見出し画像

想像の生き物

起きて欲しくないことが起きた。先日から怖がっているムカデがついに自宅の中で発見された。

「勘弁してー!!」

薄暗いなか縁側沿いをこちらに迫ってくるその姿はおどろおどろしく、怖い以外の何ものでもない感情になった。すぐさまバケツを用意し捕まえ、その場はなんとかしのぐことができた。

それからのことだ。

完全にトラウマになってしまった。トラウマだと実感したのは文字通り四六時中そのことを考えていると気が付いたからだった。ムカデのことが頭から離れず常に考えている。

例えば、夕方になると外が暗くなってきて、またあの恐ろしい姿が現れるのではないかとソワソワしたり、無性に足元が気になったり、靴紐がムカデに見えてびっくりしたり、お風呂場の床や天井を無駄に観察するようになったり、虫除けを必要以上に撒いたり、いろいろだ。

ひどいのは最近ほぼ毎日ムカデの夢を見ること。

被害者の経験談によると、夜中布団に侵入してきて噛みつくこともあるらしく、その話が頭にこびりついてしまったのだ。私は怯えている。朝から夜までずっと。

***

「どうしようも出来ないことに振り回されている」

これまでの人生で経験したトラウマはそう多くはないが、最も刻まれた出来事はとある人が原因だった。

四六時中恐怖に怯え、自分ではどうにもできない自分以外の生き物(人間を含む)の行動に振り回され、嫌悪感を抱くしか方法がなかった。

トラウマはいつも自分を狂わせる。

対象は次にどんな行動を取るかも予測不能であり、最低限の対策しかできずあとはただただ怯えて過ごすだけ。どうすることもできずひたすら怯えて生きることほど気持ちが沈むものはない。

対象に嫌悪感を示すと同時に、自分の想像力も憎んだ。

だって何かに怯えるのはまだ起きていない未来を予測しているものだから。

実際ムカデが布団に入ってきたことはまだないし、噛まれたわけでもない。それでも四六時中怯えているのはあくまで自分自身で最悪の出来事を想像しているからなのだ。そう考えたら少し悪い気もしてくる。想像の生き物にヒヤヒヤしてたんだ。

去年の今頃はまだこの古民家に住んでいなかったわけで、ムカデにとってみたら私は急に住まいを横取りした悪しきヤツなのかもしれない。

ムカデが出てしまうのはどうしようもなく仕方のないことだけれども、せめてこれからくる未来には、悪いことを想像しちゃっても実際には起きないと確信できる仕組みがあったらいいのにと思う。もっといいのは悪いこと事体を想像しなくて済む穏やかな世界がやってくること。

想像力は人によって異なるものだけど、私のように起きていない事柄をひどく心配する人もいるから。

***

写真 2020-05-23 15 00 40

「ハーブを大量に植えたい」

夫に報告した。ハーブはいろいろな虫除けに効果があって、ムカデにも有効らしい。お互いの住処を荒らさないように境界線を作る作戦だ。

バケツをひっくり返したら、ちゃっかりそこにいて心臓が飛び出るほど驚くことだってあるけれど、せっかく同じ敷地に住んでいるんだもんね。

なーんて、そこまで優しくはなれないけれどこの土地で共に生きる者同士仲良くやりたい、とまでは思えるようにトラウマを克服してきた。

そのとき必要なことに必要な分だけ、ありがたく使わせていただきます。