見出し画像

カミ様少女を殺陣祀れ!/27話

【目次】【1話】 / 前回⇒【26話】

昼下がりの街。数メートル間隔で並び立つ家屋の屋根を、一つの大きな影と複数の小さな影が、走馬灯の影絵がごとく残像を曳いて跳び渡る。住宅地の狭間に開いた空き地、小さな公園を目がけ、影たちが一斉に飛び降りた。
鬼火めいて青白く光る狐たちの輪の中で、ゴスロリ衣装の女が紫紺の長髪を振り乱して立ち上がる。玄蕃丞子だ。今は胸の中心と左肩から、道路標識の残骸の鉄管を痛々しく突き出させ、憤怒の表情で奥歯を噛み締めていた。
「「「ケーン! ケーン! ケーン!」」」
鬼火狐たちが不安げに丞子の顔を見上げて取り巻く中、彼女は呪詛の言葉を呟きながら、足取りをふらつかせながら公衆便所に向かって歩いた。
「ありえないッ……! この私が……玄蕃丞子様がッ、田舎神の眷属ごときに遅れを取るなんてッ……! 何て屈辱ッ……絶対に許さないんだからッ!」
丞子は周囲を見渡し、臨が追ってこないことを確かめると、左肩から生えた鉄管を右手で掴み、歯を食いしばった。僅かに動く感覚と共に、激痛。
「グウーッ! クソッタレ! やっぱ一気に抜かなきゃ駄目ねッ!」
「なんでいつもいつも僕ばかりこんな目に……って、誰ッ!?」
公衆便所から歩み出た学生服の人影が、公衆便所に歩み入ろうとする丞子に驚いて立ち竦む。小動物じみた少年……臨の同級生の尺地匠司だった。
「何をボーッと突っ立ってんの! 邪魔よ、さっさとどきなさい!」
「お、お姉さん……だ、大丈夫……ヒエッ!? な、何でもないです……」
丞子に思わず声をかけた匠司は、鋭い眼差しで睨まれ、素早く道を開けた。
「チッ。人間風情が私の心配してんじゃないわよ、鬱陶しい!」
丞子は語気を荒げて吐き捨て、公衆便所の個室を蹴り開けて歩み入る。


薄暗い和式便所の個室、丞子はタイル地の壁にもたれ、左肩の鉄管を両手で握りしめ、力任せに引っ張った。鉄管はゆっくりとだが着実に抜けて、床に血を滴らせる。丞子は奥歯を噛み締め、両手に渾身の力を込めた。
「グウッ! んぎいッ! んぎいいいいいッ! んがあああああ゛ッ!」
匠司は便所の外に立ち尽くし、個室の扉を不安げに覗き込んでいた。そして個室から漏れ聞こえる、手負いの獣じみた丞子の呻き声に身を竦ませる。
「……クソッ、タレ、があああああ゛ッ!」
挽肉を捏ねるような音と共に、鉄管がゴスロリ衣装から抜けた。飛び散った血飛沫が個室の便器や壁にへばりつき、丞子は脂汗を流してへたり込む。
「ハァッ、ハァッ……あともう一本!」
鉄管がコンクリートを跳ね返って転がり、がらんどうの金属音を響かせる。匠司は公衆便所を覗き込んで、突然の大きな音にぶるりと身を震わせた。
「あ……あのッ! だ、だだ大丈夫ですかッ!?」
「あんたまだ居たの? 見せモンじゃないのよ、早く消え失せなさい!」
丞子は壁にもたれたまま、個室の扉越しに入口を見遣って喚いた。それから胸の谷間を貫いて生えた鉄管を、溜め息と共に両手で握り、力を込める。
「いっせーのーせ……ががッ、グウッ! ブギッ、ゴボオッ!」
鉄管を強引に引っ張る! ずるりと手が滑り、丞子はコンクリート壁に頭を打って顔を顰めた。口から垂れた血を手で拭い、丞子は再び鉄管を握った。
「抜けねェッ、クソッ……抜けろ、抜けろってんだよ!」
丞子は全身を痛みに震わせ、半ば白目を剥きつつ鉄管を引っ張る。少しずつ鉄管が抜け出し……半分ほど抜けたところで再び手が滑った。丞子は派手によろめいて、和式便座に尻から崩れ落ちて、水飛沫を撒き上げた!


