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「災害時の記録」はみがくと「宝」になる

前回のnote記事では災害時の食事のポイントに関して、優先して摂取するべき栄養素とその順序、そして不必要に不足の心配をしなくてよいことなどをお伝えしました。

たくさんの方に読んでいただきました。ありがとうございます。

こういったことを、エビデンスに基づいて自信を持ってお伝えできるのは、まさに研究論文というエビデンスが存在するからです。過去の災害時に、その状況を今後に生かそうと行動してくださった方々がいたために、それが研究論文という結果になって、社会での活用に至ったわけですね。そのときにとった重要な「行動」とは何かというと「記録」することです。これが疫学という分野ではとても重要な意味を持ちます。今回のnoteではこの。記録の重要性をお伝えします。


●記録はデータとなる

研究を実施して論文を書こうとするとき、何らかの「データ」を手元に持って、そのデータを分析して進めていかなくてはなりません。実験研究は、実験室で様々な試薬や分析機器を使ってデータをとるのでしょうが、疫学研究は日常生活を送っているヒトに関わるデータをとります。災害のときの食事のことを研究しようと思ったら、たとえば被災地にいる人が食べているものの記録がデータです。実際に食べているものを細かく記録できなければ、避難所で供給した食料の記録とか、配送した物資の記録とか、食べているものに代わる記録を使うこともあるでしょう。とにかく事実を記録したデータが必要なのです。

●事実の記述こそ重要

その事実を記録したデータをもとに、全体の平均値などを計算して「状況はこうでした」と示すだけでも、その方法が妥当であれば立派な疫学研究になります。こういった、記録された事実を示していくことを、疫学の専門用語では「記述」といいます。そして、事実を記述することを目的として行う研究を「記述疫学研究」といいます。

以前のnoteで、疫学とは「たくさんのヒトで健康状態とそれに関連する要因を測定してデータにし、どんな習慣を持つ人がどんな病気になりやすいかなどを明らかにして、予防などの対策を立てるために行われる学問」と説明しました。それを思い返してみると、ただ事実を記録しただけが「疫学研究」と聞いたら違和感を持たれるかもしれません。とはいえいきなり最初から、たったひとつの研究で「生活習慣と病気の関連を調べて予防対策まで立てる」ことはできません。そこにいきつくにはまず、たとえば「その病気になっている人がどのくらいいるのか、対策を立てなければならないほど多いのか」という事実を知って、その病気のための研究を進めるべきかどうかを判断する必要があります。記述疫学研究はこんなふうに使われ、何よりも先に行わなければならない、重要なことなのです。

そんな記述が使われた例を2つ挙げます。

●東日本大震災直後の食事の記録

東日本大震災の際、宮城県の保健所栄養士が避難所で食事調査を実施し、それをマスコミが取り上げて課題などが明らかになったという例がありました(文献1)。まだ震災直後の混乱の中、業務をこなすだけでも大変だったはずですが、その中で事実の記述の大事さを認識されていた人たちがいたということを尊敬します。

●休校中の子どもたちの食事と生活習慣の記録

もう少し新しい例だと、コロナウイルス感染拡大を防止するためにとられた、学校の臨時休校措置に行われた食事調査があります。このときの子どもたちの食事と生活習慣の記録から、学校に通っているときと比べて休校中の起床と朝食とが遅い生活パターンを持っていた子どもは、起床と朝食とが早い生活パターンの子どもに比べると、運動量が少ない、菓子類や清涼飲料類の摂取量が多いなどの不健康な生活習慣を持つリスクが高いことが明らかになりました(文献2)。この研究結果は東京大学からプレスリリースも出ています。
https://www.m.u-tokyo.ac.jp/news/PR/2022/release_20220518.pdf

この研究は、ただの記述研究ではなく、少し関連も検討した踏み込んだ研究ですが、緊急事態宣言という非日常下を記述した結果、実施することができた研究ということになります。

●たくさんの人の協力が不可欠

疫学者は社会の状況を敏感に感じ取り、今ここで記述(記録)しておくことが今後のために役立つ、という思いで疫学研究を実施しようと動き出します。とはいえ、そのための記録という作業は、研究者だけではできません。たとえば今回のような災害の被災地の場合には、現地で働く人たちが業務の合間に、そして、そこに暮らす人たちが不自由な避難生活を強いられながら行うことになります。そのために無理を強いることはできません。そうならないようにいかに記録をとるのかが、疫学者の腕の見せどころになるのだろうと思います。そして多くの人が、今後のために記録ということが重要であるということを認識しておく必要があるのだろうと思います。

●まとめ

疫学研究は日常生活を送っているヒトを対象に行う研究です。つまり、社会を相手にして行っている研究なんですよね。そして、社会の状況の変化や課題が見えたときに、その状況を記録しておく、そして論文化しておくということは、のちの社会のための重要なエビデンスとなります。こういった重要な記述疫学研究を実行していくために、多くの人たちが協力する仕組みが必要なのだろうと感じます。

【参考文献】
1. 朝日新聞記事. https://www.asahi.com/special/10005/TKY201104250400.html (2024年1月11日アクセス)
2. Sugimoto M, et al. Public Health Nutr 2023; 26: 393-407



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