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思い出話8 あるパン工場のオジサンの言葉

学生の頃のある夏休み期間中、私は近所のある大きなパン工場でアルバイトをした。
仕事は、菓子パンの生地の窯入れ作業。

ベルトコンベヤでゆっくりと進んでいく熱い大きな窯の中へ、パン生地が乗った長方形の鉄板をきちんと並べて入れていく作業でした。

熱い窯の近くに置かれている移動式の棚から、2つの鉄板を左右の手でそれぞれ同時に引き抜いて、きれいにベルトコンベヤに乗せていくのです。

前の鉄板と後ろの鉄板の間は、隙間があったり重なってはいけないので、窯入れは、機械の速度に合わせながらちょっと神経の使う、はっきり言ってかなりきつい休みのない作業でした。

また、上手に窯の中に入れないと、鉄板の角で生地を潰してしまったり、焼きが足りないものができてしまったりするので、社員の人から注意を受けることにもなります。

現在は、もしかしたら全てオートメーション化されているのかもしれませんが、当時はまだまだ人の手が必要なところがたくさんありました。

窯入れは、続けて作業をするのはきついので、交代制でしたが、ほとんどアルバイトの男子学生が担当する場所でした。

社員の人は、焼き上がったパンのチェックをして、最後の仕上げをしたり、袋詰めをしたりしていた。やはり、一番肉体的に辛い所を、学生のアルバイトがやるのです。私の他に2人の学生が、その窯入れをやっていた。

ある時、私が窯入れをやっていたら、五十代半ばぐらいの男の社員の人が近寄ってきて、
「そこの場所、結構しんどいだろう!わかるよ~。どこの大学生?」
と元気よく聞いてきたので、
「専門学校なんです」
私は答えた。そして資格試験に向けた勉強をしていることを言った。

私はその社員に気に入ってもらえたようで、作業しながら少し雑談をした。
そして水分補給をしながら作業をするよう私たちに注意し、さらに、私に言った。

「今の内にしっかり勉強しておきなさいよ! でないと、オジサンみたいになっちゃうからね・・・」
私は、その時に言われたオジサンの言葉が何となくいつまでも心に残っていたので、家に帰ってきてからそれを親に話した。

当時、婦人靴の職人をしていた父は、私の話しを聞くと、何か感じるところがあった様子で、私の顔をまじまじと見つめ、少し笑顔で、

「そんなこと言ってくれる人もいるんだね。その言葉、忘れないようにしなさいよ!」
と、言った。
私は今でもそう言った時の父の顔が何となく脳裏にあって、時々思い出す。

当時私は、経理の専門学校に通い、税理士試験の受験に向けた勉強をしていた。
結局、税理士は五科目のうち、二科目しか取れなかったので、断念する形になり、企業で経理の実務をすることになったが、その後は職を幾つか変えた。

負け惜しみのようでもありますが、まあ、今ではそれで良かったと思っています。
なんとなれば、いろいろな経験ができたからです。


近くの公園で咲くバラ

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