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愛のメリット・デメリットと自分語り

「あのねぇ、そもそも人付き合いをメリットデメリットで測ろうするということは、君は呪われているんだよ」

先日友人からひどくお説教を食らった。長年わたしを気に掛け「ちびちゃん」と呼んでくれる夫婦だ。
わたしより年上で二人して様々な場所に行き、二人は多くの人に会って多くの経験を共有しているような理想的すぎるおしどり夫婦だ。

そんな二人がたまたま近くに寄ったのでブランチでもとわたしを誘ってくれ、最近は会う機会が減っていたのもあり、わたしはすぐさま指定のファミレスへ駆けつけた。
二人はここしばらくのわたしの話をウンウンと楽しそうに聞いてくれた。
最近自律神経が良くなってきたこと、働き方を変えたこと、おみくじで失せ物が変な場所にあるとのお達しを見たこと、紺青色のインクを作るのに一人キレ散らかしながら奮闘していたこと—。

彼女はウケた話に手を叩いて笑い、その隣の彼は顔を下に向けて笑うのが特徴的だ。

わたしには二人に絶対質問しないことが一つだけあった。ずっと心の底に仕舞って答えを聞かないようにしていた。でもふと、なんとなく、久しぶりに会えたからだろうか、わたしの環境が大きく変わったからだろうか。
その質問を口にしてしまった。

「どうして二人は結婚したの?」

二人は目を見合わせることなくキョトンとわたしを凝視した。
あ、まずい。これは二人から説教される合図だ。

以前にわたしは別の質問をしたことがある。その時のわたしは欝々としていて俯きながらポツンと呟いた一言を二人が掬い上げた。
「なんでみんなわたしのこと好きになっちゃうんだろう」

あんまりにもあんまりで、これ以上ない贅沢な一言。だけど当時のわたしの悩みの種を二人は掘り起こした。その時も二人はキョトンとわたしを見つめ、夫婦間で短いディスカッションを挟んだのちに答えを出した。
「愛想が良すぎるからよ」
その後延々と説教が続き、その日は日付が変わって2時間後に釈放となった。

閑話休題。

ともかく二人の説教の鋭さと的確さはわたしの前頭葉をぶち壊すほどに倫理的で的確で痛くて正しい。
わたしが二人を正しいと思う理由に「身に覚えがありすぎる」からだ。

「どうして二人は結婚したの?」
という質問が思わず出てしまい、二人はわたしを見つめる。しまった。と頭を抱えた時にはもうすでに二人はディスカッションモードに入ってしまい、終わるのを待つしかなかった。
思ったよりもディスカッションは短かった。彼女側の方から答えが出た。

「そりゃ〜、好き、だからだよ」

もう質問して答えまで出してもらったのだからこの際わたしがディスカッションを壊してやろうとさらに口を挟んだ。

「それって結婚じゃなくても良くない?だってお互い好きっていう関係は変わらないのに、書面上で二人は今後ずっと一緒にいますって結構重い契約書(婚姻届のこと)を書くんだよ?」

反論は言い終える前に来た。

「そもそも、前提として婚姻届を契約書だと思ってることの方がズレてるよ」
「え?」
「さんざん引越しし続けて転居届を書いて来たのに転居届を契約書かなんかだとおもってたの?」
「転居届は違う…」
「じゃあ婚姻届も違うよ」

前頭葉が壊れそうだ。

「まぁちびちゃんは過去に『婚約破棄』をしたことがあるからそう思うのかもしれないし、何より身近に離婚した親を持つからそう思ってしまうのも無理ないけど」

ううう、身に覚えがある…。これはわたしにとっての正論だ。

「婚姻届を出したところで何も変わらないよ、苗字が変わることの手続きはめんどくさいかもしれないけど、確定申告よりは楽だと思うよ」

聞きたいのはそこではないのかもしれない。ううう…。
そこで彼が口をやっと開いた。

「まぁ、運が悪かったのかも。親は目の前で離婚して、君の妹は離婚寸前、本人は婚約破棄の経験で揉めたことがあって結婚って概念にリスクとリターンを求めちゃってるのかもなぁ」
「あーそりゃ、周りの一般的な夫婦になんで結婚したのか不思議に思うことはあるかもね」

ぐぅの根も出ないことなんてなかった。ぐううううう…と唸るわたしを尻目に二人はコーヒーを飲んでいる。

「結婚するのにリスクもリターンもメリットもデメリットもないよ。楽しいことだらけよ。」

飄々と彼女は言った。
前頭葉が溶けて涙に変わりそうだ。

「いろんなことから自衛のためにそうやって色々難しいこと考えてきたつもりだろうけど、話聞いてる感じ、もう大丈夫なんじゃない?もっと素直になりなよ」
「そうそう、もうちょっとバカになりなよ」

ちょっとwと二人はこづきあう。
そのテーブルを挟んで向かい側、ちびちゃんはもっと小さくなって動かない。

身近に見てきた、体験してきたことを繰り返さないために色々勉強した。ああいう風にならないためには、どうしたらいいのかたくさん考えた。

おもむろに彼が言った。
「愛だよ愛、おちびはいつだったか愛がなんだかわかったってデカい声だしてたじゃん」

概念として存在しているのは知っていたけど、その本質を見つけられずに奔走していた時期を思い出す。
やっとのことで見つけ出した「愛とは?」の答えをわたしは知っている。

バイトの時間が迫っていた。わたしは深いため息を吐きながらもう行かなくちゃと二人に告げた。
「また近くに寄ったら連絡するね〜」
「バイトではバカになるなよ〜!」

自分の分の会計とちょっと多めのお金を二人に渡してファミレスを出た。
まだわからないことがいっぱいある。でもその中で確固たる答えをひとつ持っている。
たぶん、それだけあればいいのかもしれない。

愛とは—。

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