中本速

詩人。 詩集『照らす』を刊行した。 最近は短歌を書いている。

中本速

詩人。 詩集『照らす』を刊行した。 最近は短歌を書いている。

    マガジン

    • えいしょ・評

      • 71本

      メンバーによる評が読めます。

    • ハンセン病療養者の短詩を読む

      『訴歌 あなたはきっと橋を渡って来てくれる』阿部正子・編、皓星社 という本から、 ハンセン病療養者の短歌・俳句・川柳を評付きで紹介します。

      • えいしょ・評

        • 71本
      • ハンセン病療養者の短詩を読む

    最近の記事

    エスカレーターで前の人が落ちてきた

    エスカレーターで、もし前の人が倒れて落ちてきたらどうしようと想像することはありませんか。 きのう、実際にそれを経験しました。 想像と実際はかなり違った 実際に経験しますと、想像していたのとはかなり異なりました。 私が想像していたのは、人が後ろ側に倒れてゴロゴロと転がり落ちそうになることでした。 実際には、山登りで足をすべらせてすべり落ちてくるような感じでした。 意外と簡単に止まった 想像の中の私は、落ちてくる人の勢いを止めきれるか迷っていましたが、実際の人間は意外と

      • ハンセン病療養者の短詩を読む ⑫差別にあらがう ―みづみづと朱き地の唐辛子―

        最後に取り上げるのは、世の中の差別についての作品である。そのなかでも特に、なにか差別にあらがうことにかかわるような作品を紹介する。   架橋祝ぎて揚ぐる花火のとどろきにわれの裡なる過去砕けゆく 金沢真吾 ハンセン病の療養所は島に作られる場合があった。海による断絶は、社会と患者を切り離し、社会の側はそれで安心したのであろう。その島にようやく橋がかかる。橋は、建造物であってそれにとどまらない。祝いの花火の音に、作者の過去は「砕けゆく」。架橋の感動は、嬉しいとか悲しいとかまだ不安だ

        • ハンセン病療養者の短詩を読む ⑪社会との断絶 ―大がかりで捜して欲しいかくれんぼ―

          ハンセン病療養者の多くは、社会に嫌われて、見捨てられて、それでも社会とのつながりを求めてやまない。そういった思いの載せられた作品が多く見受けられる。   大がかりで捜して欲しいかくれんぼ 辻村みつ子 大掛かりで探してはもらえないと思っているからこそ、大掛かりで探してほしい。   世の中に隔てられたる癩院になほ囲ひして監禁室あり 壱岐耕人 隔絶された療養所に、さらにそのなかの社会にも隔絶されて、所の平常を乱す者の監禁室がある。   無菌地帯に咲く花花にとびゆける蝶の世界は吾等よ

          • ハンセン病療養者の短詩を読む ⑩療養所生活の現実 ―療園の門慕わしく忌まわしく―

            ハンセン病患者にとって療養所は確かに療養の場ではあったが、差別によって追いやられた場所であった。一方でその生活のなかに生きる喜びを見出すこともあったが、見出さざるを得なくて見出したという側面もあったことだろう。   かさなれる屋根屋根寒き月に照る夜の癩園に入園をせし 双葉志伸 屋根の向こうにまた屋根があって、それを月が照らしている。寒い夜である。 これから自分を迎える療養所の屋根を見て、そこに入ってぬくもれるということよりも、月の光の冷たさを思う。入園時を思い返す際、安心より

          マガジン

          マガジンをすべて見る すべて見る
          • えいしょ・評
            「えいしょ」同人 他
          • ハンセン病療養者の短詩を読む
            中本速

          記事

          記事をすべて見る すべて見る

            ハンセン病療養者の短詩を読む ⑨少年少女の生活と心情 ―あたらしき友を迎へて―

            ハンセン病療養者の短歌・俳句などの本『訴歌』には、少年少女の作品も収められている。 少年少女の作品には末尾に「少年」「少」などの表記がある。 少年らの作品や、少年期に関係のある作品を紹介する。   お保姆さんにワゼリン貰って手のひびにすり込みたれば手はひかるなり U・M子(尋常小六年) 手荒れを抑えるためワセリンを塗った。すり込めば光るという表現には、ただ塗ったというよりもすり込んだ分よく光っているような実感がこもる。 この見事な短歌には、「お保姆さん」という見慣れない文字が

