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【回顧録】新米斗真ファン、インターネットに出会う。

2000年春、「愛ラブB.I.G.」最終回で本格的に沼落ちしたのをきっかけに、私の「ジャニーズオタク化」が一気に加速します。

今回は、ちょうどnoteで「#はじめてのインターネット」というタグもできたので、私がオタク化する要因の1つとなったインターネットの世界との出会いを中心に書いていこうと思います。

※21年前の記憶を掘り起こしながら書いています。記憶が曖昧ゆえに間違えてるところもあるかもしれません。ご了承の上お読みください。


★★トピックス★★

1.孤独な斗真ファンの世界

2.斗真ファン、インターネットと出会う

★ジャニーズファンとインターネットの関係変遷

3.インターネットが私にくれたもの

★★★★★★★

1.孤独な斗真ファンの世界

斗真さんに本格的に沼落ちした後、斗真さんのレギュラー番組を次々に見始めました。

2000年4月から、TBSで土曜8時に滝沢秀明さんを中心としたジャニーズJr.とデビューして間もない嵐による「ガキバラ帝国」が始まることになりました。もしかしたらと思って見た事前番組で、斗真さんが東京Jr.選抜5人のうちの1人としてレギュラーで出ることを知った私は、初回から見ることができました。
同じ時期、こちらもジャニーズJr.と嵐の番組だった「やったるJ」が終了し、タッキー中心の「music-enta.」が始まりました。こちらは最初斗真さんはメインメンバーにおらず雛壇Jr.だったのですが、回を追うごとに少しずつメインメンバーに入れてもらえるようになりました。
そして、堂本光一さん司会の「ピカイチ」に、渋谷すばるくんに替わって横山裕くん・村上信五くんと一緒に斗真さんもレギュラーを務めるようになりました。こちらはレギュラーになったことに気づくのが遅くなり、途中回から見始めました。

これらの情報源は、新聞のテレビ欄でした。新聞のテレビ欄に「斗真」の文字がないか、関連のありそうな番組をチェックする日々が続きました。

そう、この時は、「テレビ雑誌やアイドル誌を見れば色んな情報が得られる」ことすら知らないくらい、情報難民だったのです。


それと、私の周りには、残念ながら斗真ファンは誰もいませんでした。
私は自分のことをすぐ話したがる性格のため、友人たちに生田斗真のファンになったことを話していました。その時の友人たちの反応は、ほぼ二分しました。「えー!?生田斗真!?別にかっこよくないじゃん!?」 という反応をする友人が半分、「へー」とただひたすらに話を聞いてくれる友人が半分。1人だけ「斗真くんいいよね!」と言ってくれた友人がいました。
ちなみに当時は、私の周りでアイドルはモーニング娘。さん、そしてGLAYさん、L'Arc~en~Cielさんといったバンド系の皆さんが流行っていました。ジャニーズでは、KinKi Kidsの堂本剛さんが圧倒的に大人気でした。
当時中学生だった私。今の子どもたちはどうか分かりませんか、私が10代の頃は「流行ってるものが好きであることこそ正義」のような価値観がありました。だから、生田斗真ファンの私は「圧倒的少数派」。なので、少数派のものが好きだからとからかわれることがまかり通っていました。
私は何を言われても、生田斗真が好きな気持ちは変わりませんでした。友達がお坊っちゃん風だった斗真さんのビジュアルを見て「かっこよくない」と言っても、私はずっと「カッコイイ!」と思っていました。良くも悪くも頑固でマイペースな私の性格は、少数派でもからかわれても、その気持ちを曲げることを良しとしませんでした。

そんな感じで、1人で溢れんばかりの生田斗真への思いを抱えて、「へー」と黙ってひたすら話を聞いてくれる友人たちにここぞとばかりに話しまくってた私。今考えると何て傍迷惑な友人なのだろうと自分に呆れますが、私の友人は器の広い人が多く、そんな私のことを見捨てずにいてくれました。本当にリアルの友人たちには心から感謝しています。
そんな友人の1人が、私にあるものを持ってきてくれたのです。


