『生物失格』 2章、フォワード、ビハインド。(Post-Preface 2)
目次↓
Post-Preface 2:或る静かなる殺人。
「……あー、クソッ」
白髪交じりの黒髪をガシガシと乱暴に掻きながら、1人の青年が街を歩いていた。黒い外套を身にまとい、こつこつと革靴を鳴らして辺りを見回す。
「見つからねェ。見つからねェったら見つからねェ」
愚痴をこぼしても意味が無い、とは分かっていながらも、止めても意味がないとも思っていたので結局愚痴は零し続けることにした。
「この街にいることは確かなんだがなァ……世話が焼ける」
まあ、と青年は続ける。
「復讐がそう簡単に、円滑に進むなんて思っちゃいないが」
復讐とは得てしてそういうものだし、そういう長い旅路があるからこそ報われた時の至上の喜びと言えばない。気分はさながら三蔵法師――彼の様な崇高な目的のために足を草臥れさせている訳ではないのだが。
――ふと、青年は足を止める。
町の交番だ。中には暇そうにしている警官が1人。黒髪をした、健康そうな30代くらいの男だ。
「……丁度良いな」
笑みを浮かべながら、青年は交番の中に入って行く。人の良さそうな警官が椅子に座っていた。
「なあ、聞きたいことがあるんだが」
「……ん、ああ、はいはい。道案内かい?」
地図を取り出そうとする警官に、青年はぴしゃりと否定の意味を込めて返す。
「人探しだ」
乱雑な字で書かれた名前のあるメモ用紙を、ポケットから取り出す。
「死城影汰、って名前の餓鬼を知らねェか?」
「……しじょう?」
ぽかんとしながら、警官は首を捻る。そして表面上は申し訳なさそうな表情で告げた。
「……いや、申し訳ない、知らないなあ。力になれなくて申し訳ない」
「そうか」
青年は、微笑んで交番を後にしようと背を向ける。
その時だった。
「ああ」と声を出して、首だけ警官の方に振り向いた。「そうそう、あと1つだけ」
「はい、何でしょう?」
ぽけっとした表情で答えた警官は、少しだけ違和感を覚えた。
「……?」
何だか、妙に喉が渇くのだ。
声がしわがれてしまいそうな程に。
――否。
「あ、れ?」
警官の声は、実際にしわがれていた。
それだけではない――肌は皴だらけに、髪の毛がはらはらと落ち始める――その全てが、白髪だった。
筋肉量が明確に落ちている。健康そうな程よい太さの腕は、骨ばった細いものに変わっていく。呼吸が苦しい。胸が痛い。
まるで――これでは老衰ではないか。
否、まるでではない――実際に彼は老衰を始めていた。30代の男が、既に40、50、60、70と時を急速に進められていた!
「な、んだよ、ごれえええええええええ」
警官はがらがら声で呻く。体力も減衰の一途を辿り、最早叫ぶことすら出来ない。立つことすら困難になって膝から崩れ落ちる。歯がからからとリズム感なく床を打つ。
そんな異常事態を迎える警官を前に、青年は。
先程まで混じっていた筈の白髪の一切ない若々しい頭髪を揺らしながら、前に向き直った。
「平和ボケも大概にしておけ――ま、もう遅いか」
じゃあな、と手を振って青年は交番を出て行く。どさり、と体全てが倒れる音が聞こえた。直に砂になって風に飛んでいくだろう。
交番を去り、すっかり若返った黒髪の青年は悪態をついた。
「クソが――ふざけた呪いめ」
青年の目には、敵意が滲んでいた。
「死城の糞野郎が。絶対に生かしてやらねェ。こんな不便な体にした分も、恋人を殺した分も、全部含めて返してやる。全員殺してやる。ああ、そうさ。必ず根絶やしにしてやる――」
――俺が死ぬのは、それからだ。
空を見上げる。憎たらしい程に青々とした快晴。世界には何の憂いもありませんと言っているような、そんな天気。
「……もう少しだけ、待っていてくれよ、イヴ」
――全部終わったら、そっちに俺も行くから。
青年は独り言を漏らして、再び街を歩き始めた。
――悪人とは、悪いことを起こした、或いはそれを予告した者のことだ。如何に人相が悪くても、極論人を殺してそうな顔をしていても、悪いことを起こしていなければ、又は予告していなければ悪人ではない。
そして。
悪事を実際に行なっていたとしても、バレなければ日常に溶け込める。
――この街に脅威が忍び寄っていることに気付いている者は、まだ1人もいない。
毒は知らぬ間に、街という体に着々と浸透し続けるばかりであった。
Chapter 2 “The Secret Only In Me” is the PEACEFUL END.
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