渦巻く悲観主義から目を逸らした。金がもらえるだけ、今はまだマシなのだ。

――――――――――

塩尽市内を東西南北に貫く国道。西と南は、かつての旧街道だ。道の南北に沿って水鳥川は流れる。川を南に下れば、水鳥湖。釣り堀が名物だ。
寒々とした河川敷に、浮浪者然とした男が一人座り、有り合わせの拾い物で作った粗末な釣り竿を手に、水鳥川の水面に釣り糸を垂らしていた。傍らのカップ酒の空き瓶には吸い殻が溜まり、ガラクタのような拾い物のラジオが音割れしたローカル放送を垂れ流していた。水面は静まり返っている。
初老男・椿甚八は大きな欠伸をこぼし、薄汚れた野球帽の庇から鋭い視線を川面に向けたまま、ハイライトのパッケージを手繰ってタバコを咥えた。

武井友與志は煮え切らない思いを抱え、学生服の肩で風を切って、夕暮れの堤防を歩いていた。耳障りな金属音に顔を顰めて、河原を見下ろす。
「釣りか。こんなクソ寒い中、よくやるぜ……」
友與志は不貞腐れた顔で吐き捨て、河原へと降りて行った。タバコの紫煙がもうもうと立ち込める中、甚八の隣に堂々と腰を下ろす。二人は挨拶も無く視線も合わさない。友與志は溜め息と共に、斜面に寝そべった。
「ガキはもう家に帰る時間だぞ」
「うるせえよ」
「オヤジ狩りなら違うヤツにしとけよ。五体満足でいたけりゃな」
甚八はおもむろに言って、擦り切れた上着をめくる。ホルスターに納まった剣鉈のグリップを、友與志は横目に見て鼻を鳴らした。
「別にそんなんじゃねえよ。そんなモンしまえ、物騒な爺さんだな」
「物騒にもなるさ。好き勝手に生きてきて、あちこち敵ばっかりだからな」
「何だそりゃ。自業自得じゃねえか」
「ヘッヘヘ、違ェねえ!」
あっけらかんと甚八が笑えば、友與志が眉根を寄せて苦笑いした。
「釣れるか?」
水面の釣り糸がピクリと揺れた。甚八が鼻を鳴らし、瞳をぎらつかせて竿を手繰る。固い感触が張り詰め、ある瞬間にプツリと緊張が解けた。
「……釣れねえなあ」
甚八が咥えタバコで紫煙を吐いて、糸を引き寄せる。針ごと千切れていた。

友與志は寒空を見上げて溜め息をつき、身じろぎして甚八に背を向けた。
「何だお前。こんな時間に外ほっつき歩いて、家に帰りたくねえのか」
「お前の知ったことか」
「親父か、お袋か」
友與志はその問いに暫し沈黙し、苛立たしげに舌打ちして溜め息をついた。
「親父だよ。遊び呆けてるロクデナシ。女はもう三人目だ」
「女か」
甚八はタバコの灰を弾き、糸に針を結び、餌を付けて川面に放った。
「クソ野郎に似合いの遊び女だ。俺はあんなの、母親なんて認めねえ」
「そうか。俺もその口だったから、何も言えねえわ。このロクデナシがって嬶によく罵られたっけかな。家に帰ったら、きっと殺されるな! そうして人生を好き勝手生きてるうちに、親類友人が一人離れ、二人離れて気づけば独りぼっちだ。こうはなっちゃならねえ見本だぜ。お前も気を付けろ」
甚八が竿を手にカラリと笑って言った。再び糸がグイと引き、甚八がニィと笑って竿を引く。ガリガリと擦れるような感触。やがてプツリと断絶。
「負けた。ヘッヘヘ、今日はもう止めだ」
甚八が笑って釣り具を仕舞い、気配を感じて振り返る。野球帽の庇を握って顔を隠し、見上げた先には女子学生が二人。こちらを見下ろしていた。
「お前、友達は大事にしろよ」
「クソ爺に説教される筋合いはねーよ」
甚八は鼻を鳴らし、荷物の一切を抱えて河原を上って行った。入れ替わって二人の女子学生、鎌唯花と等々力三月が、レジ袋を手に河原を降り来る。

