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きゅうりの種には目があるなんて言ったの誰なんだろう。
どこでいつ耳にしたのかも分からない話だけど、なんとなく忘れることができなかった。

ほら、やっぱりない。
って確認して安心するのが決まり事の遊び事。
もはやルーティンになってしまって毎回何の気なく種を確認してしまう。

今日はポテトサラダを作ろうと思ってそいつを選んだ。
トゲトゲがちょっと鋭い、なんとなく新鮮そうなヤツ。緑臭もいい感じ。

ごちん、と包丁を通す。
いつも通りスッと断面を見つめる。

…。

ありました。
いや、合いました。
ちっっっっっっっちゃい、目が。

「えーーーっと」

ジャガイモを洗います。
丁寧に土を水で洗い流す。

ちょっといったん、ヤツは放置。
すべては昨日の寝不足のせいでしょう。

と思いながら鼻歌なんて歌いながらサラダを作った。
いつも通り無心でスムーズに作った。

そしたら目があったことなんて忘れた。

「いただきまーす」

息子の健がもりもり食べている。
私も向かいに座って食べる。
別に変らない、いつも通りの日常。


「ごちそーさん」

早い。勉強をしてる気配もないのに一瞬で部屋に戻って何をしているんだろうか。

私ひとり食べる。
もりもり、ごくごく、もぐ。

……あ。

唐突にお皿に盛られて薄っぺらくなったヤツらが気になりだした。

おそるおそる、のぞき込む。

…。

あるな。

これはあるな。黒い、目。


輪切りにした断面に、ちょんちょんっと二つ黒い点。
じーっと見つめられてる感が、ある。

これは目です。



輪切りに薄っぺらくなってるくせに、全部にちゃんとふたつある。


じゃがいもに紛れてへにゃへにゃ不格好な姿しているくせに、じっと、可能な限り私を見てくる。


なんだこいつら。

初見で目が合ったときはさすがにちょっと恐怖だったのに、今はなんとなく完全勝利感があって怖くない。


包丁で刻んだのは私だからな。
私の方が目、でかいしな。

…。

箸でつまんでふつうに食べた。噛み砕いてやった。ポリポリする。


まあ所詮目があろうとなかろうと？キュウリはキュウリなんだよ。
皮に包まれて外界を見たこともないだろうし、喜びを誰かと分かち合ったりしたことないでしょ。あのねえ、口がないから分かんないかもしれないけど大変なんだよ人間って。何言っても全然話通じねえなこいつって人をなんとか説得しなきゃいけないときもあるし、いい顔してよそいきの声で「そうですよね～～～」って笑いながら相槌打たなきゃいけないこともあるの。分かんないと思うけど。まあでもさぁ、うまくやり過ごす術を知ってしまったからこそ戻れない純粋な気持ちとかもあるわけ。あーー、思う存分公園走れるだけで楽しかった小学生の頃、健みてて思い出したりもしてさーあ。いいなあ、あのころは楽しかったなぁって昔の余韻に浸る時間は悪くないなあとかも思うよーー。人間深いわーー。ってここまで生きてきちゃったら悟り開くしかないよねー、そうやってだましだまし生きるしか、ないよねーー。えーー？でキュウリはどうなのよ？？？

ポテトサラダをもいちど見つめる。

……。

目が、でかくなってる。

そんで、皿びちゃびちゃ。

あ。…泣いてんだ。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

まじで本当にごめんなさい。目が小さいとか言ってごめんなさい。
キュウリの気持ちわかってなくてごめんなさい。


語る口がないから言えないこと、伝えようと思っても伝わらないこと、たくさんありますよね。ごめんなさい。

ひとり土下座。ここまで来たらまた怖くて仕方がない、一生懸命あやまる。
ちゃんと謝るのなんていつぶりだ。


できるかぎりの謝罪をして、見つめる。
……もう泣いてはなさそう。目のでかさはそのまま。

みてる。こっちを見てる。はあーーーー、どうしよ！！


困ったわたし。
見つめてたらそのうち目もなくなるのでは…？というなんとも曖昧な希望を抱いて10分ほど見つめあう。

…くそ。なくならない。真顔対決みたいになってきた。



とりあえずべちゃべちゃでジャガイモが溺れてる感じがしたので水をジャーっと流す。あ、水っていうか涙だけど。

真顔対決再び。

…どうしたらいいんだようぅぅぅ。。。

はあーーーーー。泣けてきた。地球上の対決とは思えない。私もう死ぬんかな。

泣きたくもないのに涙がスーーッと流れた。もういやだ。こわい。


そしたら同じように、鏡みたいに、ヤツらもスーーッと涙を流す。

「なんなのーー！！！泣かないで…！！！！」

わたし、おろおろしながらお皿ごと抱えてあやす。奴らをあやす。

「よしよしよしよしよしよし～～～～、大丈夫だよ～～～」

もう自分で自分の情緒がわかりません。

なんか、あやしているうちに急に可愛く思えてきてしまって、ジャガイモとかニンジンからキュウリだけつまみ出して別のお皿にいれた。

輪切り薄い6枚。目、でかめ。性格、穏やか。（たぶん）

そこから私の目つきキュウリとの共同生活がはじまる。長い長い、2日間の共同生活。

といっても暇なとき、洗濯物をとりこんだとき、寝る前などにちょっと話しかける程度。もう馬鹿にしたりしない。キュウリだからって苦しみが全くないとかそういうわけじゃないだろう、尊敬をもって接する。しかし目がでかいな。


頭おかしくなったと思われようが、ともに涙を流した絆は他の誰にも分かりえないでしょう！！私たちの心は確かにつながっている。

日々の思いと報告をキュウリにまじめに話しかける母親に健は特になにも言わない。いい子だ。なにかを察している。

二日後、しなしなになって目もどれか分からないくらい元気がなくなって目つきキュウリは一生を終えた。さみしい。

庭の花壇の土を掘って埋めてあげた。花をそえた。

…もっと人間の一生を見せて体験させてあげたかったなあ………。

＊

今日は塩もみキュウリを作ろうと思ってそいつを選んだ。
トゲトゲがちょっと鋭い、なんとなく新鮮そうなヤツ。緑臭もいい感じ。

ごちん、と包丁を通す。
いつも通りスッと断面を見つめる。

……。

ない。
あーーー、残念。