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新規事業開発のアジェンダ ~ "第2の柱"を創る ~


第2の柱としての新規事業

私が出会う大企業を中心とした企業発の新規事業開発において、その戦略的位置づけとして多く挙げられるのが「第2の柱」というキーワードです。

既存の事業ドメインに何かしらの問題や将来的なリスクがあり、それを補完する目的で新たな事業を立てるというもので、事業ポートフォリオ的な考え方からきています。

きっかけとなる既存事業領域で起こっていることとしては、

  • 日本の少子高齢化に伴う市場成長の限界 (縮小含む)

  • EVなどに代表される産業構造のディスラプション (自動車関連業界)

  • バリューチェーン / マーケットニーズの変化 (旅行などの仲介業者、従来型メディア企業 etc)

  • 外部環境に対する脆弱性 (コロナ禍のレジャー・交通関連産業)

内需型事業が主体の企業は少子高齢化は大きなネガティブな影響を及ぼす可能性があります。世界的な温暖化対策や規制はガソリン車からEVへのトランジションを促し、その中で日本の自動車サプライチェーンは大幅な見直しを迫られています。情報の非対称性などを事業機会としていた旅行業界のような仲介系サービスなどはユーザの情報アクセスが容易になるにつれ、従来的な提供価値を失いつつあります。そして、直近のコロナはいくつかの業界に巨大な爪痕とトラウマを残し、彼らの事業の不安定さを露呈させました。

このリスクヘッジ的な文脈における新規事業開発にはいくつかの必要条件が存在します。

  1. 第1の柱を補完するほどの事業規模が見込まれること

  2. 第1の柱が倒れた時にドミノ倒しにならないこと

  3. (当然のようですが) その企業が実現できること


「柱」探しはいつも大変

柱になることは鬼滅の刃でも大変なように、多くの企業は「第2の柱」候補を探すのに苦労します。

有名な「イノベーションのジレンマ」が論理的に提示するのは、この大企業が求める事業規模というものは最初から見えるものではない、という点です。

(同理論は書籍が有名ですが、元となった論文は下記の通り "Disruptive Technologies" というタイトルで、この論文が個人的には書籍よりも分かりやすいです)

同理論の中で、大企業は台頭する新興スタートアップ (厳密にはDisruptive Innovation)の脅威に成功企業ほど気づきにくいという構造があります。リーダー企業にとって台頭する新サービスはあまりに規模も既存市場における影響力も小さく、大企業の事業評価軸からすると魅力的でも脅威でもないからです。

しかし、大雪原を転がる小さな雪の粒はいつしか玉になり、気づいた時には巨大な雪崩とも言うべき勢いに発展し、もはやリーダー企業は為す術なくDusruptされてしまいます。

a16z Cryptのトップでもあるクリス・ディクソン氏が有名な言葉を残しています。

The next big thing will start out looking like a toy. (偉大な発明は最初おもちゃに見える)

    (参照リンク

学術界の著名な故クリステンセン教授と、世界の投資シーンで著名なクリス・ディクソンが事前評価の難しさを語るにも関わらず、私の知る多くの企業内プロセスは新たな事業の事前評価にものすごい(余計な)時間をかけています。


ドミノ倒しなんて関係ない ~恋は盲目~

新たな事業ネタの発掘は決して容易ではありません。それが故に可能性を秘めたものに出会った時に企業はそのアイデアに熱狂します。そして、熱狂は人々の目を曇らせます。まさに「恋は盲目」ですね。

曇った目が引き起こす典型的な問題は、「偏執」。

必要条件の2つ目にある「ドミノ倒しにならない」という既存コアビジネスとのバランスといった重要な事業戦略をいとも簡単に無視する結果に陥ることです。

新規事業開発に会社が取り組むという号令がかかった直後であれば、多くの関係者の中にまだ事業ポートフォリオの意識は強く残っています。しかし、優れた(と関係者は信じる)ネタにたどり着くのは容易ではありません。1年経ち、2年経ち、まだ新たな事業の兆しは見えない。声を上げた経営メンバーは取締役会でたびたび問われる進捗への質問に明確な答えが出せないことで焦燥感に駆られ、担当部長は役員から煽られ始めます。雲行きが怪しくなる中で、徐々に当初の目的意識が薄まり始めるのです。

中長期の会社の存続などといった正論を語る雰囲気はなくなり、「今すぐ成果が上がりつつあることを株主始めとする対外的に見せなければならない」という近視眼的な状況に代わっていく、それが典型的な大企業の新規事業開発の現場で起こっていることのようで、取り組み本来の梯子を外された、という経験は特にシリコンバレー駐在員の方々から聞くことが多々あります。

では、なぜ第2の柱を探すことはそれほど難しいのでしょうか。


評価の問題① ~事業の事前評価に優れた人など存在しない~

「第2の柱」の探求にあたり、最大の壁の1つは初期の事業評価プロセスが内包する "矛盾" にあると思っています。

先ほどイノベーションのジレンマを引き合いに出した通り、例えば年商1兆円の大企業にとって5億円の新規事業のタネは文字通り小さすぎる、と評価されがちです。ここで重要なことは、事業担当者および経営者が「馴染みのない新規事業のポテンシャルを正しく評価できるのか」という問いです。補完関係になりうる事業とは、一般的に企業にとってこれまで馴染みの薄い領域である場合が多いです。そのポテンシャルをあーだこーだ評価すること自体、そもそもあまり意味がありません。

