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小説『生物失格』 3章、封切る身。(Episode 5)

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目次

Episode 5:サーカスデート。暗転。

「――167番!」

 果たしてピエロが読み上げた番号は、まさしく自分たちの数字であって。
「あ、あ」
 横を向くと、紙を手にカナが体を震わせていた。他でもない、歓喜で。
「さてさてー☆ 当たった幸運なお客さんは――」
「はい、はいっ!」
 飛び跳ねん勢いで元気よく手を挙げるカナ。可愛くて大変よろしい。それには思わずピエロも笑顔になって、手を振りながら告げた。
「お、そこの可愛らしいお嬢ちゃんね☆ おめでとうー!」
 会場から拍手が湧く。温かい拍手に顔を赤くしながら、えへへ、と照れるカナ。そのまま「えーた!」とハイタッチを求めてくるので、それに応えてあげた。
 ……今は、このカナの可愛さに浸ろう。
 あのピエロに会ってから狂った世界認識を正し、自分の元々の世界認識の仕方を確かめる様に、カナの魅力を再認識し続けよう。
「じゃあ、お嬢ちゃん! ちょっと遠いけど、こっちまで来てもらえるかなー?」
「はい、行きますっ!」
 ごめんなさい、と言いながら人の前を通り、舞台へ通じる通路に出ると、喜び勇んで走っていく。
 カナが舞台に足を踏み入れた。嬉しさと興奮で顔が紅潮している。
「さあ、お嬢さん! お名前は?」
かなです! 火殻ほがら哉!」
「カナちゃんね! 元気のいい挨拶ありがとう☆ じゃあカナちゃん、これから簡単なお手伝いをしてもらおうと思うの」
 カナの両手をピエロが握る。カナの顔に少し緊張が走った。簡単なお手伝いとは言え演目の最中だから、失敗はできないとでも思っているのだろうか。そういうところは変に真面目なのだ。
 しかし流石はピエロ、長年の経験から察したのか、笑顔を浮かべて柔らかい声で助言する。
「大丈夫よ、全然難しくないから。失敗しないように、私達もフォローするからね」
 ピエロの配慮に和らいだらしく、「はい!」とカナは元気よく頷いた。
 それからピエロは観客に向き直り大仰に手を広げる。
「よしよし! じゃあ、皆さん☆ お手伝いしてもらうカナちゃんに大きな拍手をー!」
 喝采。
 自分も当然。
 ……ピエロのことを『優しい』と評価する辺りはまだおかしいが、カナへの好意を抱く平常運転に戻りつつある。
 ――急激な変化は忘れることが容易い。ルーティーンを繰り返していればいずれ治っていくものだ。感覚の維持或いは変化の本質は、反復による順応である。例として洗脳が分かりやすい。急激な変化を与え続けて今までの標準を洗い流してしまうことで、人間は新しい標準を当然のものとして受け入れていく。逆に、急激な変化を避けて日課の如き感覚を繰り返していけば、何事も変わらず洗脳なんてされないのだ。
 ……閑話休題それはさておき。マジシャンの手にトランプの山札。ここからマジシャンの進行に移るようで、彼女が口を開く。
「じゃあ、カナちゃん! 今からこのトランプをシャッフルするから、好きなところでストップって言ってくれるかな?」
「え、あ、はいっ!」
 カナが返事をすると、マジシャンがシャッフルを始める。10回くらいカードを切った時、カナが「ストップ!」と言った。言うなりにピタリとシャッフルが止まり、カードの山を整える。
「そうしたら、一番上のカードを取って貰えるかしら?」
「はいっ!」
 元気よく先生に返事する様に応えるカナ。恐る恐る手に取ったのを確認し、マジシャンが「そのカードを見せてね」と言うので、カードを開示した。
「お、ハートのAエース! いいカード選んだね~!」
 大きく赤いハートの印字されたトランプカード。
 ここから一体どういうマジックが披露されるのか、会場が恐らく胸を高鳴らせながら待っていると。
「あ」
 と、マジシャンは途端に何か思いついたように言った。
「カナちゃん! 折角ハートが出たんだし――このハートを贈りたい人、いる?」
「ふえっ!?」
 分かりやすく赤面するカナ。
 ……会場全体が和むのを感じた。ステージ上のマジシャンとピエロでさえも。それには少し誇らしくなった。
 可愛いは世界を救うのだ。救われるのは自分だけでいいけど。
 マジシャンはカナに優しくこう続ける。
「恥ずかしいのなら強制は――」
「います!」
 突如大声で割って入るカナは、勢いに任せて自分を指さす。
 ……急に恥ずかしくなったのか、指をさしたまま徐々に顔を俯けて細々と言った。
「え、えーた……あそこにいる、男の子……」
 会場全体ほっこりである。
 国宝に指定しても誰も文句言わないだろう、これ。過言か。
「なるほどー! あの子ね! カッコいい彼氏さんね」
「……ぅ」
 マジシャンの方、流石にそれはオーバーキルだからやめて差し上げろ。
 そして自分もと思ってしまっている。ふざけやがって。
「まあまあ、人を好きになれるっていうのは良いことよ! 私だって人を好きになるし! 何も恥ずかしがることじゃないわ」
 マジシャンが適度にフォローを入れた。それを敏感に感じ取ったのか、カナははっと顔を上げた。
「……は、はい!」
「そしたら、カナちゃん! 一度こっちにカードを預けてもらえるかしら?」
「分かりました!」
 素直に従って紙札を返す。受け取ったマジシャンは山札の一番上に戻し、山札ごと再びカナに渡した。
「そうしたら、カナちゃん。これをシャッフルしてもらえる? 難しかったら、適当にばらばらーってしてからでもいいからね!」
「大丈夫です!」
 微笑みながら答え、シャッフルをするカナ。
 2回、3回、4回、5回。
 念入りにしてから、「これでOKです!」と返す。
「今、ハートのAがどこに行ったか分からなくなっちゃったでしょう?」
「はい」
「それでもちゃんと、ハートを彼に贈りたい?」
「勿論です!」
「うんうん、それだけ真直ぐなら大丈夫ね☆」
 マジシャンは、人差し指を立てて言った。
「カナちゃん。あなたの想いはちゃんと届くわ! それを今から証明してあげましょう!」
 だから、と。
 カナの持つ山札を指さして、マジシャンがとんでもないことを口走った。