2.斗真ファン、インターネットと出会う

友人が持ってきてくれたもの。それは、インターネットで見つけた「生田斗真ファンサイト」の内容を印刷してくれたものでした。

当時、インターネットは徐々に普及してきていて、学校の授業でも「調べ学習に使うツール」として使っていました。
家庭でも少しずつインターネット回線を導入する家が増えてきてはいましたが、私の家は当時まだ回線を繋いでいませんでした。
Yahoo!には当時「Yahoo!カテゴリ」というものがあり、そこにYahoo!に登録された公式サイトやファンサイトが細かく分類されて整理されていました。友人は、そこから「生田斗真」のカテゴリに登録されたサイトを見つけて、印刷してくれたのでした。

理科の授業の調べ学習でしか使ったことのなかったインターネットで、まさか斗真さんのことも調べられるなんて!当時の私には衝撃的でした。

更に衝撃的だったのは、ファンサイトに書かれた内容。印刷してきてくれたものには、「やったるJ」で斗真さんや山Pのお母様がクイズのために出演してくださった時の感想が書かれていました。
「私が思ったことと同じことが書かれてる!」
リアルの世界で同じ思いの人に出会えなかった私には、この世界に同じ思いで見てた人がいたというのが、これまた衝撃的でした。

これをきっかけに、私はインターネットの世界にドハマリしました。
本当に傍迷惑なのですが、友人宅でインターネットをさせてもらったり、地元の図書館で30分だけ自由にインターネットを使わせてもらえると分かり使いに行ったり。
そしてそこで、斗真さんファンが集まるファンサイト内の掲示板を見て、最新のお仕事情報や、アイドル誌が「MYOJO」以外にも色々あること、ジャニーズファンの間では「ファン」ではなく「担当」と名乗ること等、様々なことを知っていきました。
また、コンサートや観劇のマナー、そしてインターネットでのマナーについても知りました。コンサートではうちわの規定や上げる高さに気を付けること、舞台の時には名前を叫ぶようなことはしてはいけないこと、インターネットでは、ジャニーズは肖像権が厳しいから画像を載せてはいけないことや、週刊誌や噂による情報は鵜呑みにしないこと。
まだ「メディアリテラシー」という言葉が無かった頃だと思いますが、 インターネット上にいたジャニーズファンの皆さんは、コンサートや観劇のマナーと併せて、インターネットでもなるべく決まりを守って応援しようと、何も知らない私たちにそれらを伝える役目を担ってくださっていました。
ジャニーズファンとしての姿勢の基本を、私はインターネットで教わっていったように思います。


★ジャニーズファンとインターネットの関係変遷

ここで、ジャニーズファンがインターネットとどう付き合ってきたかを、私が見てきた範囲でまとめてみようと思います。「ジャニーズファン」と主語大きくしちゃってますが、あくまでも私が見た範囲でのことですので、個人差があるであろうことを頭に入れて読んでください。

私がインターネットにハマった2000年頃、ジャニーズファンの方たちは、個人でHPを作り、そこをファンサイトにしていました。絵が得意な方はイラストやアイコン、HPのバナーを自分で作っていました。絵を描かない方は、ひたすら文字でコンサートや舞台、雑誌の感想などを書いていました。かなり膨大な文章になることもありましたが、当時ジャニーズの現場に行くことができなかった私には、その詳細なレポートから様子を想像することができる、貴重なツールでした。
また、掲示板もありました。ファンの方がHPの中に誰もが自由に書き込める掲示板を作って、そこで情報交換や感想のやりとりをしていました。

その後、私が高校生になった頃に、「ブログ」がツールとして流行りだします。ファンサイトを運営する方が「日記」という形で使われているものが最初は多かったですが、徐々にファンサイトを持たずにブログだけ書くという方も増えていきました。
実は私も、大学生の頃に初めて「斗真ファンブログ」を作りました。ブログを通じてTwitterのように他のファンの方の存在を知り、読んだりコメントを書き込んだりすることで交流していきました。