            ハンセン病療養者の短詩を読む ⑧子供に関する苦悩 ―母乳を夜半に妻しぼり捨つ―

            ハンセン病患者は、感染の拡大をおそれて断種・中絶を強いられる場合が多かった。子供を持った場合も、差別にさらされたし、また患者自身も子への感染をおそれるほかなかった。 ここでは、子供と言っても子供の姿そのものではなく、親子の関係についての短歌を紹介する。 癩病めば優生手術をうけて住む夫婦舎地区に子らの声なし 北田由貴子  優生手術という言葉は字面はよいが、遺伝をおそれ、おそれさせられ、彼らは子を生す機能を強制的に断たれたのであった。夫婦舎地区には夫婦がたくさん住んでいたであろ

            ハンセン病療養者の短詩を読む ⑦夫婦の交流 ―息がこもれる火吹竹―

            ハンセン病療養者には、夫・妻のことを語る短歌が多い。限られた人間関係を尊く思っている様子が、自然と伝わるよい作品がある。それらを紹介する。 生きてあらば楽しきこともあるといひ妻はしたたか吾が背を叩く 山本吉徳 「生きていれば楽しいこともある」。妻はひとごとで言っているのではない。ハンセン病の患者は、療養所で他の患者と夫婦となることが多かった。したたか背を叩く妻は、自分自身をも励ます勢いで叩いたのだ。   盲ひ妻を肩に縋らせて歩み行く狭き雪路夜は光るなり 麻野登美也 上に記し

            ハンセン病療養者の短詩を読む ⑥肉親への思い ―訪いゆく時はなけれども―

            ハンセン病患者たちは、肉親の元を離れて、あるいは強制的に離れさせられて、療養所に暮らした。 そのあとの肉親との関係は、必ずしも良い関係とは限らなかった。 患者の肉親であることで、世間の差別を受けたからだ。 患者の側も親族の状況を察するが、察しても思いが消えるものではなかった。   逢ひに来し母と蛙の闇に泣く 片山爽水 母とともに泣く。親子の絆であるが、苦しい絆だ。蛙の闇は、蛙の声のひびく闇だ。たくさんの蛙の声に囲まれて、一組の親子が泣いている。   父もあり母もある子が癩院に

            ハンセン病療養者の短詩を読む ⑤望郷と断念 ―天気予報を聞いて病む―

            ハンセン病にかかった者は法律による「強制隔離」の対象となり、社会的には「無癩県運動」が行われた。県ごとに、患者がいないことを競うのである。 患者は療養所に行くことになるが、治療の難しさと、差別の恐怖から、帰郷は困難であった。 妻と子の久しく待てる韓国に病ひ癒えたる君の帰りゆく 内海俊夫 病気は国籍にかかわらずかかる。日本にいた韓国人が、ハンセン病にかかることもあった。彼らにとっては日本は異国。故郷は遠く感じられただろう。 帰る家なけれど恋ほし海を越えて灯またたく故里見れば

            出典の書き方に迷うという話

            最近、工藤吉生さんの日記に、ずっと出典の話が出てくる。やはり歌人の伊舎堂仁さんが、工藤さんの運営する短歌botに、非難するでも同調するでもなくだまって出典を付けていくということをやっていて、工藤さんも自分で出典を示そうとしているということらしい。 出典ってどう書いたらいいんでしょうね。 馬場あき子(さん)の短歌で『馬場あき子全歌集』が伊舎堂さんにリプライされたが、工藤さんは出典は歌集名を入れたいという。入れてなかっただけで入れ始めたら厳密にやりたい性格というか、厳密にやる