匠司は盛大な水音に身を震わせ、大声を上げかけ思わず両手で口を塞いだ。「ねえ、あんた! まだそこにいる!? ちょっと手ェ貸しなさい!」
「エエッ!?……い、いいん、ですか?」
「いい悪いの問題じゃないのよ! 助ける気があるなら早くして!」
公衆便所のコンクリート壁をわんわんと鳴り響かせる大声に、匠司は周囲を見回しつつも、生唾を呑んでコクリと頷き、便所の個室に歩き出した。
ゆっくりと扉を押し開けると、アンモニア臭の漂う和式便所の室内は点々と血が飛び散り、壁にもたれて立つ丞子の姿はトイレの妖怪じみていた。
「ちょっとこれ、抜いてくれない?」
丞子のゴスロリ衣装の胸から生えた鉄管を凝視して、匠司の顔が青褪めた。
「ヒエッ……」
やはり見間違いではなかった。普通の人間なら確実に致命傷。個室の足元にもう一本、不自然に断裂した鉄管が、どす黒い血を帯びて転がっていた。
「遠慮はいらないから、これを早いとこぶっこ抜いてちょうだい!」
匠司は両足をがくがく震わせ、恐怖に歯を噛み鳴らしつつ、両手を恐る恐る鉄管に伸ばす。鉄管の先を匠司が握ると、丞子の両手が根元を握り、匠司の手と触れ合った。匠司はピクリと身を震わせ、丞子と目を見合わせる。「ちゃんと握った? 準備はいい? いっせーのーせ……ぐぎいいいッ!」
鉄管が僅かに動いたところで、匠司が鉄管を握った両手を滑らせ、ついでに踏ん張った両足も滑らせて尻餅をつく。丞子が壁にもたれ、舌打ちした。


「ゴボオッ、使えないわねッ! ちゃんと根性入れて引っ張りなさいよ!」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい……ちゃんとやりますから」
匠司は繰り返し謝りながら立ち上がり、吐血して息を切らす丞子の胸元へと手を伸ばした。鉄管を握り、引っ張って再び手を滑らせる。匠司は学生服のポケットからハンカチを取り出し、鉄管に巻いて上から両手で握りしめた。
「いっせーのーせ……んぎいいいッ、ゴボッ、ブギッ、ウガアアアッ!」
丞子と匠司の両手が重なり、胸の鉄管が引き抜かれる! 転げ落ちた鉄管が和式便座の上で跳ね返り、個室の床を転がり、扉の隙間から転げ出た。
匠司は血飛沫を真正面から顔面に浴びつつ、勢い余って個室の扉に背中から叩きつけられ、蝶番を圧し折って扉をぶち破り、個室の外に飛び出した。
「ハァーッ、ハァーッ! あの犬畜生、このままじゃ済まさないわ!」
丞子は肩を怒らせ、復讐心に目を光らせ、負のオーラを漂わせて呟きながら歩き出した。床に転がる匠司のことなど眼中に無いばかりか、ファンシーなブーツの両足で踏みつけ、踏み越え、鬼火狐を伴いどこかに消え去った。
「ゲボッ、ゴボォッ、痛いって、ちょっと! おいッ……!?」
匠司は痛みに咳き込み、叫んで飛び上がり、個室を振り返って息を呑んだ。
血が、無い。個室の壁や床にぶち撒かれていた血が、何事も無かったように消失していた。匠司はフラフラと手洗い場に歩み寄り、鏡を覗き込んだ。
「何だ……あいつ、どこに消えたんだ……僕、夢でも見てるのか?」
顔や学生服に浴びたはずの血飛沫も、何も無い。背後の床に無造作に転がる鉄管の残骸と、壊れた扉だけが、現実を物語る残渣として残っていた。
匠司は空恐ろしさを感じ、よろよろと後退って尻餅をついた。公衆便所から這い出すと、立ち上がって走り出し、逃げるように公園を後にした。

