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トイレはどこに

「ねえねえ、トイレ行かない?」

夫を起こして真夜中にふたり一緒にトイレに行く。なんでいい歳した夫婦がそんなことやっているのか、と言えばうちには今使えるトイレがないからだ。正確には家屋内に使えるトイレがない。

理由は浄化槽の取替え工事を行っているから。

私が暮らす地域には下水道が整備されていない。だから各家庭にいわゆる浄水場の役割を果たす浄化槽が地中に埋め込まれている。浄化槽の見た目は大きなお風呂みたい。

そんなわけで二、三週間のあいだ私たちは庭に置かれた仮設トイレを使っている。工事現場やイベント会場でよく見る派手で大きなプラスチックのあのかたまりだ。

仮設トイレに電気はなくて、夜は暗いから懐中電灯を片手に用を済ます。

ここで問題が発生。

こんな状況を自分はすごく怖がっているのだ。何が怖いってオバケなんかじゃない。ムカデだ。5月は気温が一気に上がって虫も元気いっぱいになる。噛まれたらひとたまりもないムカデももちろん元気百倍!全然嬉しくない。

「ムカデに怯えながら毎晩外でトイレするなんて嫌」

正直な気持ちだった。

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電気ナシの屋外仮設トイレ生活をしていて感じたことがある。

「自分は屋外トイレ生活を望んでいない」

これは結構発見だった。そりゃこれまでの人生でこんなに長い間、屋外仮設トイレを使っていたことがないのだから新発見なのは当然だろう。せいぜいキャンプに行ったときの一泊や二泊くらい。

もっと田舎に行けば私たちのように事情がなくても、屋外トイレを使っている家庭もあるのだと思う。昔は人の糞尿を畑の肥料にするため家に溜めていたって、どこかで読んだことがある。

もしかしたらそういう生活をガッツリ望んでいる人がいるかもしれない。だとしたら、今の自分の状況なんてへの河童だろう。そんなんで大丈夫なの?ムカデに怯えているようじゃあまだまだだね、なんて言われてしまいそう。

それでも自分は屋外トイレ生活をしていて幸せだとは思えていない。

幸せって自然と湧き上がってくる感情だ。素直に「嫌だ」と思ったんだから明らかに屋外トイレ生活に喜びを感じていない。例えば夫が平気だよ~なんて呑気な顔してあっけらかんとしていても、私は違う。

「そこまでの田舎暮らしは望まない」

ある意味自分の理想やラインが見えた気がする。トイレは家の中がいい。ムカデに怯えなくていい環境で用を足したい。懐中電灯じゃないちゃんとした電気が欲しい。

幸せには独自のアンテナが必要だ。

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「10センチ以上あるムカデを数日で4匹も殺したんです」

泣く泣く工事を担当してくれている建築士にすがりついた。早く工事を終えて欲しくて頼み込んだ。結果は、天気次第と言われてまた精神がすり減った。

長い人生のうちの数日くらい「これも経験」と思って捧げてもいいけれど、やっぱりトイレは家の中を希望する。

そのとき必要なことに必要な分だけ、ありがたく使わせていただきます。