舞台×ミュージック・ビデオ×ライブ サカナクション「SAKANAQUARIUM 【アダプト】 ONLINE」の感想

2021年11月20日、山口一郎さんの「どうだった?」という一言だけのツイートが届きました。

僕はそれに答えず、返信欄を見ないように、いいねだけを押して、Twitterを閉じました。

一郎さんの問いには、明日にならないと答えられなかったからです。

この日はサカナクションのオンラインライブの、ファン限定公演の日、そして一般公演の前日。

来たる21日、今日まで出来る限りサカナクションの情報を遮断し、集中講義終わりでへろへろになりながらも夕食をコンビニの唐揚げ弁当で済ませ、電気を消して部屋の雰囲気を出してライブ開始を待ちました…

M1 multiple exposure
〜M3 なんてたって春

 物販の商会、スポンサーのコマーシャル映像が終わった後、スモークの中でゆっくりと映る鉄製の階段、

 カメラは一段、一段、このために作られたセット、通称 "アダプトタワー" を登っていきます。

 うっすらと聴こえてくるイントロ、ファンならすぐ分かる深海の予感、

 登りきった先には我らがボーカル、山口一郎さんが!電話ボックスのように仕切られた空間に、ギターを抱えて、一人俯きがちに立っていました

 シングル「夜の踊り子」のカップリング曲「multiple exposure」、カットが切れてメンバーは別の場所で演奏していることが判明します。 

 この曲、広い奥行きと多様な解釈が可能なテーマが魅力的な名曲です。

 「そう生きづらい」と繰り返す節では、自分がここ数年感じてきた閉塞感と呼応して特別な感情が生まれました。

 ギターを弾きながら電話ボックスを出た一郎さんは仰向けに倒れ込み画面から消え、画面には大きくタイトルが

SAKANAQUARIUM【アダプト】ONLINE

 間髪を入れずに、初めて聴くイントロが流れます。今回のライブ、ツアー後に発売予定のアルバム「アダプト」に入るであろう「キャラバン」という曲。

 前作の2曲目「マッチとピーナッツ」に近い退廃的でダンサブルな雰囲気、バンドメンバーと一郎さんが合流します。

 カットが切り替わり、さっきまで一郎さんがいた電話ボックスに閉じ込められてる少女の姿が。

 タイトル通り砂漠を行くキャラバンを思わせる歌詞、
「君に会いたくても」「春夏秋冬(ひととせ)はあっけない」など、印象に残るフレーズとともに、砂嵐を思わせるスモークの中、狭い空間を出ようと叫んでいる少女、彼女は何者なのか

 そんなことを考えながら次の曲「なんてったって春」。サカナクションが演奏している舞台は強烈な赤と灰色の光に包まれます。

 この曲にはボリューミーなサウンドやテクニカルなフレーズは無く、無機質なリズムとベース音に似合わない唱歌が乗せられるのですが、なぜだか心に沁みてくるのです。

 歌詞に出てくる赤いツツジの花、僕の地元では毎春真っ赤なつつじが咲くのでこの曲には何となく愛着を持っていましたが、今回の光の演出は特に良かった。

だんだん君は大人になっていった
流れた涙
なんてったって春だ

 ここで鮮烈なオイルアートとともに、さっきまで閉じ込められていた少女の残像がうっすらと映ります。

 彼女(公式では「アノコ」と表現される)が何なのか、人間なのか概念なのか、答えはありません、人によって思い思いの考えが出るのが台詞のない舞台の良いところです。僕はこの曲で、昔の思い出を重ねて少し切ない気持ちになったりしました。