――――――――――

「真っ昼間から街を素っ裸で歩いて、一体何を考えてるんだ君は!」
「すいません……」
「名前は? お家はどこ? まだ未成年だろ、学校はどうしたんだ?」
「はい。名前は神事臨。家は、南那井の山奥です。学校は、その……」
「何だい。学校行ってないの? ニートか、引きこもり?」
「いえ、まさか! ハァ……高校は……塩尽修學館高校です……2年2組……」
「それで、高校生が平日の昼間から、どうして裸で街を歩いているんだ!」
客観的に考えて尤もな質問だと思ったけど、僕には答えようが無かった。
「……わかりません……」
「「わからないだって!?」」
道端。パトカー。お巡りさんが二人。僕は裸同然の格好で、俯いて頷いた。大事な部分を両手で隠すのがやっとだ。恥ずかしくて仕方がなかった。
「わからないってどういう意味だ!?」
「自分で脱がなきゃ、裸にはならんだろう!」
「道端で車に跳ねられて、その後は覚えてないんです、信じてください!」
通行人の足音、好奇の視線と言葉を恐れつつ、僕はお巡りさんに訴えた。
お巡りさんたちは顔を見合わせると、パトカーのドアを開いて僕に示した。
「ハイハイ、興奮しないで。取り敢えず、車に乗りなさい!」
「あ、ありがとうございます……?」
何だありがとうって。いや、僕はパトカーの後部座席に乗りつつ、内心では安堵していた。少なくともこれ以上、裸で街を歩かずに済むからだ。


ジンジ・ノゾム17歳。身に覚えのない全裸でパトカーに乗る。どう考えてもヤバいだろ。明日から、どんな顔してクラスメートと会えばいいんだ。
「何てことだ。高校生が裸で街を歩いて補導されるなんて、前代未聞だぞ」
「全く世も末だよ! 今時の子供は一体何を考えてるんだ!」
お巡りさんたちの小言に身を竦めつつ、僕はパトカーが一刻も早く目的地についてくれるよう願った。この場合の目的地は、恐らく警察署だろうけど。
「ぶえっくし! うう……さっむ!」
「それは全裸じゃ寒いだろうよ!」
「取り敢えず、着る物が欲しいです……」
「今更恥ずかしがっても無駄だぞ! 自分で脱いだんだろう、我慢しろ!」
「だから、自分で脱いだんじゃないんですってば……」
僕はルームミラー越しにお巡りさんから睨まれ、窓の外に視線を逸らした。
「……あッ!?」
通り沿いの歩道に、紫の髪をしたケバケバしい女。僕は後ろを振り返った。
「何だ、どうかしたか」
「い、いえ……さっき街中で見かけた、おかしな女の人が……」
「おかしな女?」
「そうです。変な服装の女の人を見かけて、それで車に轢かれ……あれ?」
リヤガラスの奥で遠ざかる街並み、そこに女の姿は無かった。見間違いか?
「嘘でも、もう少しましな作り話をしたらどうなんだ」
「大体、本当に車に轢かれたなら、そんなにピンピンしてるわけないだろ」
僕はシートに座り直し、車窓に視線を戻した。女は再び歩道に立っていた。


車ですれ違い様。紫の長い髪を垂らした女が、凄い顔で僕を睨んでいた。
「な……ッ!?」
「いい加減、静かにしないか!」
「いや、だって」
「ガッ!? ハ……ハヒッ、ハヒヒヒヒッ!」
助手席に座ったお巡りさんが、ガクガクと身体を揺すって笑い声を上げる!
「お、おいおいおい何だ、お前まで!? 脅かすんじゃねえ!」
「ハヒ……何でもない」
運転席のお巡りさんが叫ぶと、助手席のお巡りさんはパタリと笑いを止めてぽつりと言った。運転席のお巡りさんは、ハンドルを握って車を走らせつつ助手席を、それからルームミラー越しに僕を、チラチラと見ている。
何かが、おかしい。僕は冷や汗を流しつつ、助手席の後ろからお巡りさんを見つめた。ガチャリ、ガチャリ……何か物がこすれ合うような音。
「お、おい赤羽ッ! お前その手に、何やってるんだ! おい、止めろ!」
運転席のお巡りさんが狼狽えている。ただならぬ雰囲気に身を縮こまらせる僕に、助手席のお巡りさんが何かを突き出した。拳銃、リボルバーだ!
「えッ、ちょッ、まッ……」
乾いた音が五回響いた。僕は身体を貫く熱さに身を震わせ、自分の血飛沫が飛ぶのを眺めつつ……フロントガラスの向こうで大型トラックが対向車線をはみ出して、僕たちの乗るパトカーに突っ込んでくる様を捉えた。
「うおッ!? うおッ……うおーッ! よ、よせェーッ!?」
僕は片手でドアハンドルを手繰り、もたれる身体の重みで開かれたドアから転げ落ち、唸りを上げるタイヤとクラクションの音を、最後に聞いた。

