小さな世界
先日、港町を旅したときのこと。
その町は、歴史的にも有名な詩人・金子みすゞが生まれ育った場所だった。金子みすゞと言えば、小学校や中学校の国語の教科書でお目にかかることも少なくない。私の通っていた小学校の教科書にはたしか「私と小鳥と鈴と」が掲載されていた。
町を歩いていると、あちらこちらに彼女の詩が書かれた彫刻や絵が飾られている。有名なものから、初めて見たものなどいろいろあった。
散策の日はあいにくの雨だったけれど「100年前にもこの町を歩いていた人がいるんだなあ」と思ったらなんだか嬉しいような、緊張するような、不思議な感覚になった。
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彼女が残した詩には、地元の港町の様子がたくさん出てくる。
特に「お魚」についての描写が多い。イワシ、クジラ、などテーマにしている魚はその都度違うけれど、とにかく魚が頻繁に登場する。魚が暮らす海の話も多かった。
詩を目にするたびに「彼女は本当にこの町で毎日を生きていたんだな」ということが伝わってきた。
時代の影響もあって、現代のように飛行機や新幹線でパパっと他県に移動することはできなかったと思う。そういう事情もきっとあったけれど、ふるさとで毎日を淡々と生きることは彼女にとって幸せだったに違いない。
「小さな世界で地道に生きること」はとても美しい。しとしとと雨降るなか港町を一人で歩きそう感じた。
神社の桜を見に行ったこと、雨の日の空は灰色だと気が付いたこと、町の乾物屋のこと、ハトの親子を見つけたこと、すべてが港町で起きていることだ。一見なんでもない日常だけれども、彼女の心のなかの豊かな気付きをお裾分けしてもらっている気がして、温かくなった。
毎日を同じ場所で生き、変化の少ない時間だったかもしれない。それでも彼女の心はツヤツヤに潤っていて、優しかった。
世界の端から端まで贅沢に飛ぶことだってできる今、もし彼女が生きていたらやっぱり同じように港町でじっくり暮らしていたんじゃないかなあ、と勝手に想像している。
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彼女の作品のなかに「瀬戸の雨」という詩がある。
ちょうど私が港町を散歩していた日が雨で「みすゞも同じような景色を眺めていたのかなあ」と考え、感慨深い気持ちになる。せっかくだから、この作品が飾られているという海辺へ行ってみることにした。
海は雨でキラキラした感じはなかったけれど、びっくりするほど透き通っていて澄んでいた。ゆらゆら揺れる海面と、ポツリポツリ降る雨と。
豊かな自然が小さな世界を面白くしている。
そのとき必要なことに必要な分だけ、ありがたく使わせていただきます。