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夜桜を見ながら完了を感じる

夕方。在宅ワークの夫の仕事終わりを待って、夜桜を見に徒歩1分の場所から駅まで散歩した。夜桜の不思議な力で頭に大きく“完了”という2文字が並んでいるコーチで彫金作家のぐっちです。

素人の私には、夜の桜を撮影するのは難しく、オートのカメラモードは、どれがいいのかガチャガチャ変えまくった結果、それらしく撮れた写真だけをアップしてみたい。夜桜は三脚がないとほとんど手ブレの写真ばかりで難易度が高いことを改めて知る。

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たびたび花について触れているけど、桜は私にとって特別な花だ。

去年の今頃、出産のために福岡に帰っていた。ロックダウン?都市封鎖?飛行機乗れない?さまざまな不安を抱えつつ、3月上旬。なんとか帰省して、そこから田舎で疎開のような臨月の1ヶ月を送っていた。

忘れもしない。1回目の緊急事態宣言が発令された日に、次女を帝王切開で出産した。産んだ日の夜、ひとりぽっちの病室で安倍首相の会見を見て胸もお腹も痛めていた。

入院する日の午前中。桜が満開に咲き乱れる日。長女と父と、車で少し行った桜が綺麗な公園に行って、

8日間ママいないけど、赤ちゃん連れて帰ってくるから、ちょっと待っててほしい。

そんな説明したことを、昨日のことのように思い出す。

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なんとなく事態を把握して、寂しそうな様子の2歳半の娘のことがいじらしく、私も離れたくなくて、複雑な心境だった。

そこから、月日が流れて1年。3人家族から4人家族になり、コーチングを真剣に学んで学んで、寝ても覚めてもコーチングだったというぐらい、育児とコーチングを、ブルドーザーのように力づくで推し進めてきた1年だった。新しいOSをインストールした感覚で、もう以前と同じ物の見方はできなくなったというのがリアルな感覚だ。

桜を見ると、ちょうどそんな1年前のまさに始まりを思い出す。

この1年で0から100に満たして、少し太くなって年輪を重ねた桜の幹のような感覚だ。積み上げてきた100は、0に戻って、またここから新しいステージで100を目指して、幹を太くしていく。

今のリアルはこんな感覚。

・1年前はまだお腹の中にいた次女
・離れ離れになる時が刻々と近づいていることを察して寂しがる長女
・得体のしれないウイルスによって次いつ会えるかわからない東京にいる夫

1年前は不安でいっぱいだった。そこから1年。こうやって4人でふらり夜の散歩に出かけて近所の桜を眺められる今がとても幸せだと感じると同時に、何か大きな“完了”を感じて、胸が熱くなって帰ってきた。

夜の桜は、しっとり完了を感じさせる。この1年を振り返って、大きな節目の年だったと思いながら、自分の意思で完了させたいと思う。

今週末。人があまりいないマニアックな桜スポットを探して昼の桜を見に行こう。昼の桜は、出発のイメージだ。次に進む可能性を体いっぱい感じてこようと思う。完了して、はじまる。そんなことを感じた、3月の夜桜だった。

数字で見える応援が、日々の励みとなります。一瞬でも、あなたの人生に何かハッピーをお届けできたらこれほど嬉しいことはありません。