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<5月と空>おしとやかで気まぐれなものは好きですか

静けさだけが引き立つ。

決して自己主張しない、控えめな雨音。おしとやか、なんていう言葉がこんなにしっくりくる存在もなかなかないな、と、そう思わせるような雨の降り方が、日本の雨には多い気がする。

そうしていつのまにか、心が澄み渡る。

雨にも国民性なんていうものはあるのだろうか。・・・そう書きながら、国民性なんていう社会的な言葉は、雨にはまったく似つかわしくないと思った。

でも、雨が降るたびに感じるどこか懐かしい感じは、歳月が経っても、はたまた時代が変わっても変わらない「何か」の存在を物語っている気がする。それは足もとに根づく「文化」なのかもしれない。雨には文化との親和性がある。

日本の文化には、雨に接して感じる「何か」を彷彿させるものが多い気がする。わび・さびもその1つだし、そんなに高尚ぶらなくても、ドラマやマンガの中にだってその「何か」はそこらじゅうに溢れている。

その「何か」とはなんなのだろう。文化とは、雨がつくりだした何かなのだろうか。それともそこらじゅうに根づいている文化が、雨をそう見えるように描写させているのか。

私は、雨の静けさに心を鎮めたくなって、ゆっくりと丁寧にコーヒーを挽くことにした。こんな時間をゆっくり過ごすのも嫌いではないからだ。

部屋中がコーヒーの香りで充満して、なんだか満たされた気分になり、いつもの椅子に腰かける。

ふと外に目をやると、さっきまですぐそこにいた雨はいつのまにか姿をひそめ、代わりに、うっとおしいほどに若々しい新緑の木々と、表情のない真っ白な空だけがそこに居座っていた。

雨は気まぐれ。それもまた文化、なのかもしれない。

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