ブランドの願いを込めた「ネーミング」と、迷ったときに立ち返る「コンセプト」|株式会社若廣 取締役企画開発本部長 沖田達哉さん【前編】
空港のお弁当「空弁(そらべん)」で一躍有名になった、焼き鯖すしを展開する福井県小浜市にある「若廣」。
2018年にデイリー向けの新しいブランド「すしべん」を立ち上げたことをきっかけにSKGはブランディングデザインをスタートしました。現在はJR日暮里駅内、新宿伊勢丹に店舗を置き、百貨店の催事などの展開もしています。
今回は若廣の取締役、東京支社社長ですしべん立ち上げの中心人物である沖田達哉さんから、SKGとともに取り組んだ「すしべん」という名前の誕生やコンセプト作りのエピソードをお伺いしました。
「すしべん」と聞いて、みんなが思い出せるようなお弁当の新ジャンルになれるように
– すしべんが生まれたきっかけを教えてください。
沖田:今や棒寿司の定番「焼き鯖すし」は若廣からスタートし、空港で購入できる「空弁」として認知を得て、羽田空港や東京駅、新大阪などのターミナル駅や百貨店の催事などで出店をしてきました。
次のステップとして新たなチャンスを模索していたんですよね。というのも、若廣の商品は週末やGW、年末年始など特別な機会にお土産として購入していただくことが多く、平日の売り上げが課題で、日々のランチや自宅の夜ご飯に食べてもらうようなデイリー商材を作りたいと考えていたんです。
ちょうどその頃東京支社の工場を葛飾に移転したご縁もあって、JRから亀有駅での店舗出店のお話をいただきました。ローカル線である亀有駅に集う人たちの日常に寄り添い、地元の方にも愛されるブランドを別の業態で立ち上げることになったのが「すしべん」誕生のきっかけです。
時を同じくして助川さんとも出会うきっかけがあり、新しい店舗のコンセプトやどういう商品を作っていきたいのかを話していましたね。
助川:覚えてますよ。いろいろとお話をお伺いするなかで、沖田さんが悩んでいらっしゃったので、「一緒にやりましょう!」と申し上げましたね。既に開店日もデイリー商材で挑戦したいということも決まっていたので、出店までのプランは一気に固めていきました。
沖田:まずはブランドのネーミングを考えましたよね。「東京での新規事業とはいえ、若廣で我々が培ってきたものはきちんと残したい」「若廣で長年培ってきたお酢やお米などの食材へのこだわり、製法のスキルを活かしながらデイリー商材に落とし込んでいきたい」と、商品への思いを助川さんに伝えました。助川さんはとっかかりから考えるために工場にも来てくれました。
助川:キッチンを見たいとお願いしたときは驚いていましたね。
沖田:助川さんはいろいろなところにアンテナを張っているんだなと感じました。
助川:立ち上げまでの限られた時間で、若廣というブランドについても細かくヒアリングさせていただきました。若廣が内包するブランドなのか、若廣と並列のブランドなのか、新しいブランドである「すしべん」の立ち位置を把握しておきたいと考えました。
母体の名前を引き継ぐブランドも一般的には存在するなかで、若廣の冠が付いたブランドも考えられました。ですが、デイリー商材に挑戦する実験的なブランドとして若廣の屋号は付けず、結果的にはロゴには若廣の判子だけに留めることに決めました。
助川:ネーミングから考えるために色々な百貨店の食品フロア等を散策したりしました。棒寿司の定番を作った若廣が、次は寿司のお弁当を定番化できるようにというシンプルな願いから「すしべん」に辿り着きました。「すしべん」と聞いて、みんなが思い出せるような存在を目指していきたいなと。
沖田:ネーミングの案は10個くらいはリストで出してくれましたよね。一番上に「すしべん」があって、直感で「これだ!」と思いました。最初の案は「すしべん」が漢字で「寿司弁」でしたが、ひらがなの方が良いのではないかという議論をしていたのをよく覚えてます。
助川:若廣の定番商品である焼き鯖すしも「すし」が漢字ではないこと、「べん」という文字もひらがなにした方が、弁当だけではない意味を込められるのではという理由からひらがなに決めました。その話を沖田さんにしたときに、「べんはベンチャーのべんでもありますね!」と言った沖田さんの言葉がとても印象に残っています。
– 沖田さんはなぜ「ベンチャー」を連想されたんですか?
