そしてあの子はいなくなる
昼過ぎに玄関のチャイムが鳴った。
家事を終えたばかりのアリアが玄関の戸を開けると、黒いジャケットを着た大男が立ち塞がっていた。
「ダイモン……」絞り出すような声でアリアは言った。
茶と菓子をテーブルに置く。そばには、夫が買ってきた花が花瓶に生けられている。
ダイモンはソファに腰を静かに下ろすと、ジャケットの胸をはだけた。
アリアはそれを見た。
むき出しの皮膚に、窪みが14。うち2ツには黒い艶のない石が嵌められている。
「もう2人も……誰と誰を」
「1人目はガニア、2人目は与三郎と名乗っていた」
アリアは目を伏せる。
「そう」
「でも、ガニアはしょうがないかな。でも、どうしてさぶちゃんを。あの人はそんなことする性格じゃないわ」
「頼まれたのさ。もしそうなったら恐ろしいから、とな」
アリアは何も言えなかった。
沈黙があった。
「子供がいるようだな」
窓から差し込んだ光が、壁の家族写真を照らしている。
「もう5歳になるの。今は幼稚園の時間で……名前は優太。優しい子なの。ねぇ、この子は――」
「他人の子供はどうでもいいらしいな」
ダイモンの鋭い眼光がアリアを貫く。唇からひゅっと息が漏れる。
「聞こえないのか。8人の子供の声が」
「……」
「だからこそ、おれが今、ここに、いるのだ」
アリアは弾かれたようにダイモンにすがりつく。
「やめてっ、日曜日は優太の誕生日なの」
「1ヶ月待とう」
「えっ」
「週末までとは言わずに、1ヶ月。ただし、これ以上の殺しをしないのならば。それに、急いだところで死人が蘇ることはない」
そう言ってダイモンは立ち上がった。アリアは慌てて後を追う。
ダイモンは玄関の扉を開けた。
無防備な背中。
殺るなら今/まだ。
がちゃりと戸が閉じると同時に、アリアは膝から崩れ落ちた。左手で硬質化した右手をぎゅうと抑えたまま。
夜。
高級住宅街の一軒、屋根に座る黒影が、ただその時を待っていた。
(続く)