見出し画像

サイケデリック体験②顔の空気を抜け!

『プシュー、プシュー。顔の右側の空気を抜いたら、左右対称になるように左側も抜くんだよ』俺はそのころ自己流の顔ヨガにハマっていた。後輩のHくんに、顔の空気の抜き方をレクチャーする。Hくんは、『なるほど、顔の空気を抜くんですね』と、素直にうなずく。

『最初は足の親指から抜くといい。足首、膝、太もも、腰と順調に空気を抜いたら、背骨の7つのチャクラを開く。顔の空気を抜くのはそれが終わってからだ。ちょっと、トイレの鏡をみてくる。親指の空気はねじりながら抜きな』
『はい、やってみます』

トイレでプシュープシューと息を吐きながら、顔の形を変えようとしてる馬鹿は、俺だった。このとき、Hくんは瞑想を教えてもらって、初のトリップ体験のさなかで、頭がガバガバのお花畑になっている。僕のことを瞑想マスターだと信じ込み、ルパン三世のように、空気を抜けば顔の形が変わると知って、足の指をねじりながら、深い呼吸をしてる。

『よし、今日は、丸顔にして街へ繰り出すか。プシュー、プシュー、プシュー、プシュー。よしっ』
よしっ、ではない。俺はもともと丸顔だし、弱視に近いくらい目が悪かっただけだ。このとき、妄想が始まっていたのである。
『先輩、空気抜けましたよ』
『なんだって?』
『親指の空気、抜けました』
『コツを掴んだか、次は左足もやってみな。前後左右にグネグネすると、もっとたくさん抜けるよ』

俺はいいアドバイスをした気になっていた。『Hくん、僕は新しい歩き方を発見したよ。黒人走りと、日本人歩きに脱力をくわえたようなものだがね』
『プシュー、プシュー。へえ、どんな?』
『よし、塩パンを買いに行くついでに見せてあげよう』

玄関ドアを開けてエレベーターに乗り込む。
1階のボタンを押す。ウィーン……
『先輩って天衣無縫って感じっすよね、オーラあります』(Hくん、それ見えちゃいけないオーラだよ、君も瞑想のやりすぎで幻覚みてるよ、と今の俺ならたしなめる)
『ありがとう、よく言われる』(そんなわけねーだろ、大バカ野郎、と今の俺なら自分につっこむ)

エレベーターが開くと、俺はほれみろと言わんばかりに、宮本武蔵のような力の抜けた奇妙なクラゲ歩きをHくんにみせる。
『スタイリッシュっすね』
さっそく真似するHくん。
それを見た俺は、足を止める(やはり、素直なところがある。素質ありだ。こいつ伸びるぞ)俺は相変わらずバカだった。

そして、二人してくねくねくねくねパン屋にクラゲ歩きして 行き、パン屋で塩パンを買って、『キリストっぽいよねパンって』『塩パンはとくにそうっすよね』と、お花畑モード全開の会話をしながらマンションに帰った。

『おい、Hくん、顔の形、もとに戻ってるぞ』
『あ、ほんとだ、疲れたからかな、また顔の空気抜かなくちゃ』
『今日はもうトレーニングやめとこう』
『そうすっね』


久しぶりに、Hくんが家に来てあの頃のバカでも不思議な体験を語り合った。
『あの頃は、ふたりとも天才だと信じられてましたね』
『おもしろかったけど、凡人でいいわな』
『でも、僕、まだ昼飯抜いて瞑想してるんですよ、今も。夜もやってます。なんなら今もやってます』
『おい、お前ちょっと怖いぞ』
俺はもうしばらく瞑想をしていない。
※顔の空気を抜くという発想は、昔、ジョジョの奇妙な冒険にそんなコマがあったから、僕がかってにテレビでやっていた顔ヨガと組み合わせていた。あるいは、ギャング映画にそんなものがあったからかもしれない。
弱視のせいで、本当に、人間の顔は空気を抜くと変わるものだなぁ。素直にと信じ込んでしまっていた笑

サイケデリック体験②顔の空気を抜け!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?