福沢諭吉「学問のすゝめ」を読んで

「こんな素晴らしい本が明治時代に書かれていたなんて」
これが読んだ直後の率直な感想であった。
社会人2年目の頃に自己啓発本などを読み始めたのが最初、5年間ほど本を読んできている。自己啓発本は、最近でこそ読まなくなったがそれなりの数を読んできた。でも、正直今まで読んだどの本よりも必死さというか、メッセージ性というか、訴えかけてくるものを感じた。迫力と言っても差し支えないような、熱量を感じた。
名前だけは国民全員知っている本ではあるが、まさかこんなに名著だったとは。きっかけは青空文庫のランキングを見て思いつきで読み始めただけなのだが、本当に読んでよかった。

著者は福沢諭吉。最初は蘭学に従事するも、横浜に出た際に使われているのはオランダ語ではなく英語であることに驚き独学で英語を勉強。その後渡米や渡欧などもして海外の実情を知った人物。慶應義塾の設立者でもあり、教育者としてかなり優秀な人物。
時代としても鎖国が解かれたばかりという中で、数少ない異国の地を跨いで世の中を見てきた福沢諭吉が、国のためを考えて記した言葉の説得力は、他のどんな本よりも重いのではないだろうか。

本書の中で最も有名な箇所。「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」。今回は、敢えてこの文には触れない。確かにこの文も、福沢諭吉が言いたいことを端的に示している名文ではあるが、個人的にはもっと感銘を受けた箇所があったためそれについて話していきたい。

愚民の上に苛き政府あれば、良民の上には良き政府あるの理なり。ゆえにこの国においてもこの人民ありてこの政治あるなり。

福沢諭吉,学問のすゝめ.

まず気になったのはこの文章であった。学問のすゝめを解釈する上で「人を平等とするものは学問である」といったような文言よくを目にする。確かにそれはその通りだと思うが、福沢諭吉はもっと強いメッセージを上記の引用文で訴えているように見える。福沢はもともと蘭学を学んだが実際には英語がよく使われている現状を知るなど、当時の日本と世界とのギャップを目の当たりにした、当時の人の中では稀有な人物であった。そんな人物が教育に力を入れて、このような発信をした背景には強い危機感が読み取れる。日本という国が成長しなければ、日本は外国に支配されてしまう。しかし長年門戸を閉ざしてきた日本において、身分制度が浸透しすぎていた日本において、この危機感を全国に共有することはかなり困難であることは想像に難くない。こういった表現がいろいろなところで繰り返されていることからも、本書をただの自己啓発本として捉えるのは少し勿体無い気がするのだ。この国のことを考えた鬼気迫るような訴えの強さが、この本が現在まで読み継がれる所以とも言えるのではないか。

ゆえに文明の事を行う者は私立の人民にして、その文明を護する者は政府なり。これをもって一国の人民あたかもその文明を私有し、これを競いこれを争い、これを羨みこれを誇り、国に一の美事あれば全国の人民手を拍ちて快と称し、ただ他国に先鞭を着けられんことを恐るるのみ。

福沢諭吉,学問のすゝめ.

先ほどの引用を含めて学問のすゝめの訴えには、主語は違えど今の社会に通ずるものがある。
先ほどの引用で取り上げた「愚民の上に苛き政府」という表現。私もそうだが組織に対して不平不満をどうしても言ってしまうことがある。しかし、そう言った時位は、組織を作り上げている要素の一つに自分がいるという前提を無視しているという事実がある。私も組織に属するサラリーマンだが、上記の引用でいえば私は「文明の事を行う私立の人民」である。それを護っている人に対して不満を抱いてしまうこともあるが、それは私自身が愚民であるということを暗に示しているとも言えるのではないだろうか。要は組織を形作っているのは平民であり、組織に色付けをするのも平民ということである。福沢諭吉は国を発展させるのは国民で、国が発展するには国民一人ひとりが学問を習得して成長することが必要と言っている。それは今日でいう会社などの組織にそっくり当てはまることと思う。明治時代には、これを国民全員に言わなければ外国に支配されてしまう危機的状況であった。今は自己啓発本やセミナー、会社の研修など、色々なところでこのようなことは言われているが、結局今も昔も社会にとって必要なことは変わっておらず、歴史などの過去の事物から今を知ることは重要なのだと感じた。

今回は、私が感じた福沢諭吉の伝えたいことを象徴している箇所を2ヶ所取り上げた。この本は13編で構成されており、内容はマクロ的なところからスピイチの重要性など具体的な内容も含まれているが、その時の状況や社会の変化によって注目すべきところが変わるであろう。とにかく、この本の魅力は、福沢諭吉という文明開花の一端を担った偉人が、これからの日本を考えて危機感を持って訴えているという、強い説得力にあると思う。内容としては今ある色々な本で言われていることと類似しているところもあるが、この本を読むことでしか得られないエネルギーや示唆が得られると、私は感じた。


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