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「全機」について②

前回、「全機」とは万物(自己)を生かしている〈いのち〉の働きであり、その仕組み(=機関)が生を本当の「生」ならしめ死を本当の「死」ならしめている、そして、その〈いのち〉の働きの仕組みが「透脱」と「現成」であると書きました。

前回に続いて本文を見ていきたいと思います。

生は来にあらず、生は去にあらず。生は現にあらず、生は成にあらざるなり。しかあれども、生は全機現なり、死は全機現なり。しるべし、自己に無量の法あるなかに、生あり、死あるなり。

『正法眼蔵』(二)岩波文庫

(「生」はどこから来るのでもなく、「生」はどこかへ去るのでもない。「生」はどこから現れるのでもなく、「生」は何かから成るのでもない。そうではあるが、「生」は〈いのち〉の全きあらわれであり、「死」は〈いのち〉の全きあらわれである。知るべきである、自己に人間の判断では量ることのできない法(ダルマ)というあり方があるなかに、「生」があり、「死」があるのだ。)

「生」はどこかからやってきたり、どこかへ去っていくというような時間的、空間的な現象ではありません。それは「死」も同様です。それはどちらも〈いのち〉の全現成であるといいます。

〈いのち〉の働きは、人間の判断以前の事実なので、時間と空間による二元的な自我の思考形式では捉えられません。〈いのち〉の働きは不思量底(=非二元)の世界であり、それは普通の思量ではなく、非思量(自我の思考を超えた思考)でのみ参究される世界です。そのためには自我を手放さなければなりません。つまり自我に信を置くことをやめることです。

自我を手放し、本当の〈いのち〉に信を置くことが「信心」であり、そこから生まれるのが「非思量」であるということを前回書きました。その非思量を用いて不思量底である自己を参究するのが仏道です。

父母未生以前の自己

引用文中に出てくる「自己」はもちろん不思量底である〈いのち〉を本源としている自己、すなわち父母未生以前の自己です。その自己に、自我の二元性によっては決して量ることのできない法(ダルマ)というあり方があり、その中に「生」があり、「死」があるのだといいます。

自我の思考では、「私」が生まれ「私」が死んでいく、と考えるのが普通ですが、本来は逆で、自己の中に「生」があり「死」があるのです。つまり「生」も「死」も、どちらも自己の法(ダルマ)=真理としてのあり方だということです。ですから、自己が生まれたり死んだりするというのは転倒した考えです。自己は生まれもしないし、死にもしません。ただ「在る」ものです。それが父母未生以前、時空以前(非二元)の自己です。

しづかに思量すべし、いまこの生、および生と同生せるところの衆法は、生にともなりとやせん、生にともならずとやせん。一時一法としても、生にともならざることなし、一事一心としても、生にともならざるなし。

『正法眼蔵』(二)岩波文庫

(しずかに参究するべきである、今のこの「生」、および「生」と同じく生きているところのさまざまな存在たちは、「生」に伴って存在しているのだろうか、「生」に伴なわずに存在しているのだろうか。時も存在もひとつとして「生」に伴わないことはない。事象や心もひとつとして「生」に伴わないことはない。)

「しづかに思量すべし」とは、ただ頭で静かに考えてみろ、ということではなく、非思量を用いて参究してみよ、ということだと思われます。というのも、普通の頭の判断、自我の思考では、「私」が出会うさまざまな存在や事象は「私」の外側で「私」とは関係なく存在しているように思われるからです。ですが、ここでの道元禅師の言葉はまるで逆のことを言っています。自分が出会うすべての存在は今のこの「生」と伴って存在している、つまり自己の「生」と〈ひとつ〉の存在なのだと言っているからです。

ちなみに、ここでの「衆法」や「一法」における「法」は「存在」という意味です。

存在は「時」であり、すべては「心」である

「一時一法」とは、存在は「時」であるということです(「有時」巻)。「一事一心」とは、どんな事象であれ「心」のあらわれでないものはないということです。つまり、すべての存在や事象は自己の「心」の本源から「時」というあり方で現成しているのです。

「心」とは〈いのち〉のことであり、「時」は直線的な流れる時間のことではなく、「今」という〈いのち〉の働き、すなわち「全機」のことです。この時、この時が、「今」であり、〈いのち〉の現成なのです。「今」とは決して流れない、永遠の働きのことです。

人も、動物も、自然も、物質も、自分の思いや感情など、内外のどんな存在・事象であれ、この今の「生」とひとつになって生きています。すべては〈いのち〉の全現成であるからです。それが本当の意味での自己の心、「一心」(ワンネス)です。

(次の引用箇所は長くなるので、次回にしたいと思います)

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