――――――――――

夕暮れ迫る、桔梗野稲荷神社。連鳥居の前に貼り直された立入禁止テープが風にそよいでいる。規制線の外の道路上に、複数の警察車両。それらを前に立ち尽くす、学生服姿の女子生徒と男子生徒。腕には報道部の腕章。
「残念でしたねぇ、フルハタさぁん。取材どころじゃありませんねぇ」
「冗談じゃないわよ! ここまで来て手ぶらで帰れっての!? 何としても一番乗りでスクープ記事を書くの、公僕が何よ! 不法侵入上等!」
「ちょっと、マズイですよフルハタさぁん! 当たり前のように立入禁止のテープを潜ろうとしないで! 警察にバレたら怒られますよぉッ!」
強烈な天然パーマの男子・征矢野鷹丸が、日本人形然としたパッツン女子・古畑切子の肩を叩いて諫めると、切子が目を剥いて鷹丸の手を払った。
「キエーッ! タカマル、お前それでも男かッ! 取材は度胸よ、成果さえ上げれば多少のルール違反も正当化されるの! 結果が全てなのよ!」
「僕が男であることと、ルールを冒すことに何の因果関係がありますか!」
「ゴチャゴチャうるさーい! 私は行く! 男は黙ってついて来い!」
「言ってることが滅茶苦茶ですよ、フルハタさぁん!」
規制線の前で悶着する二人に、玉砂利を踏む足音が近づいてきた。

参道を引き返してきた三人の人影……先頭の中年刑事・米窪と、後ろに続く大男刑事・牛尼。最後尾には七三眼鏡刑事・足助。切子と鷹丸は刑事たちに見咎められ、身を竦ませた。否、身を竦ませたのは鷹丸だけだった。
「ちょっと君たち、そこで何をしてるんだ!」
牛尼が仁王像めいた威圧感をまとい、切子と鷹丸に詰問する。
「私たち、塩尽修學館高校の報道部です! 事件の取材に来ました!」
切子がビシッと居住まいを正して叫ぶ。鷹丸はその蛮勇と厚かましい態度に戦々恐々としつつも、心の奥底で感銘を、崇高さすらをも覚えていた。
「ガキが番記者ごっこか、あ゛ァ? 俺たちゃ遊びじゃねーんだ、帰んな」
足助の言葉に切子はムッとした表情で、胸を張って睨み返した。
「帰りません! 私たちだって遊びじゃありません!」
「ちょ、フルハタさぁん……警察に啖呵切るのはマズいですって!」
アキンボ姿勢で言い放つ切子は、三刑事と規制線を挟んで睨み合った。
「現場に入れてやるわけにはいかんがな。まぁ、取材とやら精々頑張れや」
米窪が皮肉笑いで言うと、背後で牛尼と足助が顔を見合わせた。刑事たちは切子と鷹丸を押し退け、規制線を潜って覆面パトカーに歩んで行く。
「事件現場に入らないで、どうやって取材しろっていうのよ!」
後足で砂をかける犬のように、走り去る車に切子がふくれっ面で喚いた。

――――――――――

警察署の帰り道。家路を駆ける赤いジムニー。金髪ロングの眼鏡女・瑞希が運転席で鼻歌を歌い、アシンメトリー銀髪のパンク女・心が塞ぎ込んだ顔で助手席に座る。二人の咥えたタバコが、窓の隙間から紫煙を垂れ流した。
「クソ男は病院送りか。運がいいというか、不幸中の幸いかねぇ」
瑞希の言葉に、心は何も答えなかった。瑞希はゆっくりと息をつく。
「そんな深刻な顔しなさんな。ノゾミン、生きてるんでしょ?」
「多分」
「じゃあまあ、いいんじゃないの」
「適当言うなよ。背中からブッ刺した上に、突き落としたんだぞ!」
「私にキレられてもねぇ。そりゃノゾミンに直で謝るしかないじゃない」
「合わす顔がねー」
「まぁ、そりゃそうだろうけどねぇ」
交差点で車を止め、瑞希はシフトレバーをニュートラルに入れて苦笑した。

