D.D.G. -Hope to Live, Want to Kill- (Sequence 2.)
Prev↓
Sequence 2. VS "Gun"tleman.
地面を蹴り疾駆する絡生は右手の第二関節を折り曲げ、ばきり、と殺意を音に乗せる。対するフィラロは避ける動作も取らずその場で発砲。報炉の頬を、弾丸が掠める。
雑に狙って外したと思ったのか、報炉は走りながら嘲笑する。
「ぎゃはははははっ! おいおいおいおい、銃の扱いが初心者過ぎるぜ! 俺が逆に教育してやろうかァ!?」
安っぽい挑発に、しかしフィラロは柔らかく微笑む。
「結構です――そもそも、これが手加減しているとでもお思いで?」
拳銃のマガジンを捨て、スーツの内側に仕舞った新しいものを填め込む。僅か数瞬の高速装填。片眼鏡の風速表示と照準誤差率表示を頼りに、狙い澄ました部位へ銃口を合わせる。
「大体。直ぐに死んでは、教育にならぬでしょう?」
火薬の弾ける音と共に弾丸が射出される。到達点は、報炉の腹。
「ぎゃはっ!」
しかし報炉は避けない。地面に落ちていた鉄片で弾丸を受け止める。勢いに負けて鉄片は弾かれ地面に落ちるが、弾丸の軌道と力をずらすことに成功する。相当な衝撃を手に感じ痺れている筈だが、報炉は余裕そうに赤い舌を出し煽り立てる。
「温いんだよ――もうちょいスパルタで来い、退屈だぜ!」
獰猛に息を漏らす報炉とフィラロの距離は、僅か10数メートル。その瞬間、報炉はポケットに隠していた記憶端子を手にする。ぴくり、とフィラロの眉が動いた。
「それは――先ほど殺した者から奪い取った記憶端子ですか」
「御名答だ、似非教師!」
首に備わる蓋が開き、無骨な接続口がぽっかり開く。
「記憶や感情に関するものは廃棄処分したがなァ! 力に関するヤツは片っ端から奪ってやったぜ!」
口へと記憶端子が差し込まれた。瞬間、脳内に電子音声が響き渡る。
【――Memory Bus, certified. Code : “Laser Runner”】
「良いねェ!」
刹那、声を置き去りにして高速移動――その源泉となるのは、脚力が異様に強い短距離走選手の瞬発力だ。
軽々とフィラロの背後を取ると、反撃の隙も与えぬよう先程銃弾を防ぐ際に捨てた筈の歪んだ鉄片を掲げる――高速移動を利用し、寄り道をして回収したのだ。
狙うは首の背面――脊髄、或いは小脳。運動機能に、生涯にわたる障害を負わせるべく。
「ふむ――既に別人格が入り込んだ状態で記憶端子を使用できますか」
一方のフィラロはまるで慌てず、呟くと同時にしゃがみこむ。鉄片の矛先は首の背面からシルクハットに移った。
構うものか、そのシルクハットも刺し穿いてやる――意気込みそのままに報炉はシルクハットに鉄片を近づけ。
ぶつかり――跳ね返された。
「あァ!?」
「ふははははっ! 先入観は教育の大敵よ!」
予想通りの展開と反応に、フィラロが笑い返しつつ銃口を向ける。超至近距離の銃撃が報炉を襲う!
「小生のシルクハットは繊維製ではなく、金属製でありますぞ!」
「ふ、っざけんな!」
高速移動で銃弾の雨を避けつつ距離を取り、記憶端子を抜く。即座にポケットに手を突っ込んで仕舞いつつ、別の記憶端子を取り出し差し込んだ。
【――Memory Bus, ejected. Memory Bus, certified. Code : “Hulk Power”】
緑の巨人は名称だけの様で身体的変調は見られないが、それでもフィラロは直感する――命の危機を。
フィラロの直感通り、今、少女の細腕に破壊魔の暴力が宿っている。
「こいつならどうだァ!?」
子供が喧嘩をする時の様に無邪気に腕を振り回す。見た目の無邪気さに反して、恐らくは1発でも殴打を受ければ死ぬと推断したフィラロは、慣れた手付で銃弾を再装填、引き金を弾丸の数だけ引き続けた。銃弾はいとも簡単に振り回される拳に到達する。
――通常であれば破砕されるのは拳の方だ。無残に残らず肉が飛び散って死。
しかし、破壊魔の暴力は肉を穿つ凶弾すらも粉微塵に破砕する! 飛び散った銃弾の破片が虚しく壁を叩き、地面にばら撒かれた!
