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人生のターニングポイントはいくつも

おはようございます!

ターニングポイントって生きてる内は必ずあって、直面する事もあれば気づかない事もあるんじゃないかと思います。

それは小学生の時から始まっているのか、歳を重ねる程にその直面する機会が増えてきているのか。

人によって様々だと思います。ただ、もし「これが自分の分岐点だ!!!」って分かったり、未来を予測出来たら・・・なんて考えたらどうでしょう?

今の自分と同じ人生を歩んでいると思いますか?

ここが自分の人生を、勝敗を左右する分岐点だぞ!って分かったら間違いを犯さず選択する確率が高くなるのかもしれませんが

YES/NO以外の選択だったら、自分の引き出しは果たして適切な回答を出す事ができるのだろうか。

分岐点だ!って分かっていながらも選択肢を間違えたら、知らないで間違えるよりもダメージが大きいような気がします。笑

未来を予測できる力があったとしたら、子供ながらに自分の未来を伝えられたとすると、とんでもなくつまらない人生になる気がしてなりません。

「○○歳の時にこんな失敗をします」とか「○○歳で成功をするでしょう」とかって何にも面白みがないですよね。

誰かに支配されているような人生とゆうのと変わりないですし。。。

今回何が言いたいかのかとゆうと、ターニングポイントはいくつもあるか何回失敗しても、何回挫折をしてもいいんだとゆう事を話たいなと。

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レールの上を走るだけでは変化に対応できない?

保育園や幼稚園に通い→小学校に通いっ→中学校→高校→大学、専門→社会。

「君はこうゆう仕事に就きなさい!」とか「君はここの学校に通いなさい!」とかって言われた方もいると思います。

後々になって、あの時言う事聞いといてよかったとか。あの時言われたから失敗したんだとか。色んな思いがあると思います。

個人的には小学生の頃から全く親の言う事を聞いてこなかった人間なので歳を重ねる度に、「すべての選択は自己責任だな」なんて思っています。

周りの友達なんかは、ちゃんと高校に通っていたけど、自分は全然通っていない所か留年までして。

今までは周りに自分と同じ人がいるから安心だと思っていたのに突然自分だけ遅れを取っている事に凄く焦っていたのを今でも覚えています。

焦ったのも高校3年生の時。それまで留年したって別にいいじゃんとか、別に学校行く必要なんかないじゃん。なんて思っていました。しかしみんなが卒業していく中自分だけあと1年学校に行かないといけないなんて自分はいつまでこんな事してるんだなんて考えたものです。

そう。「このテスト受けないと留年が決まるよ」とゆうのを参加しませんでした。自分の将来の事なんか一切考えもせず、その時間、その瞬間だけを楽しんでいた代償を与えられた気がしています。

その時は自分のせいとは分かっていながらも気づいたときには自分の人生終わったなって思いました。人生詰んだなーなんて軽ーく考えてたのが、周りの人達の卒業が近づいていくにつれてこんなにとんでもない事をしたんだ自分と思いました。

しかし、生きている内は振り返っても仕方ないのでとりあえず真面目に1年やる事やって卒業をする事だけに標準を絞ってとにかく毎日必死になっていました。と言っても全日制の学校ではなく通信制だったので、普通の事を普通にやっていれば卒業できたのですが。。。

ただ普通の事が出来ていなかった自分にはそれが高いハードルでした。

今思えば、両親には苦労を掛けてしまいましたが、自分にはこの経験が物凄く役に立っていたなと感じます。

叱れたレールはもしかしたら順風満帆な道だったかもしれませんが、あの時レールから脱線した事で、今があるんじゃないかなって思えるので。

その経験は凄く大きかったです。

劣等感のようなものもなく、レールが全てではないとゆうこと。諦めずに進めば何かしらの兆しはどこかにある事を学べた事は、自分の人生に凄く力になっています。

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