「みず姉の勘だけどさ。ノゾミン、多分何とも思ってないと思うよ」
「逆に怖いじゃん、それ」
「そりゃ怖いよ。私ゃ普通の人間ですから。ノゾミンはどーなのかねぇ」
タバコを揉み消して、他人事のように言う瑞希を、心が横目に睨んだ。
「ノゾムは普通の人間じゃねえって言いてぇのかよ」
「いや、普通の人間じゃないじゃない。ココちゃんも分かってるでしょ」
瑞希は冷ややかに切り捨て、ギヤを入れて車を走り出させる。
「ココちゃんさぁ、いい加減に大人にならなきゃいかんよ」
「わかんねーよ。大人になるなって何なんだよ……」
「まずはそういうのを止めること」
心はムッツリと黙り込み、プイと顔を逸らして窓の外に目を向けた。
「……まぁ、私だけはあんたがどんなんなっても、ついてってやるけど」
心は無言でタバコを灰皿に放り、長く長く溜め息をついた。
「みず姉」
「何よ」
「腹減った」
「空きっ腹じゃ気分も上がらんでしょ。よし、焼き肉でも食い行くか!」
瑞希は口角を上げ、ギヤを一段上げてアクセルを吹かした。

――――――――――

(全裸+バイク)×全力疾走^夕方(塩尽から南那井まで)=死ぬほど寒い。
バイクのシートに尊師、真ん中にゴスロリ女、殿に僕。強引に三人乗りして法律無視の高速で路上をブッ飛ばし、心臓が止まりそうな寒さに耐えた。
「ちょっと、いつまでくっついてるの!? 離れなさいよ!」
全身がカチンコチンに凍り付いたまま、ゴスロリ女に突き放されてシートを転げ落ちる。身体が動かない。意識が朦朧として、痛みを感じなかった。
「おおお、ノゾムッ!? おっほ、女子まで連れて、どうしたんじゃ!?」
爺ちゃんは爺ちゃんだった。僕の心配よりも女に目が行くんだな。
「よっ、トラちゃん。ちょっと色々あってね、ゾムちゃん連れて来たよ」
「おやおや、誰かと思えば諏訪神様! これは御無沙汰しとります」
「私はこの塩尽の守り神、桔梗野稲荷神社の玄蕃丞子よ! 崇めなさい!」
「やや、こちらも神様でしたか! ハッハ、今日は大賑わいですのう!」
爺ちゃんは僕をガン無視して、神様たちを家に上げてしまった。愛しの孫がフルチンで帰ってきたというのに! 何でこうみんな扱いが雑なんだ!

居間。カミ様(全裸)。隣に僕(全裸)。向き合う尊師と、ゴスロリ女。
「粗茶しかございませぬが」
「茶など要らぬ、翁。下がりおれ」
「然様ですか」
少し下がった場所に、爺ちゃんが座って茶を飲み始めた。どちらかというと僕は茶が欲しかったんだけどなァ~。今、とっても寒いからなァ!
荒神様が黒髪ロング縦ロールを揺らし、酒瓶をラッパ飲みしてゲップした。
「して、今日は何用じゃ。そも、彼奴は何じゃ。全く、獣臭い女よの」
速攻で看破したな。神様にだけ分かる超感覚か何かかな。
「け、獣臭いですって!? この玄蕃丞子様に向かって失礼な!」
対面で獣耳を逆立て、牙を出して荒ぶるゴスロリ女。煽り耐性ゼロかよ。
「大体あんた、何で当たり前のように全裸なのよ!? 食う寝る遊ぶ全裸でやってるわけ!? もうちょっと人に擬態しようって気は無いわけ!?」
その指摘はちょっと分かる。カミ様には少なくとも服を着て欲しい。
「グチグチとよう喋る獣じゃ。こんな虚け者をどこで拾ってきた」
カミ様がグビグビと喉を鳴らし、酒瓶を僕の手に押し付けた。ゴスロリ女の後ろで鼻を伸ばしていた爺ちゃんに、指で示して襖を開けさせる。
「何が獣よ……虚け者よ……田舎神の分際でえっらそうにギエーッ!?」
ゴスロリ女は変身する前に、カミ様に首根っこを掴まれ投げ飛ばされた。
カミ様が邪悪に笑って居間を横切り、ゴスロリ女を追って庭へと降り立つ。

