見出し画像

新規事業開発のアジェンダ ~ 「勝てないパチンコ」の問題 ~


多くの新規事業開発担当者から共通して聞く話の1つに、

”なかなかアイデア / 事業計画への承認がおりない”

というものがあります。

担当する役員クラスに話を聞くと、「新事業案に魅力がない」「事業計画書の質がそもそも低い」という不満を口にして、ひいては「うちの会社には新規事業開発ができる人材がいない」という諦めに近い結論に達します。

前回の第2の柱を創るの中でも記述した通り、事業そのものを事前に評価することは非常に難しいのですが、そこで「誰もが賛成するような素晴らしいアイデア」が出てくることを待ち続け、そこでプロセスが止まっているケースが非常に多くいます。

新規事業開発の停滞理由 ~「勝てないパチンコ」問題~

行動経済学に「勝てないパチンコ」問題というものが、、、おそらくありません(笑)

が、個人的に行動経済学や組織論などに追加しても良いのではないかと考えています。

大手企業が実施する新規事業開発に1つの失敗傾向が見られます。

始めて1~3年くらいを経るにつれ、当初の求心力や気運が低下していくというものです。ちなみにこれは地方自治体が近年競って実施する起業家興しでも見られるのですが、地方自治体と大企業で原因はちょっと異なります。(地方自治体の話はまた別途)

症状は、持ち込まれるアイデアの「質」と「量」の低下という形で表れます。

アイデア「量」の低下 ~ 最大の敵 "Hopeless" ~

新規事業開発は非常に時間がかかるプロセスで、私はいつもクライアントに対して「最終的な果実は10~20年先」と述べています。

取り組みの継続性が求められるのですが、その阻害要因となる前述の気運低下は最初の1~3年目あたりに現れ、最初に「量」の低下から始まります。

持ち込まれるアイデアや事業計画の量の低下は実は検知は用意で、おそらく現場担当者の99%は原因含めて気づいています。理由は多岐に渡るのですが、突き詰めると、事業アイデアを持ち込む側に「やっても無駄」という諦めに近い状態に行き着きます。

自ら素晴らしいと信じ、会社を通じて実現したいわが子のようなビジネスアイデアですが、それは採用されません。やる気のある人は自らのスキル不足や向上余地と捉えて2回、3回と挑戦するのですが、ある時周囲を見て気づくことがあります。それは、参加者のほとんどが持ち込んだビジネスアイデアが採用されていないという事実です。

ここに人は自らの力量を越えた組織の力学、Power Politics(要は社内政治)の匂いを嗅ぎ取ったり、経営陣の新規事業への取り組みに対する疑念を覚えるのです。そして、これは最悪のケースの1つであり、ここでこれまでの参加者は意欲を失って離反していき、新規参加しようとする周辺にも噂は広まり、持ち込まれるビジネスプランが減少するのです。

この反応は非常に人間的で、社会の流行りや人々が熱狂する仕組みを見ると、非常にうまく活用されていることが分かります。

例えばギャンブル。

パチンコなどのギャンブルに人々が熱くなるのは、「たまに勝てる」からです。

優れたリーダーは、新規事業そのものを短期的に生み出そうと厳しく審査をするのでなく、新規事業を生みたいと思う社員自体を創造するための経営アプローチを取ります。

ニンジンをぶら下げるアメリカ、ムチ(鞭?無知?)で叩く日本

世界で最も多く成功するスタートアップやサービスを輩出する場所の1つであるシリコンバレーでは、多くのスタートアップやサービスは失敗に終わりつつも、周囲に「たまに勝つ」奴がチラホラいます。いえ、世界的に見れば非常にたくさんいると表現してもよいエリアかもしれません。

エンジェル投資を受けた、シリーズBで数十億円調達した、果てはIPOでビリオネアになったなど、ハードワークや苦しい時期を乗り切るためのニンジンが目の前にたくさんぶら下がっています。

ここに「失敗を賞賛する」文化のようなものが合わさることで、誤解を恐れずに言うとビジネスにおけるギャンブル依存症が大量発生しているような状態が生まれていると思います。

