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SIerはなぜ自社製品を作らないのか

「人身売買」「偽装請負」「デスマーチ」など悪評が絶えないIT業界。そのIT業界の中心プレイヤーであるSIerは受託開発や請負仕事を生業としています。つまり物販というより役務です。

もちろんサーバーやネットワーク機器やソフトウェアなどの物品を仕入販売することもありますが、売上・利益の中心を占めるのは役務です。人間がシステム構築や保守サポートするとかそういう仕事です。

基本的に物販というのは利益率が低いです。なぜなら他社からも同じものを買えるからです。メーカーから直接買える場合もあります。そういうモノに大きな利益を乗せると顧客に「コイツ相当利益積んでるな・・・」とすぐにバレます。もしくは相見積もりで競合他社に負けます。

かと言って役務の利益率がいいかというと必ずしもそうとは言えないのですが、少なくとも下請けIT企業に「お願い」するとか、工数を短く見積もるとか、コストを落とす手段があるにはあります。
というかそんなことばかりしているので下請け孫請けが大変なことになるのですが、エンドユーザーに提案するIT営業の立場からすると「物販の仕入販売なんて儲からない」と考えるのは自然なことでしょう。彼らは彼らで予算を持っているのです。

では、仕入販売でもなく、受託でもなく、アメリカのIT企業のように自社製品を作って売るという選択肢はないのでしょうか? 自社開発ソフトウェア=パッケージおよびクラウドサービスとなるわけで、初期投資は大きいものの原価率が低く利益率が高いため、理論上たくさん売れて損益分岐点を超えさえすれば仕入販売とは比較にならない利益を生みます。なのに、なぜほとんどのSIerは自社製品を開発しないのでしょうか? いくつか理由を上げてみましょう。

アメリカのメジャープレイヤーと競合しても勝てない

一番の理由これです。今更MicrosoftやSalesforceと同じようなことを始めても勝てません。
アメリカのIT製品は世界中で販売されており、売上規模が日本国内をターゲットとした日本製品とは全く違います。文字通り桁が違うのです。売上規模が大きいということはスケールメリットが効いているので価格が安いです。開発者の数も多いので、イノベーティブな新機能やAPIをどんどん載せてきます。
自社製品を小さい売上規模で安く売ると利益が出ません。損益分岐点を超えられないと赤字です。

SIer営業の毎月の予算に対して売上金額が小さすぎる

もちろんアメリカのメーカーがやらないことをやる=独自ポジションを取れば、そういった海外勢とは競合しません。日本独自の会計基準・法律・商習慣・セキュリティ基準に根ざした製品を作れば日本で売れるでしょう。実際多くの日本のメーカーはそういうビジネスをしています。
それでも、SIerが日常的に顧客へ提案している請負開発に対してIT製品というのはどうしても売上額が小さいのです。
それは当然で、自社製品=パッケージというのは「パッケージ化されているからスクラッチ開発より短納期で安い」という代物です。人月工数をかければかけるほど大きな売上を得られるSIerにとっては自分の首を締めているようなもので、そんな「短納期で安い」ものを買ってもらっても自分の予算が達成できません。営業がやる気を出さなければ製品は売れません。それなら今まで通りSI提案をしていた方がマシと考えるでしょう。月額500円/月の製品を1000人分売っても500,000円/月、6,000,000円/年にしかなりません。
1,000,000円/月のIT技術者2人分の工賃をもらえれば24,000,000円/年の売上が立ちます。自社開発した月額課金型の安価なクラウドサービスなど積極的に売り込む気にはならないでしょう。

サブスクリプション売上が評価されない

「新規案件を取ってこそ営業」と考えているSIer幹部は少なくありません。そういう会社だと、毎月のサブスクリプションや年次更新費用が営業の売上として評価されないのです。会計基準によってはそれらは保守部門に渡さないと行けない場合もあります。
そういう会社では物理サーバーやアプライアンスを何十台売ったとか、大型システムのスクラッチ開発の仕事を取ったとか、そういう案件でないと予算達成の助けになりません。

社内のIT技術者をリストラできない

「売上金額が小さすぎる」に近いのですが、SIerにはとてもたくさんのIT技術者が雇用されています。毎月給料を払っています。「これから当社はSIを止めて自社製品にシフトする。不要な人員はリストラする」とはいきません。もともと小さい規模で受託仕事を請けている程度ならともかく、大手SIerには何千人という人員を抱えています。かと言って社員を暇させるわけにもいかず、それにはSI案件を持ってくるしかありません。

ノウハウがない

顧客要件ありき(しばしば曖昧なままプロジェクトが走ってしまうものですが)の受託開発とは違ったマーケティング感覚が自社製品開発ビジネスには求められます。特定顧客だけではなく、市場全体に販売しないといけないからです。その際、いったいどこからどこまでがその製品の市場なのかポジショニングを決めないといけません。外したら赤字です。技術面では品質管理やバージョン管理やサポートポリシーなどメーカーとしてのノウハウが必要です。

終わりに

と悲観的なことばかり書きましたが、やっぱり基本的にSIerの未来は暗いと思います。少子高齢化による経済の衰退というのはどの業界でも同じことですが、やはりAWSやOffice365などパブリッククラウドへの移行によるSI案件減少をカバーできる新ビジネスが見えないからです。
海外案件を獲得を頑張るとしても、ベトナムやインドに比べてまだまだ日本人の人件費は高いですし、なにより営業販路がありません。

単純に、サブスクリプションを営業の評価にして、売上額よりも利益率や更新時の売上を見込める製品の受注を高く評価する人事評価システムを作ればいくらか改善されるとは思います。それでも構造的に売上額の大きな人月商売にドップリ浸かっているSIerがドラスティックにビジネスモデルを変えるというのはそう簡単ではないでしょう。

SIerでも自社製品を売り出しているところはそれなりにあります。ただし、顧客からのカスタマイズを人月いくらで請け負うので、結局半パッケージ・半受託開発になってしまい、純粋な意味でのパッケージ・クラウド製品ではありません。

これから、特色あるビジネスアプリケーションやセキュリティソリューションを自社開発・提供する、若いクラウドサービスプロバイダーが新しいIT市場を創っていくのではないかと思います。既にそういう新世代ベンダーが目覚ましい活躍をしています。その中からはジャパンニーズニッチ=ガラパゴスにならず、グローバル市場を切り拓くプレイヤーが出て来て、今とは違う形の新しいクラスターが出来上がっていく(むしろ出来上がってきている)のではないかと思いますね。

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