M5 スローモーション
〜M7 月の椀

 「なんてったって春」は少しずつ音が小さくなり、残ったのはエジー(江島啓一さん)のドラムの音だけ、ここから曲のつなぎに入ります。

 暗い水中のようなエフェクトのかかった画面、ザッキー(岡崎英美さん)のピアノが入り、モッチ(岩寺基晴さん)の特徴的なギターフレーズが入ってくる…

 まだ何の曲か分からない…

 画面が明るくなるとともに、街灯の下、畳んだ傘を持ってベンチに腰掛ける「アノコ」が

 思わず「やられた!」と思いました。ライブでの披露も少なく、映像化はゼロだけど多くのファンから聴きたいと言われ続けてきた隠れた名曲「スローモーション」だったのです。

 これは本当に驚きました。「サカナクション スローモーション」で検索してもらうと分かるのですが、この曲のMVは「宇宙人の通販番組」とでも言うような奇妙な映像で、曲の内容はストレートに伝わりにくい気がします。

 今回披露された「スローモーション」は、カメラワークや舞台の精密さがMVのよう、というかMVのつもりで撮影しているかのよう。別の曲を聴いたかのような新鮮さがあって、ぶっちゃけ最初からMVをこれにしていればこの曲もっと人気になってたんじゃないか、と思ってしまいました。

 とはいえ元のMVが僕は大好きです。サビの直前で司会者が決めポーズをする所とか、着ぐるみが踊るところとか、曲とリンクしているようでしていない映像が面白く、どんな意図でこんなMVにしたんだろうとか、歌のリズム感を楽しんだりして、

 だから歌詞のイメージ直球の映像にせず、不可思議なMVで公開してから、アダプトONLINEで原点に帰るという試みに拍手を送りたいです。絶対に逆だったら味わえなかった感動です。どっちも見たことない方はぜひMVの映像を先に見てほしいです。

 話が長くなりましたが、「スローモーション」が終わり、アノコは傘をさして雪の中を去って行きました。

 ここからまたつなぎのゾーン(ここのつなぎは特にワクワクしました。)、間もなく始まったのは有名な「バッハの旋律を夜に聴いたせいです。」背景にバッハの肖像画が掛かり、一郎さんのマネキン人形が踊り出します。

 アノコは別の場所で壊れかけのブラウン管でそのサカナクションの様子を見ています。

 場面が変わってカメラが遠ざかると、サカナクションがライブをしているアダプトタワー本ステージと、アノコがテレビを観ている小さいステージがすぐ隣だったことが判明します。

 まるで演劇の手法で、一つの舞台にいるのに光の演出だけで別々の場所にいるように見せる演出のよう。

 なんて事のないシーンですが、舞台のからくりが少しわかって嬉しかった部分です。

 バッハが終わるとまたつなぎ!ここでエジーとベースの草刈亜美ちゃんが目配せをするカットが映ります。ファン心をよく分かっておられる(笑)

 次の曲…「陽炎」?、いや違う…

 あっ、「気になりダンス」じゃないか!

 トヨタ自動車「ヤリスクロス」のCM曲、サビの「気になりだす」という単語が「気になりダンス」に聞こえることからこの愛称がついた新曲、「月の椀」、気づけば本舞台には月が浮かび一郎さんはおらず、森の中を歩きながら歌う一郎さんのモノクロ映像と演奏する4人が交互に映し出されます。

 と思ったのも束の間、一郎さんはさっきの小さなステージに移動していただけでした。こういう演出にダマされる感覚はとても気持ちがいいです(笑)。

 しかし「月の椀」はCMの段階ではポップな曲だなぁと思っていたのですが、中層〜深海のパートに加わっていい味を出している事が少し意外でした。あ、でもそういえば陽炎も中層曲だったっけ…

M8 ティーンエイジ
M9 雑踏

 再び暗い照明になり、次の曲「ティーンエイジ」に、一郎さんは本ステージに戻っており、小ステージにはうずくまるアノコが、アノコの目の前には小型カメラがあり、本ステージの壁に彼女の様子が映し出されています。

 正直この曲がライブで聴けると思っていませんでした。というかここまでの曲順ほとんどが想定外で、すごいなぁと。この曲も派手ではありませんが、思春期のねじくれた気分そのもので、20歳を超えた今聴いても共感できる。