「その山札を、全部まとめて彼の方に向けて!」

「……え?」
 カナは、本当に固まってしまった。
 しかし構わず、マジシャンは続ける。
「大丈夫よ! 心を込めて投げれば、きっと彼に想いハートは届く! 自分を信じて、思い切り投げつけてあげるのよ!」
「……はい!」
 意を決するしかないカナは、思い切り振りかぶって。
「えーいっ!!」
 自分の方に向けて、カードの山札を投げ捨てた。
 ぱらぱら、とカードが床に舞って散っていく。全てが落ち切ってからマジシャンは突然自分の方へ向いて、叫んだ。
「そこの彼氏くん!」
「……」
 まさか、自分も巻き込まれるとは。
 面倒だなとは思いながら「はい」と応えると、マジシャンがこう指示してきた。
「あなたの近くに、何か届いていない?」
「……?」
 ……何か、届いている?
 そう言われて席の下を見てみると。
 ……。
 おお。
「……」

 
 A
 それを取ったことを、自分は宣言した。

「えっ、えっ!?」
 舞台の上にいるカナも、めちゃくちゃ驚いている。
 そりゃそうだ。こんな本物の魔術みたいなものがあって堪るものか。
 ……そう、あって堪るものか。
 裏が無いノービハインドなんて有り得ない。マジックはタネがあってこそマジックなのだ。タネのないマジックは魔術や魔法であり、そして現実にはそんなオカルトは存在しない――呪いがある時点でその理論も論理も怪しいけど。
 しかし、これは紛れもなくマジックだろう。
 。これまでの状況だけで解けるから、暇な人は解明してみると良い。
 が、暴いても興を削ぐだけだ。大体種明かしなんて堂々とやれば、カナが悲しんでしまう。
 ここは一つ、芝居を打って驚いてやるだけだ。
 そんな自分を見て、マジシャンは会場に宣言した。
「見事! カナちゃんの想いが彼氏くんに届きましたー!」
 その声に連れられるように、喝采が後を追う。
 カナを見る。すると視線を返し、少し恥ずかしそうに、それでもとびきりの笑顔でブイサインをした。
 ……可愛い。
 マジシャンが続けて言う。
「さあて、カナちゃん! 折角だから、もう1個手伝ってもらえるかな!?」
「はいっ!」
 まだやるのか。それを受けるカナも偉いな……。いや、単純に楽しんでいるだけなのかもしれない。
 そしてマジシャンは、
「じゃあ、! 持っててもらえる?」
 大丈夫、レプリカだから――と渡した、
「……っ!!」

 を。

 確かに、見た目は安っぽいものだ。
 だが。だが!
 
 炎だけでなくでもあるカナに、ナイフなんてものを渡したら!
 先の火の輪潜りは距離もあって近くに自分がいたから安心させる事が出来た。その支えも無ければ、カナは。
「ひぅ、ぁ」
 想像通り、気の抜けた声を上げてカナは意識を失い倒れてしまった。
 ナイフを落としてしまうがレプリカなので、さしたる刺し傷は生じ得ない。
 それでも、カナが。
 カナが!
「カナっ!!」
 通路の階段へ躍り出て、急いで駆け降りる。
 騒然。しかし観客なんて気にするものか。
 そうだ。お前らが全員死のうが発狂しようが生きようが腐ろうが、どうだっていい。
 カナ。お前がいなければ、は――!!
「ちょ、君っ!」
 マジシャンが叫んだ。瞬間、視界がぐるりと回転する。
 何が起きたのか分からない。
 凄まじい音を身体中から響かせながら、世界が何度も何度もぐるぐる回る。

 ……そうか。
 痛みを感じないから分からなかったが。
 どうやら自分は、階段を踏み外して転げ落ちているらしい――。


 視界が、暗転す██████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████████

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