「このまま殺してやるよォッ!」
再び報炉が駆ける。スピードは先の高速移動程ではないので、銃で標的を捉えるのは容易だ。が、別の脅威――拳の威力への恐怖がフィラロを支配する。
報炉が1発殴りかかる。フィラロは軽々と後退して避けたので、報炉の拳は地面に向かった。そして触れた瞬間、文字通り破壊される。漫画の表現よろしく、クレーターが出来たのだ。
「無茶苦茶なっ!」
「無茶苦茶なもんかよ、お前らが開発した代物だろ!?」
もう2、3発殴る。しかし、当たらなければどうということは無い――次々只管クレーターが生成されるばかりだ。
「力ばかりで押し切れると思わないことですね、報炉学徒!」
「いつ俺様がお前の生徒になったよ、あァ!?」
報炉は怒りが綯交ぜのブチ切れた笑顔を浮かべる。口端を吊り上げ皴が頬に刻まれた。
「やっぱり鼻につくぜ――面倒見が良すぎる教師ってのは煙たがれるモンだろ?」
ばきり。再び指を鳴らす。
何度やっても同じこと、とフィラロは思いながらも再三照準を合わせる。今度こそ妙な真似をされる前に殺す。
照準誤差、5%、3%――。
「俺様の意識には時間制限があることだしな――そろそろお開きと行こうぜ、似非教師」
報炉が邪悪な笑顔と共に、隣に立っていたビルをこつ、と小突いた。
ただの少女のパンチで地面に大きなクレーターを作る、凶悪な力。
それをビルに向けたらどうなるか? それも地面より軟弱な、償却年数を遥かに超え修繕のなされていない建物に向けたら!
――罅が、入る。
発生した亀裂は音と共に瞬時にビル全体へ広がり、壁がずれ、崩れる。
巨大な質量を武器にした瓦礫が、そのまま報炉諸共フィラロに襲い掛かる!
「なっ――!!」
規格外かつ予想外の攻撃に思わずフィラロは照準補正を中断する。攻撃している場合ではない、避けねばただでは済まないのだ。
「ぎゃあはっはははははははははっ!!!」
品のない獣の笑い声を背にフィラロは逃走を図ろうとする。が、報炉がそれを許さない。シルクハットを掴んで顔を地面に叩きつけて大人しくさせる。鼻が折れる音が聞こえた。
ぎゃははははっ、と笑いながら記憶端子を抜き、別の記憶端子を手にする。
【――Memory Bus, ejected. Memory Bus, certified. Code : “Non-Gimmicker”】
「じゃあな。そのムカつく教養諸共、墓に埋まれ」
報炉は中指を立てた。しかし地面と接吻させられているフィラロの目にはその敵意の印は映らない。どうにもならない状態のまま、大量の瓦礫と砂煙に圧し潰されてゆく――。
***
それから1分後。
「あーあー、派手にやっちまったなァ」
言いながら、無傷の報炉が瓦礫の山を見つめていた。
「しっかし、マジシャンの知識なんて何に使うんだって思ったが、意外に有用だなコイツァ……」
よくやったとでも言いたげに、記憶端子の入った首筋をそっと撫でる。そう、彼の挿入したマジシャンの記憶端子の力で、迫り来る瓦礫の波から大脱出劇を成し遂げたのだ。
滅茶苦茶だ。
だが、使い方は至って正しかった。
「さてさて、このまま死んでくれてると良いんだが――」
ま、そう甘くはねェだろうな。
思った途端、瓦礫の山からホラー映画よろしく腕が生えた。その腕は瓦礫を掴み、次の瞬間体を押し上げてフィラロの姿が地上に現れる。薄汚れて服が破れ、鼻が変に捻じ曲がっているが、シルクハットは無事であった。
一体、シルクハットは何で出来ているんだろうか。報炉はぼんやりとそう思った。
「……いつの時代も、野蛮人の考えることは恐怖でしかありませんね」
「『教養人』の思考が狭すぎるだけだろ」
人間が猛獣の思考を理解できないのと同じく、知識人は野蛮人の思考を理解できない。歴史が何度も証明をしてきていることだ。
「しっかし、これでも死なねェのか」
【――Memory Bus, ejected.】脳内に音声を響かせつつ、報炉はマジシャンの記憶端子を抜き去った。
「人間じゃねえだろ、ンなもん」
続けて新たな記憶端子。首の蓋はだらりと開いたまま、雛鳥の如く今か今かと次の記憶端子を待っている。
「ま、コイツで終わりにしてやる」
そして差し込んだ。
脳内に、音声が鳴り響く。
【――Memory Bus, certiffffffffffffffffffffffffffffffff……………】
「……あ?」
突然、壊れた音声が雑音となって脳を襲う。
疑問に思う束の間、どろり、と視界が赤黒く染まった。ぼたり、と目から何かが垂れる。