そして、2006年頃に私がリアルでの友人に誘われて、当時先進的なSNSサイトだったmixiに入ると、ちょうどmixiに「生田斗真ファンのコミュニティ」ができていました。「コミュニティ」は、mixi利用者の中で興味・関心が同じ人たちが集まるサークルのような場。ここでも情報交換や感想の書き込みがなされました。ブログを通じて存在を知った斗真担の方も何人もいらっしゃいました。

その後、TwitterやFacebook、Instagramといった新たなSNSサイトが普及。ファンもそちらに移っていきました。今は私は主にTwitterで情報集めなどをして、noteはブログの代わりに私の思い余った気持ちを吐き出す場として使わせてもらっています。


3.インターネットが私にくれたもの

インターネットは、リアルで周りに斗真さんのことを好きな人がいなかった私に、情報を得られる場、共感できる場、気持ちを吐き出せる場を与えてくれました。それと同時に、あまりにも無限にインターネットにしがみついてしまうため、両親からはやり過ぎを警戒され、大学生の時には独り暮らしをしていた私用のパソコンをインターネットに繋ぐことを完全に拒否されました(苦笑)今思えば、親の判断は正しかったと思います。多分、自由にインターネットを使えるようにしてたら、インターネット廃人になってたでしょう。(まあパソコンが繋がってなくても、ケータイで見てましたけど……。)

2の最後に、「ジャニーズファンとしての姿勢の基本をインターネットで教わった」と書きましたが、これはコンサート・観劇マナーやメディアリテラシーに関することだけではありません。

「自分が見たものや感じたことを文章で表現する」。詳細なイベントなどのレポートを読みながら、私は「ファンとしての溢れる思いを文章化すればいいんだ」ということを知りました。リアルの友人にも結局ずっと話しまくる傍迷惑な人間でしたが、それだけでなく、ブログを始めるまではノートにその気持ちや見たことをブワァーと書き出していきました。ブログを始めてからも、本人の画像や動画は使えないという条件の中で、どうやったら言いたいことが伝わるかを試行錯誤しました。これは今もそうです。

そして、インターネットを通じて「私の理想のファン像」も見出しました。
インターネットを通じて知った斗真担の皆さんの中には、色んな方がいらっしゃいました。私より年下なのに、インターネットを通じて知り合ったファンの方を頼って高速バスを使いどんどん現場に行く女の子。海外留学をしながら応援してる方。住んでる場所も年齢もバラバラで、斗真さんを応援する言葉の合間から見えるそれぞれの生活も異なるものでした。

そんな中で、私が特に好きだった方がいました。派遣社員として働く方。現場によく足を運んで、詳細なレポートを可愛いイラスト付きでアップしてくださいました。

その方は、応援の言葉が前向きでした。ブログなどを複数見ていると、自分にとっては楽しいと思った番組だったのに、ちょっとした所が気になってネガティブになってしまったファンの方の意見に直面することがあります。そうすると「私は楽しかったのに……気にならなかったのに……」とこちらも暗い気持ちになっていました。そんな時に、例のファンの方のブログを見ると、明るい前向きな言葉が並んでいて、また楽しく応援する気持ちを取り戻せました。もちろん、例えば現場に足を運んで斗真さんの演技が期待されていたほど上手くいっていなかった時に、ネガティブな言葉を言われることもたまにはありました。でも、その後も現場に運んで、ちゃんと斗真さんの成長を見届けてくださり、ポジティブな言葉でその成長の様子を伝えてくださいました。

もう1つ、その方の好きだったところ。それは、斗真さんの姿勢に影響を受けて、自分も夢に向かって勉強したいと、ある分野の専門学校に通い始められたのです。時折伝えられる個人的な専門学校でのお話を読みながら、「ジャニーズファンであると同時に、自分としての生き方もきちんと考えて進めるって素敵だな」と思いました。
今でも、私の憧れのファン像はその方です。前向きな言葉で応援できているか、私自身がやりたいことにも進めているか、不十分なところだらけですが、いつかそんな人に少しでも近づけたらと思っています。


#はじめてのインターネット

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