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小説『生物失格』 3章、封切る身。(Epilogue)

目次
前話

Epilogue:残る謎。

 キスをした後、落ち着いたカナと暫く病室で話していると、机の上に置いていたスマートフォンが鳴った。通知欄には『通知』とだけ書かれていた。急いで取る。
 今回の事件の功労者からの電話だ。
『今は話して大丈夫だよね』
 通話ボタンを押すや否や、前置きもなく話を進めようとする夢果の声が響く。
「勿論だ、夢果――というか、いやに断定形だな。話して大丈夫だよね、って」
『そりゃあ、コトの最中に電話かけたら気まずいことこの上ないだろう?』
「おい」
 全部見てたのか。さっきの全部!
『良いもの見させて貰ったよ』
「親しき仲にも礼儀ありって言葉知ってるか?」
『まあ、これ位は対価として貰ってもいいじゃないか。今もカナちゃんとは仲良さそうで何よりだ』
「……勿論だよ」
 仕事の対価、か。サーカスの一件で警察に融通してくれた、その対価。
 変な命令されないだけマシだと思ったが、こんなキスシーン見られる位なら変な命令受けた方がマシだったと思ってしまった。それだけ恥ずかしいという事だ。
 と、そんな事を思ってるとカナが顔を近付けてきた。
「えーた、ユメちゃんと電話してるの!?」
「ああ」
「か、代わって欲しいなー、なんて」
 うずうずとするカナ。久しぶりに友達と話がしたいらしい。その声が聞こえたのか、電話口の向こうからは『良いよ、代わって。友達との電話位は無駄話があっても良いものだ』と声があった。
 ……いつも自分と会話する時は無駄話をしようとしないんだけど、それって自分は友達と見做されていないからなのか? 少し邪推をしながら電話をカナに渡した。
 喜んで受け取ったカナは、スマホに向けて話し始める。
「あ、もしもし! ユメちゃん!? ……うんうん、久しぶり! 元気にしてる? ……あー、まだ酷いんだ火傷。お大事にね……。……うん。…………うん? ………………。……ふえええええええええっ!?!?」
 おい夢果。言ったな? 言ったんだな?
「し、ししし、しましたともっ! キスくらい恋人として当然の責務では、あああ、ありませんかっ!」
 カナ、動揺しておかしくなっちゃってるじゃねえか。
「……え? ……うん。…………う、うん? …………いや、いやいやいや。それはっ! ……ぅ、無いわけじゃ、ないけど……、っ、だ、ダメだよっ! …………う、うん。分かった。決意が固まったらまた相談する」
 何の? 何の相談だ?
「……うん。…………うん、そうなの。……うん。…………。…………。…………え、えへへ。心配かけちゃったね……。……うん、うん。ありがと。頑張るよ!」
 「じゃあ代わるね」と自分にスマホを渡してきたカナの顔は真っ赤だった。ったく。
「代わったぞ」
『よし、本題に行こう』
「待て。その前に聞きたいことがあるんだが、お前言ったな? 言ったんだな?」
『今仕方行われたキスの話か、さもなくばその先の話か?』
「その先だと!?」
 その先と言うのは。まあ、つまり。アレということだよな。うん。中学生になんつー話を。
『カナは興味が無いでもないみたいだぞ?』
 だろうな、反応見てたら分かる。分かるけど、えーとだな、物事には順序ってもんがあってだな。
 ……ピエロにやられた後遺症なのか、それとも年頃だからなのか、情緒がまだおかしい。
 とか言っていると、『まあ』と夢果が言葉を続けてくる。
『私は構わないぞ。何より、君らが結ばれるのを願っているからな』
「……感謝するよ」
 素直にそう返すしかなかった。
 夢果が密かに自分に寄せている好意を分かっているが故に、これ以上変な事は言えない。
「それと、他にも何か言ってくれたのか?」
『ああ。最後にな。落ち込んでいる友人を慰めるのは当然の責務だろう? 「君は死城影汰の彼女だ。君にしか、彼に寄り添い、真に心血を注げる人間はいない。先の件で気に病むことはあるだろうが、仲良く寄り添ってやれ」くらいは言ってやったとも』
「……ありがとうな」
 本当に、良い友達を持ったな。カナ。
『で、そろそろ入って良いかい? 本題』
「ああ」
 ……あまり雑談をしたがらないのは、自分を友人と――とは思ったが、尋ねないことにした。
『サーカスの一件は、一先ず生き残ってよかった、とだけ』
 勝手に突っ走ったのは自分達だ。労いの言葉を掛ける理由が夢果にはない。会釈代わりに「ああ」とだけ返す。
『その元団員、糸弦操については目下調査中だけど――これは時間が掛かるかもね。監視カメラの映像にあまり引っ掛からない。確か、把握している話だと昼は子供で夜は大人というらしいじゃないか』
「それがネックになってるのか」
『間違いなく。そもそも背が低いってだけで相当に難易度は高いよ。監視カメラの死角に入りやすくなるし、第一その背丈を利用して誰かを隠れ蓑にしている可能性もある』
 しかし、危険人物であることには違いないから調査は続けるよ。そう続いた言葉には心強さを感じる。本当、良い友人を持った。
 あの鐡牢の件にしてもそうだ――そういや、これについても礼を言わなきゃな。
「そうだ、夢果。サーカスに警官を送り込んでくれたよな。鎌川鐡牢。とても助かったよ」
 彼が居なければ、殺されてしまう所だった。カナは勿論の事、最後にピエロが迫ってきた時も押さえ込んで貰えなければそのまま――。

『……?』

 ……。
 ……は?
「いや、何の話だ、って。警察がサーカスに既に入り込んでいて――」

 ぞくり、と心が寒気で震える様な感覚。
 知らない? 夢果が知らない。という事は警察の独断――。
『さっと警察のデータベースにハッキングして名簿を検索してみたけど、。……本当に警察だったのか?』
「……警察手帳を見たんだけど」
 ……アレが本物である確証は無い。今やコスプレが流行る時代だ。偽造するのは容易いだろう。
 だとすると、しまった。やられた。
『……何にせよ、特徴を教えて』
 夢果の声には、深刻さが乗っていた。
『調べてみるよ――その時に君たちを助けてくれたとは言え、警察になりすましてあのサーカス集団に入り込む時点でマトモとは思えない』
「……分かった」

 鎌川鐡牢。
 いや、最早
 お前は一体、何をしにあのサーカスに居たんだ?

 残る謎に、晴れたはずの心にまた靄がかかり始めた。きょとんとするカナの頭を撫でて、心を落ち着けることくらいしか、今の自分にはできなかった。

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