地面を見下ろす。視界の色と同化してよく分からないが、垂れたものは自分の血液だと直感した。
次に体がぐらつく。鈍器で頭を殴られた直後の如き強烈な平衡感覚の欠如。2本脚で立つのも困難になったのか地面にへたり込んでしまった。
「んだ、よッ……、コイツァ……?」
頭蓋を打ち砕かれる痛みが今襲い掛かっていた。混乱する報炉を余所に、フィラロはその現象を理解していた。
過報。人間の処理能力を超えた情報量を注入すると、処理に耐え切れなくなって所謂オーバーヒートを起こす現象。限界を見極めずに過ぎてしまったことへの果報である。この状態に陥れば、まず立ち上がることすら困難になり、出血を起こす。ここで情報を更に流し込めばあまりの激痛と情報過多によって発狂死に至る。
そう――それは、絡生の両親の死因と同じ。死刑『剰報刑』にも応用されている、余にも有り触れた現象だった。
閑話休題。
兎も角も、一度起これば誰であれ起き上がることができなくなる現象。普通ならばこれ幸いと隙を突いて拳銃で止めを刺すところであるが、フィラロはそうせず、拳銃を大人しく仕舞った。
彼の目的は報炉の殺害ではなく、経過観察なのだから。
「……そろそろ、小生はお暇させて頂こう」
会釈をして踵を返す。ここまでデータを取ることが出来れば少しは奴らも満足するだろう。
仕事はここまでだ。
瓦礫を踏みつけ、フィラロは戦場を後にする――。
「おい、待てやコラ」
肩を、握られる。
ゾッとした。
先にも言ったが、過報に陥れば立つことすら困難になる。歩くなんて以ての外だ。
その一般的事実を否定して、報炉は血塗れの笑顔を浮かべながら立ち上がった。剰え歩いて、フィラロの元に辿り着いた!
驚愕のあまり作ってしまった隙を突かれ、格納していた拳銃も抜き取られ後ろに放り投げられる。
「逃がす訳ねえだろ。ここで殺すって言った筈だ」
……化物。
フィラロの頭の中にはその2文字が浮かび上がる。
実際化物だろう――何せ報炉は、発狂して死に至る刑罰『剰報刑』で歴史上唯一、正気のまま笑って、悪態すらついて死んだ受刑者なのだ。数本の記憶端子の情報量の過剰摂取如きでは、彼は倒れず死なない。
(何が、どうなっているのだ! 何をどうすれば、此処まで脳は強靭になるのだ!?)
常識の通用しない相手を前に混乱するフィラロの首を、報炉は片手で掴み上げる。報炉は脳のリミッターを外しているのか、少女の手により大人の男の体が持ち上がり足を地面から離されるという、有り得ない状況が繰り広げられた。
「死ね」
報炉の手に力が籠められる。骨と肉と皮膚でできた小さな万力が、フィラロの首を握り潰していく。
「ぐ、ぐ……っ!!」
「ぎゃはははっ! そうそう、これだよこれ……ムカつく奴が殺される前の感覚が堪らねェ」
あと数秒。あと数秒で、首が弾け飛んで頭部と胴体が千切り離される。フィラロにはこれ以上武器もなく、攻撃しようにも確実に報炉の殺害の方が速い。従って相手に出来ることはと言えば、泡を吹いて苦しみ足掻きながら死を待つことのみ。
だから殺しは止められない。自らの血涙を美味しそうに舐め取りながら、実に楽しそうな笑みを浮かべていた。
その状況に置かれて尚。
「……ぐ」
フィラロは。
「……ぐ、ぐぐぐっ!」
笑って、いた。
殺されるとなって愈々頭が可笑しくなったかと報炉は呑気に考えたが、それは過ちだと直ぐに気づかされる。
取り敢えず殺すか、と首に思い切り力を入れて握り潰した時。
手の中から響いた音は、肉が破砕されて骨が砕ける音――ではなく。
どう聞いても、金属がひしゃげる音だった。
「……機甲人形か」
舌打ちをして、すっかり首を折り潰す。胴体から離れたその頭部は、シルクハットがくっ付いたまま地面に転がった。
「ってことァ、本体はもっと別のところにいるってことか?」
面倒臭ェな。
そう呟いた途端、報炉の意識が突如薄れる。
時間切れだ。
「……っ」
絡生に意識を明け渡す直前に、報炉はある確信を抱いていた。
この体を乗っ取ってまだ時間が浅いというのにも関わらず、明らかに、意識を維持できる時間が増えているという確信を。
このまま行けば、いつか、いずれ――。
髪の毛が、赤から黒に戻る。
その瞬間、突如襲い掛かる最高度の頭痛に耐え切れず、絡生は一瞬で意識を失う。
少女の体は、茜色に染まりつつある瓦礫の山の上に預けられた。
束の間の静寂が、下層の一角にて流れる。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?