居間の戸口から、レイナさんが欠伸交じりで歩み入って僕を指差した。
「あッ、お兄ちゃん帰って……だぁーッ!? 何で裸なのよ! 変態!」
「うるさいな放っとけよ! 僕だって好きで裸でいるんじゃないんだよ!」
僕がやけっぱちで喚いて立ち上がると、レイナさんが叫んで顔を隠した。
「ギャー! 見せるな! 汚い! 大体そっちのオッサンは何!?」
「よくぞ聞いてくれました、我はみんなのアイドル、諏訪大明神でーす」
「グゲエエエエエッ!?」
庭を駆け回る足音、激しい打擲音。あーもう、しっちゃかめっちゃかだな。
「じゃあまあ、我はこの辺でお暇しちゃおっかな。松ちゃんが待ってるし」
「エッ!? この状況で!? っていうか松ちゃんって誰!?」
「グゲエエエッ!? タスケテーッ! タスケテーゲボオオオッ!」
「松ちゃんは松ちゃんだよ。こんどうちに来た時、紹介したげる。じゃね」
「尊師、本当に帰っちゃうの!? あの神様、死んじゃうかもよ!?」
「まぁうまく手打ちするでしょ。我は面倒に巻き込まれる前に帰ります!」
尊師はシュバッと立ち上がり、シュバババとケツを捲って家を飛び出した。
「グゲエエエッ!? グゲエエエッ!? モウヤメテーッ!」
ゴスロリ女の悲鳴を余所に、遠ざかるバイクの排気音。何ちゅう神様だ。

僕は荒神様に促され、御神刀の鞘を抜く。折れた白刃がぬるりと滑り出る。
「申し訳ありませんでした」
ゴスロリ女は、ゴスロリ衣装を剥ぎ取られ、もはや全裸の女だ。プルプルと震えながら三角に手を突き、屈辱的な姿で土下座させられていた。
「腕を取るか? 足を取るか? それとも首か? 心の蔵を抉り出すか?」
「ぴえん……どうか、どうかそれだけはお止めくださいまし!」
「いや、僕はどれもやりたくないんですけど」
僕のツッコミは、カミ様のより強烈なツッコミで黙らされた。手刀の一撃で上半身と下半身が千切れて滑り落ちる。それもう刀いらないでしょ。
「あひいいいッ! お慈悲いいい! どうか寛大なるお慈悲をおおおッ!」
「クソッ、人を散々痛めつけといて命乞いかよ、お前本当にムカつくな!」
「うるさいわね、私は長い者には巻かれる主義なのよ、このバグワッ!?」
カミ様の無言の足蹴が、ゴスロリ女の顔を畳にめり込ませた。痛そう。
「獣の血で家を汚すのも癪じゃの。この長い髪でも切り捨てろ、ノゾム」
「ギエッ!? そ、それだけはどうか」
「髪なんかでケリつけるんすか、荒神様。もっと手足の一本でも……」
「ギエエエエッ!? 髪でいいです! どうか髪をお納めくださいいい!」
鹿威しめいて額を打ちつけるゴスロリ女の醜態に、カミ様が堪り兼ねて僕の手から刀を毟り取り、紫紺の長髪を吊り上げ、スパリと切って落とした。
こうして、僕と荒神様と、ゴスロリ女・玄蕃丞子の戦いは手打ちとなった。

【カミ様少女を殺陣祀れ!/30話 おわり】
【次回に続く】

From: slaughtercult
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