            ハンセン病療養者の短詩を読む ④ハンセン病という背景を感じさせない種類の作品 ―どこまでも信濃は青し―

            ハンセン病の患者が作った作品には、病気が反映されている。読む側も、連続してそれらを読むときは常にハンセン病のことが頭にある。 しかし、必ずしもそうではない作品、ハンセン病のことを一度忘れたほうが読みが広がるような作品もある。今回はそのような作品を紹介したい。 枇杷の実は熟れるはしからもぎ去られ雨にずぶ濡れの樹よ無一物 朝滋夫 枇杷の実が、熟したものからどんどん取られてしまい、雨にずぶ濡れの木が、無一物、所有物のない状態だという。 どこか明るい歌だ。 ここには実が奪われた結

            ハンセン病療養者の短詩を読む ③死との接近 ―葬儀の列は短かかりけり―

            ハンセン病の療養者は、常に死と隣り合わせであった。それは自らの病状でもあり、同じく療養所に住む患者の友らでもあった。そして絶望のあまり自死する者もいた。   君くびりゐしぶなの木もとの草むらはいちごの花のさきさかりけり 大石桂司 絶望のあまり首を吊った、そのぶなの木の根元に、苺の花が咲き盛っている。死者の事情に関わらず、命はまた生まれでる。この花は可愛らしい生命であるが、真実の冷徹さの証にも思える。   吾が歌集の刊行の日まで生きたしと所長に言ひぬ今朝の診察に 島田尺草 自分

            ハンセン病療養者の短詩を読む ②手足の麻痺 ―受くる指なし口づけのむ―

            ハンセン病は、手足の麻痺をもたらした。また、手足の変形として症状が現れる場合もあり、しばしば欠損にもつながった。 足萎えの吾が足音を聞きとめて窓辺の盲友は呼びとめるなり 田原浩 足が不自由な人の「足音」を聞き分けてその名を呼ぶのは、目の見えない同病者であった。 遺句集の重さ麻痺の手に計る 中山秋夫 闘病の末亡くなった患者の句集がある。その重さを、感覚のない手に感じ取る。重さとは重量だけのことではないだろう。 岩清水受くる指なし口づけのむ 林すみれ ハンセン病の麻痺は、結

            ハンセン病療養者の短詩を読む ①視力の喪失 ―夢は見えるから―

            清めたる義眼瞼に冷たけれ盲ひて会いしこの季節感 山岡響 洗った義眼が、まぶたに冷たい。それを、視力を失ったことで出会った季節感だという。「この季節感」の「この」に力がこもる。 静まりて舌に点字を読む見れば生きると言ふはかく美しき 永井静夫 ハンセン病患者は視力を失うという症状のほかに、手足の感覚が麻痺する症状がある。点字は指ではなく舌で読む。「静まりて」というこの短歌は、複数の患者がいっせいに点字を読んでいる様子を示しているのではないだろうか。 唇にさぐる花弁のみなやさし

            ハンセン病療養者の短詩を読む はじめに

            私の手元にある書籍、『訴歌 あなたはきっと橋を渡って来てくれる』の装丁には、変わった点がある。   白い書籍に鮮やかなピンクの帯が掛かり、帯には「抗い、生き、歌った! ハンセン病療養者の命の一行詩 短歌・俳句・川柳」とある。 帯文が示す通り、この本はハンセン病療養者の短歌・俳句・川柳を集めた詞華集である。 編者は阿部正子といい、辞典の編集者をしている人だそうだ。   装丁が変わっているというのはどういうことか。編者の名前は帯に隠れて、背表紙にも表紙の表にも見えないのである。

            助詞の省略について

            助詞の省略について「筒の中光りたり」という竹取物語の文をもとに考えてみる。 「筒の中光りたり」では、「が」が省略されている。 現代文に直せば「筒の中が光っていた」となる。 しかし、これを「筒の中光っていた」と書けば不自然である。 現代文と古文では、古文のほうが自然に助詞を省略可能な場合がある。 さてしかし、これを私がだれか友達に話すように言葉にするならば、 「筒の中が光っとった!」 「筒の中光っとった!」 のどちらも可能である。むしろ後者のほうが自然だという人も多いだろ