日本の大企業の新規事業開発現場ではこれと真逆のことがよく起こっています。残念ながら、ニンジンはどこにもぶら下がっていません。

私はローランドベルガーの遠藤功さんが書籍で書かれていた考えが好きなのですが、遠藤さんに言わせると日本企業のマネジメントの源流は家父長制にあるではないか、とのことです。家庭では父親が絶対権力を持ち、言うこと全てに家が従うという完全なるピラミッドによる上下関係が企業統治にも持ち込まれているというのです。もちろん、現在ではなく少し前の話ですが、このDNAは未だ残っていると個人的に思います。

これを欧米では明確にリーダーシップとマネジメントと分類して大学でも教えており、私もStanfordでいくつかのリーダーシップに関する授業を受講しましたが、人間の心理というものが多く題材に扱われてきて目から鱗な内容ばかりでした。

新規事業の持ち込み1つにしても、「仕事なんだからやれ」とか「そんなんじゃダメだ」と鞭(ムチ)を振る審査現場や "教育現場" をよく目にしますが、本当の意味で振り回されているのは組織全体のリーダーシップや組織運営に対する無知(ムチ) なのではないかと皮肉に思うことがたびたびあります。

失敗が大して賞賛されるわけでもなく、本来はそのアイデアを持ち込んだメンバーに感謝の意を伝えるはずの経営層が辛辣な言葉でスキルや思考の未熟さを責め連ねることが続く中、当初はやる気満々な参加者達ですが、1年も経てば着実にモチベーションは削がれていきます。重箱の隅をつつくような審査やフィードバック、多岐に渡る要求事項、サポート体制や背中を後押しする雰囲気もなく組織で徐々に抱える孤独感といったものに心身が疲弊していくのです。

これが1~2年続くと、個人が抱える心理状態は組織全体に波及し、新規事業に対するどんよりとした重い空気みたいなものが全員の潜在意識の中に芽生え始め、活動から徐々に足が遠のき始めるのです。

そして何より、この苦しい時間を乗り越えて「自分のアイデアが会社に採用される」という希望がほとんど見られないのです。シリコンバレーのスタートアップのように資金調達して大々的に世間に発表したり、周囲から賞賛されるなどの機会も希望もなく、ひたすらムチを持つもの達と働く様子は時に悲劇的でもあります。

アイデア「質」の低下 ~羅針盤を失った船~

最初に見られる「量」の低下という症状はボトム領域 (裾野領域) に影響を及ぼします。比較的レベルの高い事業計画を持ち込む層はこの段階ではまだ残っていることが多く、短期的にのみ見れば影響は限定的とも取れます。

量の低下が見られる中で依然として残るのは何度目かの挑戦者といったリピーター達で、傾向としてスキルやモチベーションが高い集団でもあります。

彼らは比較的モチベーションが高く、自律的に取り組む貴重な存在でもあるのですが、本来は挑戦を重ねる中で事業計画スキル等が磨かれていくべきなのですが、失敗する会社の新規事業開発現場ではこの質が低下していきます

何が起こるかというと、挑戦で打ち返され続けるうちに迷いが生じていく傾向にあります。

迷いを生じさせるにはいくつかの条件があるのですが、大体これが多くの企業では当てはまります。

  1. 新規事業に求める明確な基準や要件がそもそも明確化されていない

  2. 会話のフィードバック量が多い (≒ 整理されていないダメ出しが多数)

  3. 企画者は優秀かつ人当たりが良く、2を取り込もうとがんばる

優秀でモチベーションを保ち続けているメンバーは、自分がやりたい/会社でやるべきと当初自らで考えた軸から、「審査で通りそうな案」に寄せていく傾向があります。

これは有名VCのSequoiaもかつて悩まされ、ダグ・リオンとマイク・モーリッツ体制で組織的に克服を図った極めて人間的に自然な反応との闘いでもあるのですが、これを放置すると大変なことになります。

私も何度か持ち込まれた「通りそうな事業プラン」を見たことがあるのですが、まさに彼らの苦悩と迷子になっている様がよく分かりますが、最大の特徴としては優れたビジネスプランが持つシンプルかつ整合の取れた全体バランスがなく、パッチ当てを重ねに重ねたツギハギだらけのものになってしまっていることです。

