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第58回:「喜び」について分かったこと

今回は、今年のまとめという意味を込めて、「喜び」について分かったことについて書いていこうと思います。

私がnoteで記事を書き始めたのが今年の9月からで、およそ4カ月間、「喜び」についての記事を書いてきて、今回の記事が58回目となります。

当初は、「喜び」だけでは持たないと考えていて、ネタがなくなったら「感謝」の大切さや「愛」の概念についての記事を書こうと思っていましたが、気が付けば「喜び」だけでも50を超える記事を書くことができました。

きっと、それくらい「喜び」という感情は奥が深いものであり、書けば書くほど気づきを得られたりしていて、私にとって「喜び」の感情は欠かせないものだということを痛感していたりします。

そういったわけで、今後、内容が重複することがあるかもしれませんが、これからも「喜び」についての記事を書いていこうと思っています。

そこで、今回は、これまで57回「喜び」についての記事を書いていて、特に気づいたこと書いていこうと思います。

人の行動原理は「喜び」にある

この、人の行動原理は「喜び」にあるということは、当たり前と言えば当たり前のことですが、実はこのことは当たり前すぎて無意識下に沈み込んでいると感じています。

たとえば、朝起きて顔を洗うのは、生活の習慣の一部だったりしますが、やはり、顔を洗うということで「さっぱり」するという「喜び」があったりします。こういったことと一緒で、ご飯を食べるのも、トイレに行くのも入浴するのも、日々の当たり前の行事になりすぎて「喜び」を感じていることさえ忘れてしまっていたりします。

しかし、私たちは、こういった小さな「喜び」の積み重ねで生活しているわけであり、結果的にどんな行動であっても、自分の「喜び」に繋がっているということになります。

また「やりたくないな」と思うことでも、それをするということは、結果的に、そこに何かしらの「喜び(利益)」があるわけであり、その「喜び(利益)」のために人は行動していたりするものです。

こういった感じで、人は行動の先に「喜び」を得られることを必ずしているということになります。

とはいえ「やりたくないな」と思いながらすることは、消極的な行為であるため、心が喜ぶものではありません。

逆に、人が「やりたい」と思えることは、積極的な姿勢で関われるようになるものだし、そういった姿勢で生きていると、生きることが楽しくなっていくし、不思議といいことが起こったりするものです。

そこで、もし人は「喜び」のために生きているということを理解できたなら、あえて遠回りをして「喜び」を得るのではなく、ダイレクトに「喜び」を感じられることをした方がいいということになります。

そういった意味では、私のnoteのタイトルにしている、「喜び」を選んで生きるということは、ダイレクトに「喜び」を得ていきましょうということであり、間接的なやり方で「喜び」を選んでいくという生き方ではない、ということになります。

たとえば、私は以前、「楽しくないな」と思いながら仕事をしていたときなどは、月に一度の給料が「喜び」のはずなのに、貰っている金額に対して不満をいっていたりしました。

こういったネガティブな状況で生きていたりすると、「喜び」という手応えを感じることができなくなり、「喜び」の意味がどんどん分からなくなっていき、結果的に自分に対しての「自信」を消失させていくことになります。

しかし、ダイレクトに「喜び」を感じて生きていると、些細と感じられるようなことでも「喜び」という手応えを感じられるようになっていきます。

たとえば、ひとつの記事を書き上げたときの「喜び」や、その日一日を達成感の中で終えることの「喜び」は、自分自身を強くさせてくれるものだったりします。

こういった感じで、普段からコツコツと「喜び」という手応えを得ることができるようになっていくと、自己肯定感や自己効力感を高めていくことができ、自分に「自信」を持てるようになって、やがて自分がどこに向かっているかが分かっていくようになっていきます。

そういった意味でも、意識して直接的に「喜び」に向かって生きていけるようになるだけでも、道が開いていく手応えを感じられるようになっていきます。

「喜び」の先に自分だけのオリジナルの道がある

人はそれぞれ異なる存在です。生まれ持った資質も、育った環境もその環境の中で得たものも、まるで異なっています。

こういった異なった状況において、人がそれぞれの「喜び」で生きていくようになると、その表現のカタチは、それぞれの「違い」を際立たせることになっていきます。

そして、この「違い」というオリジナリティーを研磨していくことができたなら、その先に、唯一無二の「私」を作って行くことができるようになっていくことでしょう。

もしかすると、こういった唯一無二の「私」を楽しむために、私たちはこの世界にやってきているのかもしれません。

であるならば、自分の「喜び」にダイレクトに向き合って、日々を楽しんで生きていった方が唯一無二の私に近づいていけるようになるものです。

もちろん、人はときとして、自分は何をしたいのかわからないという状況に陥ってしまうこともあるものです。

しかし、月並みですが自分が「ワクワク」することを選んで生きていると、やがて自分の道が見えてくるようになっていきます。

というのも、「ワクワク」するようなことをするということは、長続きできることであり、長続きできるということは、そこに「道」を造ることができるようになるのです。

人生とは継続であり持続であるため、やはり楽しい人生を歩もうと思うのであれば「楽しい」こと、「嬉しい」と感じること、「喜び」を感じることを選択していくことがベストといっていいでしょう。

そして、人が「喜び」で生きるとき、その人の周りの人にもよい影響を与えることになり、次第に「喜び」の磁場が広がっていき、その「喜び」の磁場が広がっていけばいくほど、この世界は「喜び」に満たされていくことになると思います。

もし、この世界を平和で満ち足りたものにするのであれば、一人でも多くの人が「喜び」で生きるようになって、「喜び」の磁場を広げていくことだと思います。

といったわけで、来年も今の私の役目として「喜び」の磁場を広げていく活動をしていきたいと思います。

今年は、たくさんの訪問やスキを頂き感謝しております!!


また来年も宜しくお願い致します。

来年は、1月6日より新しい記事を書いていこうと思います。noteの継続のためにも、つぶやきはすると思います。

よい新年をお迎えください!!

ありがとうございます<(_ _)>

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