 曲中にキラキラした音が入ってるんですが、モッチがギターのナットより上の部分の弦を弾いて鳴らしている音と判明。CDで聴いてた時はシンセサイザーかと思っていました。

 そして後半にさしかかるところで暗転、パッと明転するとアノコが正面を向いて(小ステージにあるカメラに向かって)咆哮しています。

 この曲後半約2分はずっと歌のない疾走感のあるインストが流れる独特な曲です。

 この時の赤い光に照らされたアノコの表情が、泣き叫んでいるのか、威嚇しているのか、邪悪な笑みを浮かべているのか、取り憑かれたような様子が、青春のカオスな部分をうまく表していました。

 一郎さんはそれに反応するように両手で顔を覆い、苦しみにもがくような動作をします。何故か見ていると10代の苦い思い出が蘇ってくるような、

 「ティーンエイジ」が終わり、「雑踏」は先刻までとはうって変わってとても穏やかな雰囲気で始まりました。

 たしかこの曲、一郎さんが恋人と別れた直後に作った曲だったよなぁと考えながら観ていると、

歌っている一郎さんの前にブレスレットをつけたほっそりとした手が伸びてきて、真四角のブロックらしきものが置かれていきます。

 この手の主はアノコで、床に置かれたライブの様子が映っているタブレットの上にブロックを置いていたのです。

 ブロックには街の写真が印刷されており、アノコはそれを無作為に並べていきます。

 ついに画面がブロックで埋もれたとき、雷に打たれたように画面が光り、動き始めます。

 アノコはタワーの目の前、演奏しているサカナクションの目の前に立っていたことが判明します。

 今まで直接対面する場面がなかったので、この邂逅はじーんときました。

 こうして「雑踏」も終わり、ライブ前半戦はいよいよクライマックスを迎えます。

M10 目が明く藍色

目が明く藍色」、曲調が目まぐるしく変わるこの7分の大作が来たことで、この物語も終わりを迎えるんだなと思うと、すごく寂しさを感じて、歌詞の一言一言を噛み締めるように聴きました。

 「光はライターの光 ユレテルユレテル」と大合唱になる部分で、ステージにまたアノコが映りました。今度はじっと見つめる顔、微笑、口を開けて笑っている様子、静止画がコマ送りのように切り替わります。

 合唱が盛り上がりの頂点に達して再びもとの曲調に戻ると、青空の下で立っているアノコの映像が映ります。最終的に舞台は青空と雲で覆われ、大団円を迎えます。

 演奏が終わった後、一郎さんの手がアップで映ります。

 一郎さんの手は持っていたピックを離し、ゆっくりと降ろしていく

 その手を、ブレスレットをつけた手が受け止めて…

 暗転した…

所感

 ここまでが前半、女優の川床明日香さんが出演するパートの流れです。後半からはいつものサカナクションモードに入り、これもめっちゃ最高なのですが、長くなるので簡単に、

 一つ言うとすると、可愛い山口一郎、「山口かわ郎」(勝手に読んでます)シーンが沢山あったということ、

 「アイデンティティ」でカメラに向かって手招きして、ギター持ってカメラ狙い撃ちするところ、「夜の踊り子」で「ちょっと奥さん」みたいな感じで手を振るところ、「忘れられないの」で舞台を降りて観客みたいにモッチのギターソロの前で手をわしゃわしゃやるところ、前半の張り詰めていた空気から一変、吹っ切れた感じ、心からライブを楽しんでいる感じで、とても救われた気分になりました。

 去年から今年の夏まではNF memberに入っていたのですが、諸事情で継続できなかったんですよね。めっちゃ後悔しましたね。

 今回のライブで分かったことが、これは大変だよ、ということ。

 一郎さん、これだけの大所帯のチームサカナクションフロントマンとして引っ張ってきて、こんな想像を遥かに超えるライブを作り上げちゃうんだもの。

 いつかまたNF member入り直して、改めてチームサカナクションに一生ついて行きたいと思いました。







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