こういうビジネスプランが徐々に持ち込まれるようになったら要注意です。社内的な忖度がビジネスプラン上の比重を占め始めており、それは事業そのもののマーケット上での魅力を毀損することが常です。そもそも、ツギハギだらけなので事業のコアも提供価値がもはや分からなくなっている場合が多く、最悪なのは持ち込んだ担当者自身がビジネスの魅力を見失ってしまっているのです。

ツギハギプランの問題 ~誰の責任か~

ビジネスプランを迷宮入りさせてしまう最大の原因は、審査やフィードバックを与える側の基準やコーチングスキルです。

思想のない事業案への改善を長々と語られた優秀な担当者は、それを愚直に応えようとするのですが、フィードバックを全て叶えようにもグランドデザインがそもそもフィードバックを与えた側にないので、迷宮入りしていきます。逆に言うと、優れたメンターが整理してくれることでかなり避けられるのですが、審査プロセスに外部専門家やコンサルタントのコストはかけども、このメンタリングのような部分への支援にお金をかける企業は今のところかなり少数派です。

そして、これが最も最悪なケースですが、このプランにGOがかかってしまうことです。審査が「手直し」の要求をしてしまうことの害悪の一つに、プランを直せばOKという暗にメッセージを与えてしまうことです。これは受けてだけでなく、審査する側も一貫性を保つために次回以降にNoが言いにくくなります。

これが審査とメンターを分けたほうが良い理由にもつながるのと同時に、事業ジャッジする人間は細かい指示を与えすぎないほうがいい理由でもあります。

GOがかかることの何が問題か。前述の通り、ツギハギなプランをジャッジ側のメンツ等の事情から妥協的に通過させるというケースですが、一番は誰にもその事業の当事者意識がないことです。会社としては持ち込んだ従業員が事業案の "オーナー" だと思いたいのですが、当事者からすると散々フィードバックや修正要求されたビジネスプランは当初の原型からかけ離れ、自分としては「会社がやりたい事業」と所有意識が希薄化しています。

進めている中で、なんとなく互いに「相手にもっとコミットしてほしい」と感じるような "間に落ちてしまう" 事象が続き、逆に自身のアクセルを踏み込むことに躊躇するようになっていきます。

そして、当たり前ですが、誰も当事者意識を持っておらず、誰もグランドビジョンを総体的に描いていないようなビジネスプランがうまくいくはずがありません。

ここまで来ると、もはやカルチャーレベルが壊れかけているので挽回は非常に難しくなります。それこそ分かりやすく責任者のトップを替えるくらいの社内向けのメッセージを発信し、失われた希望やモチベーションに再度火を付けるような儀式が必要となります。

素晴らしい事業計画書を作れる人の共通項

これまでは事業計画の作成および審査段階に見られる、多くの企業の問題行動やプロセスに焦点を当て、「生まれない原因」について話を展開してきました。

一方で、素晴らしい事業計画が生まれる瞬間に立ち会ったこともあります。そして、それらを持ち込む人に共通する特性があり、それらは特殊な天才が為せる技ではなく、多くの企業や個人が模倣できるものでもあります。

次回はこの「素晴らしい事業計画を作れる人に共通する特徴」を書きたいと思います。

今回もお読みいただいてありがとうございました。

本件に関する議論や相談を個別に希望される企業や個人、メディア関係者の方は、下記までご連絡いただければ幸いです。

info@skylight-america.com


バックナンバーはこちら↓
①新規事業開発のアジェンダ ~Foreword~
https://note.com/skylight_america/n/na3950d664f10
②新規事業開発のアジェンダ ~ "第2の柱"を創る ~
https://note.com/skylight_america/n/nd05c77117146


著者: 大山 哲生
役職:Skylight America Inc. CEO
略歴:​大手旅行会社を経て、2007年にスカイライト コンサルティング参画

アメリカ・インドなど海外コンサルティング案件や事業開発に数多く携わった経験を活かし、現在はSkylight Americaの代表として海外関連のコンサルティング事業拡大をリードする。得意領域はプロジェクト型での事業リードと新規事業開発。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?