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小説『生物失格』 1章、英雄不在の吸血鬼。(Episode 2)

1話目はこちらから。

Episode 2:英雄不在の日常生活。

「おいしーいっ!」
「それは何より」
 すっかり目が覚めた(というより覚めさせた)カナは、満面の笑みで朝飯をぱくぱく食べている。
 トーストにハムエッグと、少々の野菜。オーソドックスな誰でも作れる朝ご飯だ。カナの爆発的なエネルギーに見合う量であるかは分からないが、美味しそうに食べてくれるのならそれで良い。

「こんな美味しいもの作れるの天才じゃない!?」
「……いやいや、それでもないさ」
 誰でも何でも作れるわけではない。人には誰しも得手不得手はある。
 例えば自分は、料理はする。但し、どちらかと言えば不得手な部類だ。
 包丁をちゃんと扱わないと、指を切り落としかねないリスクがあるのだ。
 何せ、自分には。今ここでトラックで跳ねられても平気の平左で立ち上がる|(足の骨さえ折れていなければ)ことができる程、本当に痛覚が無い。
 包丁で手を切ったとしても、血が小川のように漏れ出ても何も感じない。慌てもしないのだ。たとえ指を切り落としたとしてもどうせ気付かないのだろう。そしてカナが「うわーっ!! 血! 血ぃっ!!」と叫んで医者に通報してくれるところまで想像した。
 ……よく考えなくても最悪な想像だった。
 ちなみにカナはと言えば、料理は完全な不得手――いや、『不可能』だった。
 有り得ない程の刃物恐怖症、かつ炎恐怖症なのだ――過去に起きた、ある事件のせいで。間違いなく生きるのに向いていないが、別にそれらを使うものは自分が代わりにやるから問題ない。
 そんなカナは興奮冷めやらぬご様子でございまして。
「お店開こうよ! 稼げるよ!」
「そのレベルじゃないだろ、流石に。アレだ、『カナフィルター』がかかってるんだ」
「かかってないもん! 事実だもんっ!」
 ぷくっと頬を膨らませるカナ。可愛い奴め。ほっぺをツンツン突いてやりたかったが、流石にやめておいた。
 『店は開きたい』とまで行かなくとも、お金を稼ぎたいのは事実。今は『非人道的経緯』で得た貯蓄があるのでどうにか生きていけるが、それでも限度がある。
 資本主義というのは合理的かつ残酷なシステムだ。平等な手段で平等な扱いを人に強制したことで、世の中が論理上は破綻せずに回るようになった。しかし一方、――子供も大人も、金無くしては生きられない。金の無いものは飢餓によって歯牙にもかけられず死ぬか、死刑によってしけた終わりを迎えるかしかない。
 だが生憎、自分もカナも中学3年生。金を稼ごうにも働けば児童労働だと周囲から非難される。
 助ける気もない癖に、口だけは達者な大人達め――などと恨んでも仕方ないことだけど。
 そう、周囲は非難するばかり。さもなくば、憐憫(れんびん)を向けるまでだ。何故なら人間は、自分が面倒事を背負いたくない、という自己中心的で自分本位な考えをするものだからだ。
 進んで困った人を助けるなんて、なんと美しく愚かなことか――と思っている。口には出さないが。
 それを分からない人は――いや、分からないからこそ、援けの手を出すべき(と周りが思い込んでいる)存在が手を差し伸べねば、非難するのだ。又は、簡便かつ非実用的な『慰め』という行為を選択する。
 だから、世界は『英雄』という都合の良いものを望むのだろう。援けの手を差し伸べる絶対的な存在。
 一度登場すれば、周りの皆が馬鹿みたいに褒め称えるのはそのためだ。逆に、役に立たなかったり手を差し伸べたりしなければ、『英雄』は一転して『悪人』に変わる。そして責め立てるか強制労働をさせるのだ。自分本位で自己中心的の極みではないか。

 ……もし『英雄』なんて存在がいたならば、今の生活はもっとマシになっていただろうか――と自分だって考えたことはある。
 しかし、世界の方も無い袖は振れない。『英雄』という在庫が無ければ売り出せない。そして『英雄』は存在しないことを、自分は知っている。存在しているなら自分達は――自分とカナはとっくに救われている。
 だから、自分達で何とかするしかないのだ。
「……えーた?」
 ……と、心配そうに声をかけてくるカナ。
 しまった。そんなに深刻な顔をしていたか。何事も無かったかのように流そう。
「……何でもないよ」
「嘘だー! その顔絶対何かあったー!」
「さあ、そろそろ学校行く時間だぞ」
「話題を逸らすなーっ!」
 本筋逸らしと話の打ち切りは自分の得意技だ。完全に嫌な奴だった。
 それでも話題は逸らすことにした。こんなつまらない話をカナにしても仕方ない。
「ほら、遅刻したら先生にねちねち叱られるぞ」
「……うぅ、それも嫌だ」
 と『キラーワード』を出して、朝食をさっさと食べ終えて出発することにした。

 ――これが、いつもの風景、いつもの朝食。
 話は前へ一向に進まず、進ませない。
 これで良いのだ。
 小説のような刺激は、小説の中だけで十分。現実世界であんな刺激があったら傍迷惑もいいところだ。
 そう。
 日常を謳歌することの何が悪いというのだ。


次の話へ。

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