沖田:若廣ブランドにおいて、いままでは代理店のコピーライターの方たちに提案していただいたものを「なるほど」と聞くばかりでしたが、助川さんと話しながら新しいブランドについて掘り下げていくと、自分ごととしてものすごく考えることもでき、いろいろな意味作りの視点が芽生えたのかもしれません。
若廣の東京進出は催事から始まり、徐々に駅構内の事業を展開していき、工場を持つようになるまで地道に頑張ってきました。「すしべん」のメンバーにはあの頃のことを忘れずに今でもベンチャー精神を持ち続けて欲しかったのだと思います。さらに「すしべん」は本社主体ではなく、東京主導でやろうとしていましたし。
企画開発がメインの仕事ということもあり、僕自身が遊び心を持ちながら新しいことに挑戦するベンチャー精神を常に持っているからかもしれませんね。
メンバーが「迷ったときに立ち返る場所」。ブランドコンセプトに込める言葉とは
沖田:ブランドコンセプトの言語化についても助川さんとたくさんやりとりをしました。僕がイメージしていたコンセプトは商品そのものでしたが、助川さんの定義していたコンセプトは商品はもちろんディスプレイや接客など広義的なものでした。
助川:ブランドコンセプトの言葉の議論にはとても時間をかけました。「すしべん」のコンセプトを言語化していく過程で沖田さんと僕で言葉の定義が違っていたんです。僕はすしべんという一つのブランドに向き合っていましたが、沖田さんは商品そのものに対してと、若廣とすしべんの両方の兼ね合いが頭の中にありました。
沖田:助川さんはブランドコンセプトの話になるといつもゴールデンサークルを出して説明をしてくれました。僕はこの機会に初めて知りました。
助川:沖田さんは若廣の焼き鯖すしをきっかけにした郷土料理を新しい視点で切った食文化という大前提の若廣のコンセプトの元、すしべんのブランドコンセプトはお弁当に使う「だししゃり」だとおっしゃった。確かに晴れの日商材とデイリー商材を分けた時にそれぞれの違いを考慮すると、すしべんは「だししゃり」が一つあると思います。
でも、 僕はブランドコンセプトとしての言葉は、「だししゃり」にこだわることで、すしべんが何を届けたいのかという思いの部分なのではないかと思った。ゴールデンサークルでいう”WHYの部分は何なのか”を形にしたかったんです。
沖田:ブランドコンセプトの話をした際に「迷ったときに必ず立ち返る場所」と言った助川さんの言葉がとても印象に残っています。 すしべんのメンバーが運営をしていて迷ったときに、なぜこの事業をやっているのか、立ち返ることがとても重要だと思っています。
一方で、コンセプトの部分を始めから作り込みすぎる必要はなくて、商品販売や事業展開の過程で挑戦をして、ブランド自体が研ぎ澄まされ成長していくなかで、「すしべんってこうだよね」と自然に「らしい」言葉が出てくるのではないかなと思っています。
助川:そんな風に実験的に捉えているところがベンチャーらしさですよね。ベンチャーではないですが、ルイ・ヴィトンやカルティエといったブランドはそういった考えがあるように思います。
– 沖田さんが伝えた「ベンチャー」という言葉を助川さんの口からも何度かお聞きしました。助川さんにとってもベンチャーのエピソードはすごく大切なんですね。
助川:そうですね。お客様向けのコンセプトではないものの、社内向けコンセプトとしてはあるのではないでしょうか。
若廣が「焼き鯖すし」という新しい食を定番化できた理由は、まさにベンチャー精神に由来しているはず。すしべんの「新しいお弁当の定番を作りたい」という思いもまさに同じです。なので、 僕自身もすしべんとの取り組みではベンチャー精神を常に思い出すようにしています。
ブランドの名前やコンセプトは、お客様や社会に向けてのメッセージであるとともに、ブランド自身が成長していくための旗印の役割があります。ブランドの成長への思いを明確に言語化することで社内へ浸透し、企業の成長の原動力となりえます。
SKGのブランディングは立ち上げ時だけではなく、その後世の中に広く正確に認知されて成長していく強いブランドになるよう取り組んでいます。そのためにも我々は「思い」の部分の言語化を重要とし、ヒアリングとコミュニケーションに時間をかけることを心がけています。
後編ではSKGとすしべんの長期的なパートナー契約を結んだ関係性や、今後の「すしべん」ブランドへの展望についてお伺いしました。
コンセプトを考える際に活用したゴールデンサークルについては、SKGのnote「ブランディングを人に例えてみると。」で詳しくご紹介しています。