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小説『生物失格』 4章、学校人形惨劇。(Episode 6)

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目次

Episode 6:死体遊戯、転。

 ――あれから数分経っただろうか?
 ルールを理解してしまえば、後は何とも単純だった。
 先生ゾンビが襲い掛かってきても対処としては避けるだけ。更には糸にさえ触れなければゾンビは自分に気付かない。更に気付いた端から先んじて切断し、これ以上自分の探知ができないようにもしておく。
 一体何故、こんなにも簡単なのだろう。
 これで『死城』を殺す気だと言うのなら、とんだお笑いぐさだ。
 そう思いながら、既に折れかけの竹刀をゆっくり上げた。眼下には頭を潰されピクリとも動かなくなった、名も知らぬ先生の死骸。

 齢14、15にして僕は、既に今日3人擬似的に――つまり、生きた人間ではなく、動く死骸・・・・を殺害している。

 『一人の殺害は犯罪者を生み、百万の殺害は英雄を生む』という言葉がある。何かの喜劇のセリフだったと記憶しているが、この言葉の要点は、数が殺人を聖別化するということだ。相対的に命が軽くなるからか、「そこまで殺したなら何か目的がある筈だ」と感じさせられるからかは分からない。
 いずれにせよ、正しく戯言だと思う。1人だろうが100万人だろうが――それこそ3人だろうが全校生徒だろうが、犯罪者は犯罪者だ。もし100万人殺した奴が英雄ならば、戦争裁判なんて存在せず、東條英機らはのうのうと生きられた筈であり。
 『死城家』の人間は今頃、神として崇められる筈だ。
 だがそうはならなかった。世界は戯言に惑わされず、正しく犯罪者として戦争屋も『死城家』のクソ共も裁いたのだ。
 自分も、殺人は肯定しない。所詮人殺しは人殺しだ。カナ以外の人類が滅んでもどうでも良いと思っているが、ならば人類を殺し尽くしたいか、と言えば断じてあり得ない。
 大量殺戮なんてすれば――ましてや、人を1人殺しただけでも、自分は人間性の混じっている怪物から、ただの怪物に堕する。そうすれば、カナの隣にいる資格を喪ってしまう。
 殺人は――或いは明確な意志を持った殺害は、怪物への第一歩だ。
 だからこれまでも、人を殺したことは1度も無かった。幽霊擬きも復讐者も殺人ピエロも、殺さずにやり過ごした。
 唯一殺したのは――ライオン。
 サーカス『ノービハインド』にいた、ビスタという名の猛獣。
 アイツを殺したことを――殺さなければならなかったことを、自分は今も悔いている。
 ただの怪物に堕する一歩を踏み入れたから。
 しかし同時に、不思議と、ビスタに対する後悔も浮かんでいた。それだけ、ヤツとは仲良くなれる気がしていたのだ。
 それでも殺した。
 許してくれとは思わない。自分はどうせ許されない。地獄へ向かう行列に並ばされた、ただの悪人に成り下がった。
 だから自分からは『救われてくれ』とか『報われてくれ』とか、そんな身勝手なことしか思えない。
 いや、それを思える資格さえないだろう。
 そう思うなど、なんて傲慢で、厚顔無恥なことか。

 ……階段に辿り着いた。3階へ向かう上り階段と、1階へ向かう下り階段とが並んでいる。
 ここに来るまで、糸を切断しながら先生ゾンビをいなして追加で2人殺しながら、教室を覗いてきた。
 はっきり言って悍ましかった。
 生徒は全員、行儀良い着席姿勢を強要されたまま、首から上だけを綺麗に切断されていた。その首は、教壇に雁首揃えて並べられている。
 血に彩られた教室は、酷い腐敗臭がした。夏の暑さで、通常より早く身体が腐敗しているのだ。
 こんな光景、とてもカナには見せられない。見せるべきではない。あまりに教育に悪過ぎる。億が一、この作品が映像化でもされるのなら、R18こどもにはみせられないのは確定だ。
 そんな可能性は兆に一つもないから安心だが。
 階段に足をかける。これで残るは3階と屋上、それとあまりよく探せないまま放置した1階――このどこかに糸弦操が隠れている。
 どっちだ。
 どっちに居る。

ピンポンパンポーン

 ……まただ。
 また、校内放送。
よォ〜! 今お前は2階か、或いは3階かァ〜? いずれにせよ、1人で――多分1人だろォ〜、よくここまで辿り着いたなァ〜!
 テープ再生をしているからだろう、今自分の居場所が向こうは分からないでいる――。
ま、いずれにせよ屋上には・・・・辿り着いてない・・・・・・・ってことだなァ〜! 辿り着いてたら、このテープを流す意味なんざほぼ無いからなァ〜
「……馬鹿か?」
 自ら、居場所を開示しただと?
 コイツ――『死城家』という存在をどこまでも舐め腐ってやがる。
 それなら向かうべきは屋上だ。いち早く屋上に辿り着き、子供状態の糸弦操を倒す。
 そして、早くカナと家に帰るんだ。最早こんな状態では授業などをしている場合じゃないだろうからな。
 3階へ上る階段に足をかける。
そんなお前に、耳寄りな情報だァ〜
 実に楽しそうな声が、有線放送で響く。
 耳寄り? お前の居場所以上に耳寄りな情報など――。
なあなあ、死城の末裔サンよォ〜。どーにもこの破滅した学校ダンジョン、簡単だと思わねェかァ〜?
「……何?」
 返答しても意味がないと分かっていても、思わず返してしまう。
 簡単だと思わねえか?
 まさか、こんなに楽勝で進めるのはわざとだとでも?
お前がこの程度でくたばるとは思ってねェ〜。お前を殺すなら、入念に準備しなきゃならないからなァ〜! この世界の常識だもんなァ〜!』
 ……成程、『死城家』への作法は知っていたか。
 しかし、準備とは。これだけ杜撰にしておいて一体何の――。

外にも・・・ゾンビ共を・・・・・放ったぜェ・・・・・〜! これだけでお前なら分かるだろォ〜!?