――――――――――

パトカーの後部座席から放り出された臨が、上半身と頭から血を噴きながらアスファルトと衝突。朱墨の筆めいて、道路に赤く線を描きながら転がる。
その前方で、警官二人を乗せたパトカーが、交差点を斜めに突っ切って走るトラックと正面衝突。トラック運転手は胸を押さえ、泡を噴いていた。
「「「ギャーッ!?」」」
五発の銃声の直後、衝突事故! トラックはパトカーの前方部分を巻き込み滅茶苦茶に破壊しながら、ガードレールに乗り上げ破壊、停止する!
その数メートル手前で、血を撒き散らしてアスファルトを転げる臨が停止!
更にその数メートル手前で、急ブレーキをかけた後続車が次々と停まる!
「チッ、外したか。ちょっとやり過ぎたかしら……」
歩道橋の手摺から見下ろし、様子を窺う女。玄蕃丞子だ! ゴスロリ衣装の肩と胸に開けられた穴は、今や何事も無かったように塞がっている!


路上で鳴り響くクラクションの洪水、立ち往生する車列の片隅で、薄汚れたフランス製スクーターに跨る女が、レッドブル柄のヘルメットのバイザーを上げて顔を覗かせた。パンクファッションの銀髪女、御小柴心だった。
「んだよ、うっせーな……事故か? ああもう面倒臭ェ」
心は気だるげに毒づきつつ、背後を振り返った。前よりも後ろの車が多い。
「前に抜けてった方がはえーな……」
心はシステムヘルメットのバイザーを下ろし、スクーターを慎重に走らせて車の間隙を縫い、車線中央に走り出る。対向車線から車が走って来る気配は皆無だった。完全に往来がシャットアウトされたということだろう。
渋滞する車から冷ややかな視線を浴びつつ、心が車列の前方まで進み出ると悍ましい事故現場が姿を現した。ガードレールに乗り上げた運送トラック、踏み潰されたパトカーの周囲には、ミンチめいた肉片が散らばっていた。
「ワオ。すっげ……今日日ゲームでもここまでバラバラにゃなんねーぜ」
歩道上では、事故を目撃した複数の通行人が嘔吐している。スマホを平然と構え、興奮した口ぶりで実況している者たちも居たが。心は無関心な表情でバイクを走らせ、漆塗りめいたアスファルトのラインに沿って走った。
その先で、肉片のように転がった人型が、ゆっくりと身体を反転させた。
「おおッと」
減速。赤いラインの末端でスクーターが停まると、人型がよろけながら身を起こした。満身創痍に見えて、えらく当たり前のように立ち上がった。
「お、お前……あッ!?」
ヘルメットのバイザーを上げた心の顔を見て、臨もまた驚いた顔を向けた。
「ノゾム、こんなとこで何やってんだ。つーか……何でマッパなんだ?」


【カミ様少女を殺陣祀れ!/27話 おわり】
【次回に続く】

From: slaughtercult
THANK YOU FOR YOUR READING!
SEE YOU NEXT TIME!

頂いた投げ銭は、世界中の奇妙アイテムの収集に使わせていただきます。 メールアドレス & PayPal 窓口 ⇒ slautercult@gmail.com Amazon 窓口 ⇒ https://bit.ly/2XXZdS7