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フレイル予防にはたんぱく質!(執筆論文紹介)

私は栄養疫学の研究者として、合計9報の論文を執筆しました。今後はそのころのエピソードを交えながら、研究(論文を書くこと)ってこんなことなんだよ、という研究の裏側を色々と紹介していきたいなと思っているところです。

そういった記事を書く前に、私が執筆した論文って具体的にはこういうものなんですよ、ということを紹介しておきたいなと思いました。研究の裏側をお伝えするときに「たとえばこの研究のときはこうだった」と言えると、より伝わりやすいかなと感じるためです。それに、研究結果はぜひ活用してもらいたいと思いますが、そのために研究内容を知ってもらうことは大事ですよね。私が書いた論文は英語で書かれているため、一般の人に向けて「こんな研究をしたんですよ」とお伝えするには、日本語の解説があったほうが分かりやすいだろうと思います。

というわけで、今回は私の執筆した論文9報のうちの代表作でもある「日本人高齢女性でたんぱく質摂取量が多い人はフレイル有病率が低い」というタイトルの論文(文献1)の内容を紹介します。すでに発表から10年以上が経ってしまいましたが、今でも類似の研究はまだそこまで多くないため、様々な場面で参考にできる研究です。これまでに様々な媒体で紹介してもきましたが、改めてnoteでも紹介しておきたいと思います。

なお、この論文はこちらのページで公開されており、すべての人が無料で読むことができます。


そして、本物の論文はこんな感じで出来上がっています。



●得られた知見

この論文で得られた結論は以下のとおりです。

  • 日本人高齢女性では、たんぱく質摂取量が多い群でフレイルの割合が低く、特に全たんぱく質70 g/日以上摂取している群でその効果が顕著でした。

  • この効果は動物性・植物性たんぱく質のいずれでも認められました。

  • 筋肉合成に関わるとされているアミノ酸の中で、フレイルと強く関連しているものはありませんでした。


●背景:なぜたんぱく質とフレイルの関係を調べたの?

フレイル(日本語では「虚弱」とも言います。)とは、高齢者によく見られる身体機能や活動量の低下、疲れ、意図しない体重減少によって、日常生活を送るうえで支障が出つつある状態のことをいいます。フレイルになった人はそうでない人に比べて、その後の入院率や死亡率が上昇していることから、フレイルを予防することは高齢者が健康な生活を送るために重要です。フレイルの原因のひとつとして、高齢による筋肉量と筋力の減少が考えられています。これにはたんぱく質の摂取不足が関与していると推測されていて、過去の研究によると、たんぱく質摂取量が多い人ほどフレイルの人が少ないことが報告されていました。

ところで、たんぱく質には動物性と植物性があります。そしてこれらを構成するアミノ酸の含量も食品によって様々です。けれども、どのような種類のたんぱく質がフレイルの予防に効果的かを示した研究は存在していませんでした。そこで、全たんぱく質に加えて、動物性たんぱく質と植物性たんぱく質、そして筋肉合成に関わっているといわれているアミノ酸の摂取量とフレイルの関連を検討することにしました。

●研究方法:どんな人にどうやって質問に回答してもらったの?

この研究の対象者(調査に回答した)人たちは、日本国内85校の栄養関連学科に通う学生の、祖母たちです。このうちデータに欠損のあった人、歩けない人、たんぱく質摂取制限を受けている可能性のある人などを除外し、解析対象者は65~94歳の女性2108人となりました。対象者のたんぱく質やアミノ酸摂取量は、過去1か月に食べたものを尋ねた質問票から推定しました。フレイルの判定は、質問票から、身体機能の低下、疲れやすさ、低身体活動量、意図しない体重減少などを評価して5点満点のスコアを算出し、3点以上になった人を「フレイルあり」としました。対象者をたんぱく質やアミノ酸の摂取量に従って、低い群から高い群の5群に分け、各群でフレイルなしの人に対するフレイルありの人の割合を、たんぱく質またはアミノ酸摂取量の最も低い群を基準にして(1として)算出しました(オッズ比)。