 外。
 外、だと。
 つまり――カナの居る場所!
『お前なら、大事な人をこんな所に連れて来ねェと思ったんだよなァ〜! お前、あのサーカスでもよっぽどヤツを大事にしてたもんなァ〜! だから、入口からわざと血と死体と臓物で汚しまくってやったんだよォ〜!』
 コイツ、分かってて!
 カナをこんな危険な場所には連れてこないだろうという算段で!
 入口の惨状を見せればカナが敬遠することまで織り込み済みで!
「……テメェッ!!」
怒ってるゥ〜? 怒ってくれてるゥ〜? この耳で聞けなくて残念だけど、ま、それはそれとしてェ〜
 自分は校内放送をガン無視し、3階の階段から即座に降り、1階へ続く階段へ。
 どちらを選ぶかなど、言うまでもない!
 お前を殺すよりも、カナを救う方が重要に決まってる!
「カナッ!」
 だが目の前の踊り場には――大量の先生ゾンビが犇めいていた。恐らく階段の下にも。校内総勢70名の内ほとんど集結し、進路を塞いでいるのだろう。
 ナイフと竹刀を構える。もうなりふり構っていられねえ!
早くしないと、大事な人が殺されちゃうよォ〜!?
「だから、そこをどけクソ野郎ォォォォォッ!!」
 階段を10段程飛ばして飛び降り、ナイフを振り下ろす。先頭にいた先生ゾンビの脳天を貫いた。腐って柔らかくなっているのか、よく刃が通る!
 その勢いのまま、ゾンビを押し倒す。
 周りからゾンビが覆い被さる様に襲い掛かる。普通ならその状況になることを避ける――ゾンビは創作では噛まれるとゾンビ化するからだ。
 だが、このゾンビについては気にしなくて良い。所詮糸で操られているだけで、ゾンビ化するウイルスなんて有りはしない!
 背中をなぞられる感覚があった。多分背中の肉を引っ掻かれたのかもしれない。後ろに竹刀を振り抜く。ゾンビは吹き飛ぶ。
 目の前から来るゾンビの額にナイフを差し込み、めちゃくちゃに動かす。その時、頭に何かが食い込む感覚。食われる――そう認識した瞬間に横に向けて竹刀を突く。ゾンビの鳩尾に直撃クリーンヒットし壁に吹き飛ばされる。
 畜生、埒が明かない!
「どけっつってんだろうがァァァァァッ!!」
 無理矢理にナイフを振り回す。ゾンビの顔を、腹を、脚を切り裂きながらどうにか前へと掻き分け進む。
 何分経ったか分からない。分からないが――遂に、ゾンビの池から脱出することに成功した。だが安堵してる場合じゃない。背後から追いかけるゾンビの奔流から逃げる。
 早く! 早くしなければ!
 カナ!
「カナァァァァァッ!!」
 その瞬間。
 自分の体が突如宙に浮いた。と思ったら、目の前の視界がぐるぐると回転し、そのまま壁に頭と体を叩きつけられた感触がした。感触だけで、やはり痛くはない。
 ……しかし、成程。
「体育教師、かよ」
 いや、正確には何か弄られてるのだろう――およそ人間とは思えない筋肉量をした、丸太のような腕を振り回す先生ゾンビがいた。上半身は急激に膨張した身体に追いつけず破れたのか裸で、下半身のジャージも今にもはち切れそうにぴち、ぴちと音を立てている。
 脳に刺激を与えて、筋肉増強までしたか。どうやっているのかは分からない。人間の脳は全てが解明されていないとも言う。
 しかし。
 この状況は、まずい。
 今、コイツが進行方向を阻んでいる。故に、倒すかやり過ごさないとカナの元へ辿り着けない。それに、背後からもゾンビが追いかけてきている。あまり時間はない。
 それに頭から、どろりとしたものが垂れるのが分かる。触れずとも分かる。これは血だ。壁にぶつけた時にやられたか。
 だが、痛覚が無いのが幸いした。失血し過ぎなきゃまだ戦える。
 自分は取りこぼしたナイフとボロボロの竹刀を拾い、対峙する。
 やるしかない。
 ここでやらねば、カナは殺され――!


「おいおい、ここで死んでくれるなよ、少年」

 その時だった。
 誰かの声が、ハルクゾンビの向こう側から聞こえ。
 次の瞬間、ハルクゾンビの上半身が砕け散った。
 腐った肉片や血液が、そこかしこに飛び散り、床や壁を汚していく。そして上半身を吹っ飛ばされたハルクゾンビは、そのまま巨体を床に倒し、2度と動かなくなった。
 その向こう側には、拳を突き出した警察官然の男。その少し後ろにはカナが、目を背けながらも立っていた。どうやら無事だった様で安堵する。
 そしてこの状況から察するに、カナを助けてくれたのはコイツだと理解した。
 そして自分は、コイツを知っている。
 一度死線で行動を共にしたのだから、当然だ。

「……鎌川・・鐡牢・・
「久しぶりだな、少年」

 鎌川鐡牢。
 殺人サーカスでは味方として――潜入警察官としてカナを救い出してくれた人物であり。
 しかしその警察官の身分が偽りであった、現在夢果ゆめかに正体を探らせている謎の男。
 そいつが、不気味なほど明るい笑みを浮かべて、自分の方を見据えている。


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