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小説『生物失格』 3章、封切る身。(Episode 18)

目次
前話

Episode 18:ピリオド。

 ビスタが吼える。咆哮で奮い立たせた筋肉が盛り上がり、カナの方へ向けて跳躍。
「っ、おいおい冗談じゃねえって!」
 カナを抱えた鐡牢が横に飛んで逃げる。ビスタの爪は標的を喪い、テントの壁をざくりと裂いた。自らの過ごしてきた青いテントの壁を。
 再び吼えて地面を思い切り肢で叩く。ぐちゃりと音が鳴った。奇季の肉片が粉々になる音だった。血と肉片が辺りに飛び散る。鉄臭さが獣臭さを増長して吐き気を催す。吐いている場合ではない。
「おいおい~、逃げんなよォ~! 何だ、鬼ごっこでもしたいのかァ~?」
 奇異な笑いを上げながら、曲弦師が指を器用に動かす。また、カナを抱える鐡牢に襲い掛かる。何なんだ、何でカナをそこまで執拗に追い回す――。
「いいぜェ~! 、追い回してやるよォ~!」
 ……。
「怒ってるね☆」
 ピエロが声をかけてくる。うぜえ、殺すぞ糞アマ。
 ……っ、あああっ!! クソが! 対峙すると見てしまう、呪いの目を! それでもこの目に呑まれ切らないのは幸いか!
「お~怖い怖い☆」お道化て両手を上げやがる。「でもさ、仕方ないじゃない――その死城の血を流して生を受けた以上、こうなることを覚悟するべきなんじゃないのかな?」
「自分には関係ないだろ――主語を勝手に大きくするな」
 『汚辱』――嘗て死城家の起こした、世界的テロリズム。英語でも『The Contamination』と冠詞付きの単語一語で表される程に有名になり過ぎた人災だ。
 この世にありとあらゆる呪いを振り撒き、全世界を混乱の渦に叩き落した人的災害。目的は世界的には不明とされているが、自分は知っている。口に出したくもないが――それだけ、自分にとりくだらない理由なのだ。
 そして、そのテロに自分は関わっていない。あの時は自分の呪いすら発現しておらず、従って他者に影響を及ぼすことなんてできる筈がなかったからだ。
 呪いの存在、死城家。いるだけで厄災を蔓延させる、失格の烙印を捺された者達。
 ピエロの目が合った人間を問答無用で懐柔させるのも、曲弦師の夜にだけ体が元に戻るのも、自分の体に傷をつけまくったあの快楽殺人鬼も、全て死城の置き土産。
 その死城家は、――この自分を残して。
 だから自然、世界中に積み上げた借金怨恨を末代の自分が返済する責任を取ることになっていた。今もこうして、返済責任を迫られている。
 何が責任だ。過去の誰だか知らない奴らの禍根を押し付けられて、自分の方が困っているんだ。
「関係大有りでしょ。君、死城家の末裔なんだからさあ!」
 心を見透かした様にピエロが言う。

 自分は、ただ平穏無事に過ごしたいだけなのに。
 彼女のカナと仲睦まじく過ごせればいいのに。
 どうして世界は――過去と現在は、自分達の未来を邪魔するのだろうか。
 死城家の末裔というだけで。

 だから嫌いなのだ。実家も、この呪いも。この自分の苗字すら。この世界の殆ど全てが、嫌いで嫌いで仕方がない。
 本当に、一度全て滅んで仕舞えばいいのに。

「く、そっ!」
 鐡牢は今も避け続けていた。ありがたいことにしぶとく逃げ延びてくれていた。が、いつまでもそうなったままばかりではいられないだろう。
「……じれったいなァ~」
 曲弦師の口から舌打ちが響く。指の動きが更に増える。
「って、おいおいマジかよ!?」
 鐡牢が叫んだ――カナが、鐡牢の腕を離れて宙を浮いてやがる。
 いや、違う。糸で四肢を器用に縛り、カナを操っているのだ! すたり、と着地をさせられる気絶したままのカナ。目の前には、気を違えたライオン。
 勝敗の見えた殺戮ゲーム
 ……させるかよ。させてたまるか!
「っ、少年!?」
 鐡牢の声が聞こえた。聞こえた気がした。もうどっちでもよかった。怒りが自分の頭に満ちていて、もう人の話を聞けそうになかった。
 ああ、そうかよ。
 そんなに自分に絶望を与えて殺したいか。大切な人を目の前で殺して、それから絶望の最中にいる自分を嬲ってお楽しみって訳か。
 お前らはそれを望んでいやがるってことだな。
 させるか。
 させるかってんだよ。

 この世界は、
 
 それに自分はもう言った筈だ――勝手に主語を決めるんじゃねえ。

 走る。走って走って走る。
 地面を蹴って腕を振ってなりふり構わず血眼で。脚だけをひたすら動かして。

 カナに飛び掛かるビスタの前に立ち塞がって。
 ビスタの爪を――の爪を、自分の肩に受けた。

 関節を貫く異物感を感じる。服がジワリと赤黒く濡れていくのも。何かの悲鳴と、嘲笑が響く。構うものか。お前らに何を言われたところで。
 獣は焦点の合わない目で睨む。だらりと垂れた舌から更に涎が垂れて頬に落ちる。
 獣の臭いがした。鼻をつまみたくなるような、野蛮な臭い。

 ここまで来たら、やるしかない。
 何がどうあれ――お前を倒さねば。
 自分はカナと生きられればそれでいい。所詮、お前が死のうが生きようが、関係ないのだから。
 そう、関係ないのだから。

 だから、なあ。ビスタ――百獣の王。
 すまないが、お前との信頼関係はここまでだ。

 ポケットに手をやった。バラバラにされた奇季から貰った、フォールディングナイフを手に取る。
 パチリ、と刃を出した。お前を殺す為に。

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