●結果:たんぱく質の種類に関わらず摂取量が多い人はフレイル有病率が低い

対象者のうち481人(22.8%)がフレイルありと判定されました。全たんぱく質摂取量の平均値はフレイルなしの群で74.6 g/日(エネルギー調整済値)、フレイルありの群で72.0 g/日であり、フレイルありの群のほうが低くなっていました。動物性および植物性たんぱく質でも同様の傾向を示していました。摂取しているたんぱく質をどのような食品から摂取しているか調べたところ、魚介類が30.4%で最も高く、次いで穀類が18.1%、肉類が14.0%でした(図1)。

図1. どの食品からたんぱく質を摂取しているか

フレイルとの関連を検討したところ、全たんぱく質、動物性たんぱく質、植物性たんぱく質のいずれも、摂取量が多くなるにつれて、フレイルありの人の割合(オッズ比)が低くなっていました(図2)。全たんぱく質では69.8 g/日以上摂取している群でフレイルの人が少ないことが示されました。

図2. 全たんぱく質摂取量とフレイルの関係

検討した各種アミノ酸でも摂取量が増加するにつれてフレイルの人の割合は低下していました。けれども、特に顕著な影響を示したアミノ酸はありませんでした。

●考察:たんぱく質70 g/日程度の摂取が必要かも

この研究では、たんぱく質をおよそ70 g/日以上摂取している群で、フレイルの割合が有意に低値を示しました。食事調査で推定された食事摂取量は誤差を含むため、フレイルを予防するたんぱく質摂取量を正確に示すことはできませんが、高齢者の筋力低下を予防するために必要なたんぱく質摂取量は、この程度である可能性も考えられます。とはいえ、フレイルを防ぐためのたんぱく質摂取量やその食べ方を明らかにするには、さらなる研究が必要です。

※ちなみに、論文には記載していませんが、たんぱく質70 gは、ごはん茶碗3杯、納豆1パック、豆腐1/4丁、卵1個、いわし1尾、鶏むね肉こぶし大、牛乳コップ1杯を食べると摂取できます(文献2)。

●まとめ

この研究で、たんぱく質摂取量の高い日本人高齢女性の集団で、フレイルの割合が低いことが明らかになりました。この効果は動物性および植物性のどちらも認められ、その効果に大きな差はありませんでした。各種アミノ酸でも同じ効果が認められましたが、個別のアミノ酸摂取量に比べ、全たんぱく質でより強い影響が認められました。過去の研究で、たんぱく質中の動物性たんぱく質の量や必須アミノ酸の量に関わらず、全たんぱく質摂取量がフレイルの低さと関連するとの報告があり、今回の研究の結果はそれと類似していました。たんぱく質の種類に関わらず、たんぱく質全体としての摂取量がフレイルの予防に関係している可能性があります。

とはいえ、たったひとつの研究で結論を下すことはできません。フレイルを予防するためのたんぱく質の量やその食べ方(タイミング)などを明らかにするためには、さらなる研究が必要になります。

●追記

この研究が発表されたのは、2013年。国の食事のガイドラインである「日本人の食事摂取基準(食事摂取基準)2015年版」(文献3)の作成作業が大詰めの時期で、この論文の内容は重要ということで、食事摂取基準に引用されました。その後、食事摂取基準2020年版(文献4)でも、この研究を覆すような研究結果は得られておらず、引き続き参考文献として使われています。今後、どんな研究がこの研究の結果を補強してくれるのか、または覆すのか、私自身もその結果を楽しみに待っているところです。

【参考文献】
1. Kobayashi S, et al. 2013; Nutr J 12: 164.
2. 文部科学省. 日本食品標準成分表2020年版(八訂). 2020.
3. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2015年版. 2014.
4. 厚生労働省. 日本人の食事摂取基準2020年版. 2019.



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