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【心の詩歌】短歌の韻律について考える その四 「べくべから」再考

この文章の「その一」で引用した評文があります。

短歌は、歌である。
万葉集やわらべうたなど、現代の私たちが少し聞いたぐらいでは意味が分からなくても、
心地よい調べならば自然と歌を覚えるということがある。

意味を重視することの多い現代短歌において、この歌は、
短歌の生命線ともいうべき韻律の大切さを思い出させてくれる。

加藤ちひろ (ウェブサイト 京大短歌 一首評〈第40回〉)

これは次の短歌を評したものです。

べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊 永井陽子

『樟の木のうた』

この短歌は、「意味」が薄い。
「べし」の活用を並べる前半部はもちろんですが、後半の「すずかけ並木来る鼓笛隊」の部分も、「べしの活用について音の印象を語っていて、もしかしたら鼓笛隊は想像のなかのものかも?」と思います。

加藤ちひろの評文には、「意味が分からなくても、心地よい調べならば自然と歌を覚える」とあります。
それはひとつの正しい意見だと思います。

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