見出し画像

思い出話5 電車の中の若者と少年の奇妙な関係

昔の話。
ガラガラの空いている電車に乗っていたある時、私の座っている真向かいに、一人の少年とその母親が座っていました。
たぶん小学生の三、四年ぐらいだったと思う。二人はちょうど私と顔を向き合わせるように、きちんと並んで座っていた。

するとその少年のすぐ横に、高校生風の若者が来て腰をかけた。彼は座るや否や、足元に置いたバッグから一冊のマンガ本を取り出し、膝の上に広げて読み始めた。

すぐ横に座っていた少年は、初めは特に気に止める様子もなかったが、そのうち、若者のマンガ本が何となく気になる様子で、遠目で遠慮がちにチラチラと見ていた。

やがて、ページがめくられていくにつれ、ニヤニヤと笑いを漏らすようになっていった。それからは、もうどうにも好奇心を抑えられなくなったという感じで、若者の右腕の近くまで顔を寄せてきた。

若者は、黙ってマンガ本を読み進めていたが、自分の右腕近くに少年の頭があるのがだんだん気になる感じで、マンガ本と少年の頭を交互に見ているというふうでした。
でも私は、その若者は、何も言わずに少年にも読ませてやっているようにも見えた。

そのことに気づいた母親は、少年の膝をしきりにつついて注意していたが、少年は、すでにマンガ本から目が離せなくなり、母の戒めは全く効果がなかった。

ますますニヤニヤと声を漏らさずに笑っていた少年は、もうすでに、彼から暗黙の了解をもらっているかのように、一緒にマンガ本を読み進めていた。

若者はそれを無言のうちに許していて、少年への心遣いをしながら、ページをめくっているように私には見えた。

少年の母は、執拗に息子の膝を他人にはわからないようにすましてつつくが、すでに効果はなく、少年の心は、ただ隣のマンガ本にのみ惹きつけられていた。

私は見るともなく、そんな三人の関係を見てしまったが、だんだんおかしくなってきて笑いがこみ上げてきた。私の横に座っていたお婆さんも、その様子を見ていて、一瞬、私の方を向き笑った。

何よりも、この少年と若者が、一冊のマンガ本をともに興味の対象として集中していることが愉快だったし、同じ興味を持つ赤の他人同士が、無言で相手のことを気遣いながらも、黙々と一冊のマンガ本を読み耽るという、その瞬時に成立した友好関係が、私には何とも微笑ましいものに思えた。


カエルを捕まえたアオサギ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?