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『生物失格』 2章、フォワード、ビハインド。(Episode 7)

目次↓

Episode 7:無関係への収束。

「――そうかよ」
 『ヤツ』に似る例の男――名前すら呼ぶのも悍ましい。識別上はそれで十分だから名前で呼ぶこともしない。したくない――は、自分の啖呵に殺意で返してきた。
「なら、仕方ねえな。お前には、ここで死んでもらうしかないか」
 ぱきりと指の骨を鳴らし、顔が怒りに塗りこめられていく。これだけ冷静に見られるくらいには、自分はどうにか持ち直したらしい。ならばもう大丈夫だ。やることが決まったのだから、もう迷うことは無い。
 こいつを倒して、それで終いだ。
「俺は兄貴とは違って、を身に受けていねえ。けど充分だよ――お前みたいな糞餓鬼、1人殺すのには」
 左手をポケットに突っ込み、右手を強く握りしめる。
「この拳1つで、最低限だ」
 別に興味が無い。どうせその言葉もブラフだろうしな。拳1つで、ではなく、。それは、これ以上の隠し弾を持っているって言うことだろうから。
 何を持って来られようとも、別にどうでもいいけど――もうお前に勝ち目は無い。
「復讐に来た手前、申し訳ないけど――」
 カナに手を出す、なんて口走った時点で、お前に負けるわけにはいかなくなったしな。
 手段を使うことにしたのだから。それがたとえ非科学的で非倫理的で非人道的で非人情的だとしても――いや、だからこそ、なのかもしれないな。
「――ご苦労様、徒労だったね、とだけ返しておく」
「……あァ?」
 男の額に青筋が浮かぶ。
 ああ、そのまま乗ってこい。乗ってこいよ。
「お前は自分を殺せることもなく、ここを追い出されることになる」
「……何を知ったような口を」
「もう勝ち目がないって言ってんの、分からない?」
 男はポケットから左手を抜く――手には、拳銃。
 まあ、そりゃそうだろうな。自分を殺すのならそれくらいは揃えるだろう。逆に揃えなきゃ駄目だ。
 『「死城」を相手にするのなら、念には念を入れて懇切丁寧に用意周到にしなくてはならない』という、この世界で出来上がった鉄則がある。結構なことだ。この鉄則のお蔭で親族は殆ど殺された訳であるし。
 そして癪に障るがこの鉄則は自分にも適用される。それを守ろうとしているのなら、誠に結構なことじゃないか。まあ、拳銃如きでこの『死城』の10代前半の子供を殺せると思っているのなら、全米が鼻で嗤うレベルのお粗末さではあるけど。
 男は銃を構えて引き金に指を引っかける。後は引けば火薬の爆発と共に銃弾が飛ぶ。
 ――頃合か。
 そろそろ、こっちもトリガーを引こう。
 ……出来るならば使いたくはなかった。
 これを使ってしまえば、『死城』のと同類ってことになるから。
 だけど、あいつ等みたいにはならない。糞野郎共みたいには。
 自分は、大好きな人を守るためにこの力を使う。使ってみせる。

 さあ、終わらせるぞ。
 カナがそろそろやって来る時間だ。
 好きな人が来るのなら、はきちんとしておかないとならないだろ?
「――
 戦闘、始め。
「っ、し、じょぉぉぉおおおおおおおおおおっ!!」
 ――そして。
 

 ぱあん。

 ――予想通りに、銃弾はあらぬ方向に飛び、病室の天井にめり込んだ。
 理由は簡単だ。
「……っ、ぐ!?」
 銃弾の軌道を逸らしてしまう程の激痛が、今男に襲いかかっているからだ。これもまた欠伸あくびが出るほど予想通りに、腹を押さえて苦しみ悶えている。
 別にどうでもいい。むしろこのまま苦しんで死んでくれとさえ思う。
 だなと使っている自分が思う程、やはりと言うか何と言うか、効果は凄まじかった。
 それから面白いくらい筋書き通りに、男は拳銃を落として倒れ込む。
 ナースコールで助けを求めるまでもない――拳銃からの発砲音1つで、事態を押さえるには充分だ。異常を察知すれば誰かが警察に連絡してくれるだろう。いや、もしかすると彼らが(刑部とのあの2人だ)まだ病院内にいるのかもしれない。
 どの道、自分はもう何もしなくていい。
「な、に、を……!?」
 腹を抱えてうずくまる男を、見下すように見下ろす。
 別に優越感も何も浮かばない。カナの障壁になる奴に、そんな感情を向けること自体がお門違いだ。これから殺そうとする虫を見て、優越感も何もあるワケがない。ただ踏みにじって殺すだけの話だからだ。
「何でもいいだろ」
 既に、こいつにはほぼ無関心だ。とは言え一応、傷口が開かないように気を配りながらベッドから下り、拳銃を足で蹴って遠くへ飛ばしておく。
 さて。これで安全も確保できたことだし、ベッドでもう一眠りするとしよう。
 眠い。自分は再び横になって布団をかける。
「邪魔だから、早く消えてくれ――お前の復讐なんざ、知ったことかよ」
「く、そが……っ、ぐ、おええええええっ!!」
 あまりの痛みに耐えきれなかったんだろうか、病院で吐きやがった。
 おいおい、掃除の手間暇とか考えてやれよ。看護師は暇じゃねえんだぞ。
「復讐される謂れがあるって言ったよな――あるかよ馬鹿野郎」
 無関心ではあるけど、取り敢えず言うことは言っておくことにした。再び襲い掛かられたら堪らねえからな。
「あんな糞以下の『死城』の奴らと一緒にするんじゃねえ。不愉快だ。自分はただその末裔ってだけだ。お前の兄は殺したが、正当防衛だろ」
「……『死城』の、にッ、あに、きが、か、かって、いても、か……!!?」
「かかっていただろうな。だからどうしたってんだよ。逆恨みに付き合わせないでくれ、兄偏愛者ブラコン
 病室の外から足音が聞こえて来た。多分警察だろう。このスピード感でやって来るということは、あの2人、やっぱりまだ病院内に居たのか――暇なんだか忙しいんだか。
 ……あー、疲れた。
 何か横で医者やら警察やら男やらが色々叫んだりほざいたりし始めたが、もう知ったことではない。
 カナ以外の関わりなんて、無駄でしかない。

 後は、下校ついでにお見舞いにやって来るカナを待つことにしよう。

 ということで、瞼を閉じる。意識も落とす。
 病み上がりの体に、無茶させるんじゃねえよ……とか勝手に心で愚痴りながら。

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