では、外部専門家を雇ったり、その業界に多少なりとも経験がある人物が担当すればいいのか。これも "Yes" とは言えません。

大企業の柱になりうる事業は相応な規模を求められると前述しましたが、もし大企業が即座に魅力を感じる程度に市場が顕在化していれば、そこには間違いなく先行者となる大手がいるはずです。そして、その時は通常手遅れ、もしくは参入コストが相応に上がっています。

未だ顕在化していない不確かな潜在的マーケットであれば、シリコンバレー的に述べると「業界の常識に凝り固まった専門家」には獲得しにくいものに当たります。なぜならば、新規事業とは既存の市場支配者が行うビジネスモデル自体の破壊であり、灯台下暗しのことわざ然り、内部からは見えにくいものなのです。既存のビジネスモデルとは「業界常識」の塊で、多くの内部の人はこれに毒されています。

世界の著名な新しいサービス、AmazonもPayPalもTeslaもSpaceXもUberも、みな業界の専門家とはほど遠い起業家によって創られました。

元サンマイクロシステムズ創業者の1人で、現在ヘルステック分野を中心に投資を行うKhosla Ventures創業者のヴィノ・コスラ氏の投資スタンスも同じで、

「ヘルスケア出身の起業家には(ヘルステック分野で)投資しない」

と述べています。


評価の問題② ~理解できることは良いことか?~

もう1つ気を付けなければならないのは、人は理解できることに対するバイアス(贔屓)がかかる、という点です。

想像してみて欲しいのですが、目の前に2つの事業プランがあります。

1つは自身のキャリアで20年ほど携わってきた領域に近い親しみのあるテーマ、もう1つは過去に一切関わりのないテーマで凄さも革新性も一切分からないもの (英語で言う "It's Latin and Greeks" な感じ) 。

どちらに会社のお金を突っ込むかと問われた場合、多くの方は前者を選択すると思います。前者であればステークホルダーに対して自ら説明も出来ます。何よりも、VCのような100に1つ当たることを是としたビジネスモデルと異なり、大企業に所属する新規事業開発担当者は基本的に「失敗は許されない」のではないでしょうか。

この「理解できる事業」こそが新規事業開発では要注意です。前述の通り、世界で新規事業から巨大な利益を上げる投資家や理論研究者はこれを避けます。

また、「ドミノ倒し」という事業ポートフォリオの観点で述べると、内部関係者が理解できるものは既存事業に近く、多くの場合はコア技術、カスタマー、バリューチェーンなどを共有しています。(それが故に「親しみがある」のです。) したがって、技術の陳腐化が起こったり、カスタマーの嗜好性や行動が大きく変わったり、業務プロセスに変革などが起こった場合、既存・新規事業が共倒れしてしまい、一切の補完関係にならなくなってしまいます。

要は、第2の柱になりうる新規事業創造において、初期評価を過度に重視すること自体が矛盾した行為であると言えます。評価担当者が心に留めておくべきことは、「未来は誰にも分からない」ということ。特に経験豊富な経営陣や役職者は評価を行う立場において「分かった気になる」ことが多く、特に気を付ける必要があります。

少しばかりの安心材料として 、世界的トッププレイヤー達の「事業の読み間違い」事例をいくつかご紹介します。


UberとAndreessen Horowitz

世界のトップVCであるa16zは、Uber創業者であるトラヴィス・カラニックからディスカウントも含めた熱烈な投資(してくれという)オファーを受けましたが断りました。

参考リンク


Canvaと100のVCs

世界中のクリエイターに愛用されているCanvaですが、創業者のメラニー・パーキンスは出資者を探す中で100回以上VCから断られたと語っています。

参考リンク


AirbnbとPaul Graham (Y Combinator)

Airbnbの共同創業者であるブライアン・チェスキーがY Combinator創業者であるポール・グラハムに(既に実際にサービスを開始していた)ビジネスプランを聞き、「(サービスを利用している連中は)頭がいかれている "What's wrong with them!?"」と吐き捨てました。(ただ、ポール・グラハムのすごいところはそれでも彼らをY Combinatorのプログラムに参加する許可を出したこと)

参考リンク


Theranosと投資家たち

シリコンバレースタートアップ最大の詐欺事件としてあまりに有名なエリザベス・ホームズ氏のヘルスケアスタートアップであるTheranos社は、ウォルマート創業者のサム・ウォルトマン、メディア王ルパード・マードック、投資一家のティム・ドレイパーなどから投資を受け、時価総額は一時期約1兆円まで上り詰めましたが、実はすべて砂上の楼閣だったことが後々判明しました。

参考リンク


新しいサービスや変革に誰よりも強いアンテナを張っている「専門家」であるVC達ですら、そのサービスアイデアを目の前に未来を正しく評価できないことが多々あるのです。評価・判断はしなければならないのですが、自分たちの判断が「間違っている可能性が多々ある」という前提で意思決定に臨むか否かで組織の命運は大きく変わります。

そして、そんな中でも意思決定をしなければならない企業の新規事業責任者はいったい何を評価するべきでしょうか。これは次回以降に回したいと思います。


バックナンバーはこちら↓
①新規事業開発のアジェンダ ~Foreword~
 https://note.com/skylight_america/n/na3950d664f10


著者: 大山 哲生
役職:Skylight America Inc. CEO
略歴:​大手旅行会社を経て、2007年にスカイライト コンサルティング参画

アメリカ・インドなど海外コンサルティング案件や事業開発に数多く携わった経験を活かし、現在はSkylight Americaの代表として海外関連のコンサルティング事業拡大をリードする。得意領域はプロジェクト型での事業リードと新規事業開発。

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