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56) いい気分を思考する
今朝、寝起き際に「神のように生きる」という言葉が出てきた。
なぜ、こういった言葉が出てきたかというと、春分の日に「すべての願いが叶った気分で過ごそう」と決意したからであり、そんなことを考えながらこの2日間過ごしていたから。
「すべての願いが叶った気分で過ごす」ということは、いわば神になった気分といってもいいかもしれない。
だから、こんな言葉が出てきたのだろう。
せっかく「神」という言葉が出てきたので、書棚にあったニール・ドナルドウォルシュさんの「神より幸せ」という本を手に取ってパラパラと読むことにした。
すると「いい気分を思考する」という言葉を思いつく。
「いい気分を思考する」とはどういうことかというと、「いい気分になるためにはどうすればいい?」と考えること。
今日はこのことを書こうと決める。
僕たちは、いつでもどんなときでもいい気分でいたいものだ。
僕が、春分の日に「すべての願いが叶った気分で過ごそう」と決意したのも、どんなときでもいい気分で過ごすためには、どうすればいいか思いを巡らせたから。
つまり、どんな状況であっても「気分よくするためにはどうすればいい?」と考える習慣を作って行けばいい。
そんなことを考えていたら、以前、NHKの「100分で名著」という番組でビクトール・フランクルの「夜と霧」という本を取り上げいたことを思い出す。
ビクトール・フランクルは、第二次大戦中のアウシュビッツから生き延びたユダヤ人で、「夜と霧」では収容所の過酷な状況の中で生き延びた人々のことを書いている。
ネットで「100分で名著 フランクル 夜と霧」で検索する。
収容所では、極限状態でも人間性を失わなかった者がいた。囚人たちは、時には演芸会を催して音楽を楽しみ、美しい夕焼けに心を奪われた。フランクルは、そうした姿を見て、人間には「創造する喜び」と「美や真理、愛などを体験する喜び」があると考えるようになる。しかし過酷な運命に打ちのめされていては、こうした喜びを感じとることはできない。運命に毅然とした態度をとり、どんな状況でも一瞬一瞬を大切にすること。それが生きがいを見いだす力になるとフランクルは考える。幸福を感じ取る力を持てるかどうかは、運命への向き合い方で決まるのだ。
続いて、「フランクル 名言」で検索
与えられた環境でいかにふるまうかという、人間としての最後の自由だけは奪えない。
深刻な時ほど笑いが必要だ。ユーモアの題材を探し出せ。そこに現状打破の突破口がある。
先日、「ラーゲリより愛を込めて」という映画を観た。
ラーゲリとは「強制収容所」のことで、「ラーゲリより愛を込めて」は、第二次大戦後、シベリアで捕虜となってしまった山本幡男さんの伝記映画。
山本さんはフランクル同様、収容所という過酷な状況の中でも希望を持ち続け周りの人を励まし続けた。
山本さんの言動が仲間たちを勇気づける。
人間には思考する自由がある。
頭の中で何を考えても自由だ。
自由とは選択できるということ。
選択できないことは不自由を意味する。
無意識に任せるままに、気分が下がるようなことばかりを考えていては自由とはいえない。
どんな状況であったとしても、「いい気分になるためにはどうすればいい」と考えることで自由になれる。
思考は、いい気分になるために使えばいい。
僕らは生まれながらに自由を手にしている。
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