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「レペゼン母」の感想※ネタバレあり

本書の概要

 主人公である「深見明子」は、昔に夫と死別し梅農家を営んでいる。明子には二度の離婚をし、借金を抱えて、三度目の妻を置いて消えた息子「雄大」がいる。そして梅農家には雄大の三度目の妻である「沙羅」。沙羅は大のヒップホップ好きで、沙羅を通して明子はヒップホップの世界に足を踏み込んでいく。ヒップホップの世界に足を踏み込んだ明子はある日、雄大がラップバトルの大会に出ることを知る。長らく会っていない息子と相見えるため、明子はラップバトルに参加することを決意する。

感想

 本書を読んで、おそらく多くの人が感じること(無論私も感じたこと)は、「良い親子の在り方」とはなんだろう?ということだと思う。
 明子は、雄大が幼い頃に夫と死別した。梅農家の経営に子育てに必死に生きてきた明子はとにかく必死だった。仕事が忙しく、雄大と一緒に食卓を囲めないことも多かった。そんな必死な中、雄大は色々な問題を起こす。その度に明子は「父親は立派な人だったのに」「なんであなたはそんななの」と感じ、叱っていた。
 明子は亡き父親の姿を息子に投影し、父親のような立派な人間にしたいと思っており、それができない母親としての自分を卑下していたのだ。そして、明子は必死に頑張っている自分にフォーカスが当たっていることから、雄大は「自分と向き合ってもらえていない」と感じてしまっていた。そのため、雄大はグレてしまっていた原因の一つであったことがラップバトルのフロウでわかる。

ていうか わかろうとしたことなんてあったか?
俺の話マジで聞こうとしたことなんてなかっただろ
宇野碧:レペゼン母.講談社, 2022,p255
ずっとずっと比べてきただろ?
父親に比べて劣ってるって
俺が自分のままでいたら いつまでも越えられるはずないんだよ
勝てるわけないだろ 死んで美化された人間なんかに
宇野碧:レペゼン母.講談社, 2022,p259
俺は俺をすげえ奴だって思いたいんだよ わかるか
あんたが思わせてくれなかったからだよ
宇野碧:レペゼン母.講談社, 2022,p258

あくまでこのラップバトルの中から読み取れることだけだが、雄大が欲していたものは、「アイデンティティ」だと思う。
明子の子供として、唯一無二の存在であることを実感できなかった、親子という人間関係の中で承認を得られなかったために、良いアイデンティティが形成されなかった。承認欲求が満たされなかったことから、色々なことに手を出すが、そこでも承認を得られずにすぐ辞めてしまう。もしかしたら、離婚を繰り返していたのも、アイデンティティを求めていてのことだったのかもしれない。

上記のフロウを受けて明子は雄大を一人の人間として認めることを決めた。親子としてではなく、一人の人間として。

全部やるのはあんた自身
自信と人生 作るのは自分
だからここで切るへその緒
私はおかんをやめる
さよならや 私のたった一人の息子
さよなら 雄大
宇野碧:レペゼン母.講談社, 2022,p261

 果たして、理想の親子の形とはなんだろうか。
 私自身は、親とこれといったいざこざもなく、年に何度か実家に帰るいわゆる仲のいい親子だと思う。なので、正直この話に共感はできなかった。でも確かに、私の親は私の人間関係、趣味、夢などに干渉をしてこなかったし否定もされなかった。なので、親子関係がうまくいっているのかもしれないと、本書を読んで感じる。
 要は、一人の人間として尊重すること(たとえ子供が幼くても)、アイデンティティの形成が促進されるようによく褒めよく話すこと。そういったことが親子関係には必要なのだと感じる。
 明子VS雄大のラップバトル以降、雄大と明子が電話で会話している姿や、明子が雄大を信頼しているような描写が描かれている。つまり、一人の人間として尊重することは、親子関係では特に必要不可欠なのではないか。それさえあれば、親子の表面上の形態はある程度どのような形でも良いのではないかと感じた。

 本書は、ラップバトルというキャッチーな題材で、上記のような示唆を与えてくれた。文字も少なく文章も綺麗で読みやすい本である。あまり本を読まない人にも、小説の入門書としておすすめできる一冊であった。

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