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色褪せないで、まだ

ご無沙汰しています。

気付いたら年が明けてから投稿していませんでした。

小説も音楽制作もぼちぼちとやっています。



そんな中、近ごろハマっている音楽について話したいと思ってじっとしていられず急浮上です(笑)。

私は本当に曲に対してのこだわりが強く、好き嫌いも激しく、影響も受けやすいので、流行っている曲を聴くとオリジナル曲作るのに劣等感みたいなのに襲われ無気力みたいになってしまうのです。
素直に聴ける時もあれば天邪鬼みたいに、耳をふさいでしまうことも。

本当に最低、かわいくない(笑)。

いっちょまえのあーてぃすとでもなんでもないのにねー。

なので大ヒット中!という曲があれば、少しブームが落ち着いた頃に聴いたりする始末。
ところが!こんな気難しくかわいくない私でも、今注目されてるアーティストで現在進行形で聴ける音楽があったのです!
それがこの2アーティスト☆

『ヨルシカ』

『優里』


ヨルシカさんは、文学的要素と中性的な声にやられました。

そして優里さん。
実はUruさんきっかけで聴き始めました。
「ドライフラワー」は様々な方がカバーやコピーされていますが、そんな中でUruさんがカバーされたドライフラワーを聴いてどういう訳か、ある思いと光景が去来し途端に涙腺崩壊しました。

その光景というのは、自分の失恋でも想像の失恋でもなく…
私の両親でした。

母達の光景を自分勝手に歌詞の世界に重ねて綴っているので、曲の世界観を大事にしたい方はバックお願いします。



『きっと私たち合わないね』

まず歌詞にあるこの言葉が突き刺さりました。

両親は本当に仲が決して良くなかった。
歌詞の通りに母が父に同じような言葉を投げかけたこともあったようです。


嫌いじゃないの と遠回しに歌いながら最後には

大嫌いだよ      とはっきり歌う


母の大嫌いな父はもういない。

都合良く連絡できないほどに遠いとこへいってしまった。

顔も見ないし声を聞くこともない。

母が「私ばかり」という文句を言う必要が本当になくなった。


それでも喧嘩ばかりで合わない二人の間に、私が産まれたのは紛れもない事実だった。

皮肉なのか神の授けものなのか、なんにせよ不思議なものです。


「多分、君じゃなくてよかった」

今となってはその君じゃなかったら、私は産まれもしなかったんだけどね。


この曲を聴いてまさか、自分の両親を想像するなんて思いもしなかった。
見方がガラリと変わってしまった。
仲の良い両親の間に産まれたらどんな気持ちだったのか。
分からないけど、むやみに傷ついたりしなかったのかな。なんて。


例え喧嘩ばかりだったとしても、嫌い同士だったとしても、過去形でもいいよ。
好きという気持ちが少なからずあったのかもしれない。
じゃないとさ、なんか報われた気がしなくて。

だから
そうだったらいいな。
きっといいな。
好きという気持ちが香ったから一緒になったんだよねって。


そんなほの明るい希望をもたらしてくれる気がしました。
だから寂しいけど温かさを感じられます。
練習して私も弾き語りしてみたいです。


余談だけれど…
何で父と結婚したのと聞くと、母は好きだから結婚したとは絶対言わないし、嫌いじゃなかったから結婚したんじゃない?なんて呑気に言う。
回りくどい。
でも、やっぱり大嫌いとは言うんだよね。
ついでにやっぱり父からも母の事は好きだと聞いたことはなかった。
嫌いだとも聞いたことなかったけど。
知ってるよ、きっと嫌いじゃないって言うんだよ。


あーおかしなの。
二人とも不器用なんだもんね。

いや、自分もか。

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