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意識「他界」系 最終話

公安第一課 第五公安捜査:第8係は、今回渋谷で起きた超自然的大惨事の、最重要人物として小西隼人を追っていた。3件の『怪物による連続通り魔事件』と、周辺も含め現場を録画していた防犯カメラ及び車載カメラ映像を解析した結果、次の結論に達したのだ。

彼の存在が、何らかの「きっかけ」となって、今回の大惨事が起きた可能性がある、と。

捜査は難航するものと思われたが、意外なほどスムーズに進んだ。小西が巨大な黒い蛇の眼球から這い出てくる映像を車載カメラに残していたタクシー。その傍に停まっていた救急車に残っていた患者の名前と住所。そこに彼は居候として匿われていた。

11月11日、正午。完全武装で包囲した警官隊に観念したのか、小西は意外なほど素直に身柄を取り押さえられた。


あれから何日が経過したのだろう。天井にある無影灯を見上げながら小西隼人こと樽町王人は、次の痛みに耐えるために身構えた。

最初は血液検査など普通のものだった。角田というリーダー格の、物凄い口臭の年配男は、徐々に本性を現していった。それは既に身体検査とは名ばかりの人体実験。高圧電流にどこまで耐えられるか。メスで切った傷がどのぐらいで塞がるのか。歯は抜いて生えてくるのか。骨折させて骨がつながるまでの期間はどれくらいか。

「小西君、君は人類を既に超越した! 昨日は青酸カリを服用したのにも関わらず生きている! 一昨日切断した小指も、既に生えている! 今日は何をしよう? 私は生まれて54年、今幸せの絶頂にいる! まさに研究者冥利に尽きる! 感謝する!」興奮して喋るので、角田の唾が王人の顔に掛かる。でもそれを避けることは出来ない。首も手足も、頑丈な鉄製の輪で固定されているのだから。

尚も角田の弁舌は止まらない。「やはり怪物に一度飲み込まれたことで、君の身体には何らかの変化が起きたんだな。君の細胞を研究すれば、人類の不老不死も夢じゃなーーい! 次々に復元していく増殖細胞の謎さえ分かれば、私は人類の救世主になれる! ノーベル賞の可能性だって、ありまーーす!」ドリルを手に持ち嬉々と笑う角田。彼と同じ、モスグリーンの手術着を着た若い男がその耳元で囁く。「先生、流石にこれ以上は…」

「うるさい! こんな貴重なサンプルを簡単に政府になど渡せるか!」

「でも、特殊な病原菌に侵されているという言い訳を、公安の方も疑い出してるようで」

「日本最高レベルの医大の教授に逆らうなど許されるわけないだろうが! 庶民どもが!」

「ではせめて、もう一人の方を」

角田は全裸で寝そべる王人の体をしげしげと見つめながら、急に事務的な声を出した。「あれか、期待外れの方か、再生しない」

「どうしますか? 驚異的な身体能力はともかく、細胞も普通の人間と変わらないし、研究材料としては既に無価値かと」若い男は下卑た笑いを口元に浮かべた。「まあ、我々若い研究員からすれば、もう少し遊ばせてもらいたいのが本音ですが」

「好きにすればいい。君たちは僕と違って女が好きなんだなぁ。寄って集って慰み物にして」

「その辺は教授と趣味が被らなくて良かったです」

「僕は小西君とラブラブだから、ギリギリで殺したりしないよ。でもアッチはそうもいかんだろ? このまま公安に返したら、そりゃ君、大問題だ」

「ですね。散々切り刻んだ挙句、肉便器にしてたなんてバレたら」

首を掻き切るポーズをして、角田はポケットから鍵を取り出した。

「上手く始末を頼むよ。学術的に解剖したら、バラバラになったとか適当に言ってさ」

「ま、何もしなくても、もう廃人ですけどね」分かりましたと鍵を受け取った若い男は、一度身体をびくつかせると、手術台に寝そべる、王人の手の部分に近寄った。

「おい、中村君、何してるんだ? 鍵開けるのはこっちじゃない。あの女刑事の方だろが!」辞めさせようとする角田を、中村と呼ばれた若い男は振り払った。3つ目に差した鍵が、王人の左手を自由にした。

「鍵の在りかさえ分かれば、お前らなんて用は無い。待ってろよ。これ全部外したら、俺にやったこと、全部やってやるからな」王人の首の輪を外しながら、中村が皮肉っぽく笑った。


後で手術室に来た連中は、恐らく3日3晩、飯が喰えなくなるだろう。特に肉が。

乗り移った中村の体で、角田を文字通り切り刻んだ。仕事を終えた中村の脳天には電動ドリルを突き刺してやった。絶命するまで何度も。血と臓物が散乱した手術室を出た王人は、黒く染まった手術着を着て施設の中を走り回った。

王人が作ったホームページに書き込まれていたメッセージ。日付は11月8日未明。

「たすけて」

あれはアンタだろ?

迷っていた心は、警察が来た時固まった。あの女と同じ場所に連れていかれる可能性が高いなら、捕まってみるのも悪くない。何時だって逃げ出せる自信が王人にはあった。

連中の会話で確信が持てた。彼女はここにいる。

クソ女! 何捕まってんだよ! 何処だチクショウ!

施設内には警報が鳴っている。駆け付けた警備員たちに前後を塞がれた王人は右手を突き出し呪文を唱えた。

出現した黒い毛むくじゃらの化け物は、前方の警備員たちに襲い掛かった。後方は、先頭に立っていた男に乗り移って発砲し全滅させた。

ちっ、無傷とはいかないか。

右肩と腹部、それと左足太腿に被弾していた。特に腹部が酷く、夥しい出血。

クソ、目が霞みやがる。にしても、何やってんだ俺は。

覇和威の言葉が思い出される。

「たすけてって言われたってことは、そりゃ誰かに必要とされたってことだろ?」

誰かに必要とされる? 俺が?

「誰かに必要とされてるってことは、お前の人生にも意味があるってことじゃねぇの?」

クソみたいだった人生。意味があるって? 嘘くせぇぞ覇和威。

ま、どうせ一度死んだ命。

必要だって言うなら、くれてやるか。

王人は両肘で床を這った。白いリノリウムの床が血で染まってゆく。


待ってろよ、クソ女。死んでたら、俺が、ブチ殺してやる。




(了)

  







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