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月の光が人を焼く

 私を縛る縄が痛いけど、舌の感覚もなくなったから言えなかった。
 殴られすぎて頭がパンパンに膨れてぼーっとしてきた時、事務所のドアが開いた。
「待たせたな」
 とても背の高いムキムキな黒人が入ってきた。私の首なんか簡単にもぎ取れると思う。
「おっ、ゴリラケーキ。よく来たな」
 チビハゲが血だらけの革手袋を床に放って言った。
 黒人は私に近づいた。顔をじっと見てから、私の涙を拭った。殺しに慣れた人の目だった。
「大分ひどくやったな」
「ああ。全然居場所をしゃべらないからさ、俺はもうヘトヘト」
「高校生にしては、大した孝行娘だな」
 チビハゲはソファーに倒れ込み、タバコを吸い始めた。
「ミヅキちゃんはこれから、この人を親父さんのところへ案内してもらう。その後はこの人がなんとかするから」
 黒人は懐から注射器を取り出すと、私の腕に突き刺した。冷たいものが体中に広がっていく感じがした。
「これはナノマシンだ。保険さ。おれが死ぬと、嬢ちゃんも死ぬ。遠く離れすぎても死ぬ。そういう、恋人みたいな仕組みなんだ」
 黒人はニコリと笑った。白く尖った歯だった。そして縄を千切り私を開放した。
「ソファーを開けてやれ。お姫様が眠りたいそうだ」
 チビハゲは舌打ちして、奥の部屋に消えた。
 黒人は私をソファーに寝かせると、別の注射を打った。麻酔なのか、顔のひどい痛みはすぐに消えた。
「朝になったら出発する。それまでゆっくり眠ることだ」
 そう言って上着を被せてきた。自分は椅子で仮眠を取るらしい。
 黒人がぼそりと続けた。
「本当、日本を滅ぼした男の子供だとは思えない。極悪人の父親のせいでここまで痛い目に遭うとはな。本当にえらいよ、嬢ちゃん」
 無視する。
 私は決意する。絶対にパパを殺させはしない。今度は私が守る番。
 窓から夜空を見上げた。満月まであと5日。その日まで生き残れれば、私は奴らを殺せるようになる。私とパパの勝ち。
 まぶたを閉じる。

(続く)

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